神々の遊戯盤、学び舎の変貌㈡
千年の地獄を耐え抜いた魂が、神々に抗い『陽だまり』の日常を守る!
「……ひどい。みんな、目が死んでる」
ソラが、中庭のベンチで呟いた。かつて賑わっていた中庭も、今は殺伐としている。ベンチに座る学生たちは、参考書にかじりつくか、周囲を油断なく警戒しているかだ。
「僕たちのクラスでも、昨日、退学者が二人出た。……精神を病んだらしい」
カイが重い口調で言う。彼ら四人――カイ、ソラ、ひかり、クロだけは、互いの絆と、カイの加護によって精神汚染を免れていたが、孤立感は深まるばかりだった。
「このままじゃ、みんな壊されちゃう。何とかしないと」
「でも、どうやって? 大学の運営権は鬼塚にある。表向きは『教育改革』として正当化されてるし、生徒たちも洗脳されて、それを望んでるようにさえ見えるわ」
ひかりが悔しげに唇を噛む。力ずくで鬼塚を倒せばいいという話ではない。それでは、洗脳された数千人の学生たちを救うことはできない。
その時、校内放送のスピーカーから、不快なノイズと共に、あの声が響き渡った。
『――全校生徒に告ぐ。学長の鬼塚だ』
キャンパス中の動きが止まる。学生たちは、パブロフの犬のように、スピーカーに向かって直立不動の姿勢をとる。
『入学から一ヶ月。諸君の「基礎訓練」は終了した。見込みのある者、そうでない者、選別は概ね完了した』
鬼塚の声は、楽しげだった。
『よって、これより、真のエリートを選抜するための「最終試験」を開始する!』
ゴゴゴゴゴ……!
地鳴りのような音と共に、大学の外周、塀に沿って、巨大な光の柱が立ち昇った。光は空中でドーム状に広がり、キャンパス全体を完全に覆い尽くす。結界だ。それも、物理的、霊的に内部と外部を完全に遮断する、神域クラスの強力な結界。
「なっ……閉じ込められた!?」
ソラが立ち上がる。空の色が、紫がかった不気味な夕闇へと変わっていく。
『この結界は、試験終了まで決して開かない。外部への連絡も不可能だ』
鬼塚の声が続く。
『試験の内容は、シンプルだ。「生き残り(サバイバル)」。このキャンパス内で、一週間、生活し続けろ。ただし、食料と水は、現在食堂に備蓄されている分しかない。全校生徒五千人が生き延びるには、到底足りない量だ』
ざわめきが、恐怖の悲鳴へと変わる。食料が足りない。それはつまり、奪い合えということだ。
『手段は問わない。暴力、窃盗、裏切り……全てを許可する。いや、推奨しよう。綺麗事で腹は膨れない。力ある者だけが、糧を得て生き残る権利があるのだ!』
そして、鬼塚は、決定的な一言を放った。
『なお、この試験期間中に発生した「事故」については、大学側は一切の責任を負わない。……たとえ、それが「命に関わる事故」であっても、だ』
殺人の許可。その言葉が、学生たちの理性のタガを、完全に弾き飛ばした。
「うわあああっ! 食い物だ! 食堂へ急げ!」
「どけ! 俺が先だ!」
「キャアアッ! やめて、離して!」
怒号。悲鳴。殴り合う音。数千人の学生が、一斉に暴徒と化し、食堂へ向かって雪崩を打つ。昨日まで隣で講義を受けていた友人が、次の瞬間には敵となり、襲いかかってくる。地獄の釜の蓋が、開いたのだ。
「……始まったわね。最悪のシナリオが」
ひかりが、青ざめた顔でパソコンを閉じた。
「通信圏外。完全に孤立したわ」
「……カイ、どうする?」
ソラが、震える手でカイの袖を掴む。彼女の目には、狂乱する学生たちの姿が映っている。かつての友人が、野獣のような顔で他人を殴りつけている光景。カイは、静かに目を閉じた。その脳裏に、かつて自分が経験した、本物の地獄の光景が重なる。スサノオは、この地上に、あの地獄を再現しようとしている。人間の手で、人間同士を食い合わせることで。
(……許さない)
カイは目を開けた。その瞳は、冷徹なまでに凪いでいたが、奥底には、神をも焼き尽くすほどの静かな怒りが燃えていた。
「場所を移動しよう。ここじゃ、巻き込まれる」
カイは冷静に指示を出した。
「目指すは、図書館だ。あそこなら構造が堅牢で、入り口も限られている。バリケードを築いて、籠城する」
「籠城して、どうするの?」
「守るんだ。僕たちの『人間としての心』を」
カイは、二人と一匹を見渡した。
「このゲームの勝利条件は、生き残ることじゃない。……人間であることを、捨てないことだ。僕たちは、絶対に、あっち側には落ちない」
カイの言葉に、三人の目に光が戻る。
「了解! 図書館要塞化計画、発動ね!」
ひかりが、気丈に笑う。「わん! (行くぞ!)」クロが先導して走り出す。
狂乱の渦巻くキャンパス。
血と暴力の匂いが充満する中、彼らは互いの手を固く握りしめ、最後の砦となる図書館へと走り出した。それは、神々が仕組んだ残酷な実験場における、人間たちの、ささやかで偉大な抵抗の始まりだった。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




