静寂の籠城と、飢餓という名の獣㈡
千年の地獄を耐え抜いた魂が、神々に抗い『陽だまり』の日常を守る!
「やるしかない。僕たちは、人間だ。人殺しにはならない」
カイの瞳に、覚悟の光が宿る。それは、神の力による解決ではなく、人間としての泥臭い抵抗の決意だった。
ガガガガッ!
バリケードの一角が崩れ、ガラスが割れる音がした。侵入者が入ってくる。
「ヒャハハ! いたぞ! ここだ!」
懐中電灯の光が乱舞し、薄汚れたジャージ姿の男たちが雪崩れ込んでくる。その手にはバットやナイフ、そして奪った消火器などが握られている。目は血走り、口元からは涎が垂れている。飢餓と興奮で、理性が消し飛んでいる状態だ。
「女だ! 上玉がいるぞ!」
先頭の男が、ひかりを見つけて下卑た笑い声を上げる。その瞬間、ソラの髪が逆立った。
「……この、クズどもがっ!!」
ブォン!
ソラの念動力が炸裂する。近くにあった重厚な閲覧机が浮き上がり、男たちの進路を塞ぐように叩きつけられた。
「うわっ!?」
男たちが怯む。その隙に、黒い影が疾走した。クロだ。変身はしていない。豆柴の姿のままだが、その動きは弾丸のように速い。
ガブッ!
先頭の男の手首に噛みつき、武器を取り落とさせる。
「ぎゃあああッ! な、なんだこの犬!?」
クロはそのまま次の男の股下をくぐり抜け、足首を強打して転倒させる。殺傷能力はない。だが、的確に急所を突き、戦意を喪失させるプロの動き。
「な、なんだお前ら!? 化け物か!?」
親衛隊のリーダー格らしき男が、後ずさりながら叫ぶ。カイが、一歩前に進み出た。彼は武器を持っていない。ただ、その身から放たれる、凍てつくような静気が、暴徒たちを圧倒する。
「出て行け」
カイの声は、決して大きくはなかった。だが、その言葉には、物理的な質量があるかのような重みがあった。
「ここは図書館だ。静寂を守る場所だ。君たちのような獣が土足で踏み入っていい場所じゃない」
「な、何を偉そうに……!」
リーダーが、隠し持っていたナイフを取り出し、カイに飛びかかった。
「死ねぇッ!」
カイは動かない。ナイフが胸元に迫る。その軌道が、カイの目にはスローモーションのように見えていた。千年の地獄で、彼はあらゆる痛みを味わった。肉体を切り裂かれる痛みなど、呼吸するのと同じくらい馴染み深い。だからこそ、恐れない。パシッ。カイは、素手でナイフの刃を掴んだ。鮮血が滴る。
「ッ!?」
男が目を見開く。肉を切らせて骨を断つ、どころではない。自ら刃を掴み、その痛みさえも平然と受け入れている。カイの瞳が、男の瞳を射抜く。そこにあるのは、怒りではない。深い、深い、哀れみ。
「痛いだろう? 切られるのも、切るのも。……思い出せ。痛みは、君が生きている証拠だ。獣になるな。人間に戻れ」
カイの手から流れる血が、男の手に伝う。その温かさが、男の凍りついた理性を解かしたのかもしれない。男の手が震え、ナイフが床に落ちた。
「あ……あ……」
男は、腰を抜かしてへたり込んだ。カイの「虚無」の力が、男の中にある狂気の熱を吸い取り、鎮火させたのだ。それを見た他のメンバーも、戦意を喪失し、我先にと逃げ出していった。
「……はあ、はあ……」
静寂が戻る。カイは、傷ついた手を押さえ、膝をついた。
「カイくん!」
ひかりが駆け寄り、救急箱から包帯を取り出す。
「無茶だよ……! こんな……!」
涙を流しながら手当てをするひかりに、カイは弱々しく笑った。
「平気だよ。……これくらい、すぐに治る」
そう、すぐに治る。彼の肉体は、覚醒の影響で人間離れした再生能力を持っている。だが、ひかりを悲しませたという事実が、傷よりも痛かった。
ソラが、悔しそうに唇を噛む。
「追い払うことはできた。でも……これじゃあ、ジリ貧よ。また来るわ、あいつら。次はもっと大勢で」
「ああ」
カイは頷いた。籠城は、限界だ。守るだけでは、何も変わらない。この狂ったキャンパスを開放するには、元凶を断つしかない。すなわち、学長室に鎮座する鬼塚――スサノオの分身体を倒し、結界を解除すること。
「……攻めるしかないか」
クロが、人間の言葉を借りるかのように、重々しく唸った。
「だが、学長室は最上階だ。そこに至るまでには、洗脳された数千の学生と、鬼塚が配置したであろう『本物の怪物』たちが待ち受けているぞ」
「わかってる」
カイは、包帯を巻かれた手を握りしめた。
「でも、このままじゃ、みんな心が死んでしまう。……行こう。夜明けと共に」
その夜。彼らは最後の晩餐をとった。ひかりが大切に取っておいた缶詰のスープと、乾パン。質素な食事だったが、四人で囲むその時間は、何よりも温かかった。明日、生きている保証はない。だからこそ、今、この瞬間を噛み締める。
「美味しいね」と言い合えること。「怖いね」と弱音を吐けること。それが、彼らが守りたかった「人間らしさ」の全てだった。
窓の外、東の空が白み始める。四日目の朝。それは、彼らにとっての反撃の狼煙であり、神への最後の挑戦の始まりだった。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




