陽だまりの傍観者と、繋ぎ止める錨(いかり)㈡
千年の地獄を耐え抜いた魂が、神々に抗い『陽だまり』の日常を守る!
「僕たちは、君がいるから、こっち側にいられるんだ」
「……え?」
顔を上げると、カイくんは苦しげな表情を浮かべていた。
「ソラも、クロも、そして僕も。……僕たちは、放っておけば『あちら側』に行ってしまう存在だ。力を使えば使うほど、人間としての感覚が薄れていくのが分かるんだ。地獄の記憶や、神の視点が、僕を『カイ』という人間じゃなくしていく」
彼は、自分の胸元をぎゅっと掴んだ。
「昨日の夜、力を解放した時……自分が消えてしまいそうな感覚があった。世界を書き換える全能感に飲み込まれて、感情も、痛みも、愛さえも『無意味なデータ』に感じられそうになった。自分が自分でなくなる恐怖。……それは、地獄の責め苦よりも恐ろしかった」
カイくんの声が、震えていた。あの、何事にも動じない彼が、怯えている? 私は初めて、彼の力の代償を知った。彼は、強大な力を使うたびに、人間としての心を摩耗させていたのだ。
「でも、その時、君の声が聞こえた気がしたんだ」
彼は、私の手を両手で包み込んだ。「『おかえり』って。君が作ってくれたハンバーグの匂いや、テストの点数で一喜一憂したこと、君の笑顔、君の怒った顔……そんな、取るに足らない、でも温かい記憶が、僕を現実に引き戻してくれた」
カイくんは、切実な表情で私を見た。それは、神の顔ではなかった。不安で、寂しがり屋な、ただの少年の顔だった。
「ひかり。君は『普通』だ。地獄も、神も、覚醒も知らない、ただの人間だ。……だからこそ、君は僕たちの『錨』なんだよ」
錨。荒れ狂う海で、船が流されないように繋ぎ止めるもの。
「君が隣にいて、笑って、怒って、普通の話をしてくれるから。僕は、自分が人間であることを思い出せる。君という『陽だまり』があるから、僕はどんなに遠くへ行っても、必ず帰ってこられるんだ」
涙が、溢れた。止めどなく、頬を伝って落ちる。私は、なんて馬鹿だったんだろう。力がないから、意味がない? 違う。力がない「私」だからこそ、できることがあったんだ。彼を、人間として繋ぎ止めること。彼が安心して帰れる場所で在り続けること。それは、どんな強力な魔法よりも、どんな奇跡よりも、彼にとって必要な救いだったのだ。
ソラちゃんとの絆は、共に戦うための絆。私との絆は、彼が帰るための絆。どちらが上とか下とかじゃない。どちらも、彼には必要なものだったんだ。
「……ずるいよ、カイくん」
私は、涙を袖で拭いながら笑った。
「そんなこと言われたら、私、離れられなくなっちゃうじゃない」
「離さないでくれ。……僕には、君が必要なんだ」
カイくんは、照れくさそうに、でも真剣に言った。その言葉が、私の心の黒いモヤを、春風のように吹き飛ばしてくれた。
羨望も、嫉妬も、無力感も、きっとこれからも私の心を訪れるだろう。人間だもの。弱い自分がいなくなるわけじゃない。でも、もう迷わない。私は、陽だまりの傍観者なんかじゃない。この、かけがえのない日常を守るため、私の全てを懸けて戦う、チームの一員なのだから。
「……うん。分かった」
私は、彼の手を握り返した。今度は、私の方から強く。
「私、ずっとここにいるよ。カイくんが神様になっちゃいそうになったら、私が足を引っ張ってでも、地上に引きずり下ろしてあげる。……覚悟しててね」
「はは、頼もしいな。それなら安心だ」
カイくんが笑った。心からの笑顔だった。つられて、私も笑った。
「さて、そろそろ行こうか。ソラとクロが待ちくたびれてる」
カイくんが立ち上がる。
「そうだね。今日の夕飯、何にする?」
「やっぱり、ハンバーグがいいな。ひかりのハンバーグを食べると、元気がでるんだ」
「もう、昨日も食べたじゃない。……ま、いいけどね。カイくんのために、世界一美味しいのを作ってあげる」
私たちは席を立ち、図書館を出た。中庭では、ソラちゃんが待ちきれずに大きく手を振っている。
「おーい! 遅いよー!」
クロも「わんっ!」と吠えて、尻尾を振って駆け寄ってくる。その光景が、今はただ愛おしい。
私は、大きく息を吸い込んだ。春の風の匂い。土の匂い。私たちの、温かくて、騒がしい、戦いの日々は、まだ続いていく。二十歳まで、あと二年。どんな運命が待っていようと、この手が届く範囲の幸せは、絶対に手放さない。
私は、カイくんの隣を歩きながら、心の中でそっと誓った。――私は、あなたの陽だまりになる。あなたが迷子にならないように、いつだって、ここを照らし続けるから。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




