咆哮(ほうこう)する獣と、虚無より溢(あふ)れる黒き光㈠
千年の地獄を耐え抜いた魂が、神々に抗い『陽だまり』の日常を守る!
死神が動いた。それは、予備動作などという物理法則を無視した、0から100への急加速だった。漆黒の衣が風にはためく音よりも早く、身の丈ほどもある巨大な鎌が、真横に薙ぎ払われる。
「伏せろッ!」
カイが叫び、反射的にひかりの頭を押さえ込んで床に倒れ込む。
ヒュンッ!
頭上数センチを、不可視の刃が通過した。背後にあった太い鉄骨の支柱が、音もなく上下にズレ、ゆっくりと崩れ落ちる。まるで豆腐のように切断されていた。
「ひっ……!」
ひかりが喉の奥で悲鳴をあげる。これが、死神の力。人間が抗える領域ではない。だが、ソラは引かなかった。彼女は両手を突き出し、目に見えないエネルギーの壁を作り出そうと必死に念じていた。
(止まれ……! あっちに行け……!)
額に玉のような汗が浮かぶ。ソラの掌から放たれた念動力の波動が、死神に向かって殺到する。だが、死神はそれを、まるで羽虫でも払うかのように片手で弾き返した。
「無駄だ、奪衣婆の娘よ。その程度の未熟な念動など、蚊ほども効かん」
弾かれた衝撃波が逆流し、ソラはたじろいで後退る。
「くっ……!」
力の差は歴然だった。物理的な破壊力以前に、存在の格が違う。
死神が、フードの奥で嗤った気配がした。
「まずは、その目障りな犬から始末するか」
鎌の切っ先が、カイたちの前に立つクロに向けられる。だが、その瞬間。クロの体が、再び黒い光に包まれた。
(三分間の制限時間はとっくに過ぎている……! だが、もう一度変身するしかあるまい!)
シジマは、自身の魂を削る覚悟で、術式を強制起動させた。先ほどの黒鷲は機動力重視だったが、今の状況で必要なのは、敵の攻撃を受け止め、押し返す「圧倒的な質量」だ。
「グルルルル……オオオオッ!!」
光が弾け飛ぶと、そこには巨大な獣が顕現していた。全身を鋼鉄のように硬質な剛毛で覆い、巨大な二本の牙を突き出した、戦車のような猪。冥府の魔獣、「鎧猪」である。
「ブモオオオオッ!」
鎧猪は雄叫びを上げ、床を踏み砕きながら死神へと突進した。その重量、推定二トン。生半可な障壁なら粉砕するほどの突撃だ。さすがの死神もこれを無視することはできず、舌打ちをして後方へと跳躍する。
ドゴォォォォン!
死神がいた場所の壁が、鎧猪の突進によって粉々に粉砕された。
「ほう、面白い余興だ。冥府の落ちこぼれが、犬だか猪だか知らんが、必死だな」
死神は空中に浮遊しながら嘲笑うが、その攻撃の手は確実にシジマによって阻まれていた。
「す、すごい……クロがあんな姿に……」
カイは、土煙を上げる巨大な猪の背中を呆然と見つめた。あれが、僕たちのクロなのか。いつも僕の足元で昼寝をし、ひかりに腹を撫でられて喜んでいた、あの小さな豆柴が。彼は、命を削って僕たちを守ってくれている。
「ぼーっとしてる場合じゃない!」
カイは自分の頬を叩いた。守られるだけじゃない。僕たちも戦うんだ。
その間、ひかりは恐怖に震えながらも、必死に頭を働かせていた。彼女は戦えない。特別な力もない。だからこそ、誰よりも冷静に状況を「観察」していた。
(あの死神……強い。強すぎる。でも……)
ひかりの目が、ある違和感を捉えた。死神は、シジマの突進をかわし、ソラの念動力を弾き返しながらも、決して「ある場所」から大きく離れようとしないのだ。それは、部屋の最奥にある、巨大な鉄の扉の前。
(時々、扉の方をちらっと見てる……。私たちが近づくのを嫌がってるんじゃなくて、扉に近づくのを阻止してる?)
観察と分析。それが彼女の武器だった。ひかりは、カイの袖を引いた。
「カイくん、ソラちゃん! あそこ! あの扉!」
嵐のような戦闘音に負けないよう、ひかりが叫んだ。
「あの死神、あの扉の前から動こうとしない! あの中に、献太くんを閉じ込めている『何か』があるんだわ! あの扉を壊せば……!」
「なるほど……!」
カイとソラが同時に頷く。敵の急所が見えた。だが、扉の前には死神が立ちはだかっている。どうやってあそこを突破する?
「クロ! あいつを引きつけて!」
ソラの叫びに、鎧猪が咆哮で応える。シジマは、死神の鎌の攻撃を、その分厚い皮膚と鋼の毛で受け止めながら、強引に間合いを詰めた。
ガギィン!
金属音が響き、火花が散る。
(ぐぅっ……! 重い……! だが、一歩も通さんぞ!)
シジマの必死の防戦により、死神の注意が逸れる。
「今だ、ソラ!」
「うん!」
ソラは、扉に向かって走り出した。自分の内側にある熱い塊を、イメージの中で練り上げる。それは形を持たない衝撃の弾丸。
(壊れろぉぉぉっ!!)
ソラが両手を突き出す。ドォン! 不可視の砲弾が鉄の扉に直撃した。扉が大きく歪み、蝶番が悲鳴を上げる。だが、開かない。扉の表面に、赤黒い幾何学模様が浮かび上がった。呪術による封印だ。
「小賢しい!」
死神が、シジマの突進をあえて受け流し、その勢いを利用して空高く跳躍した。狙いは、無防備な背中を晒しているソラではない。その後ろで、状況を判断し指示を出している司令塔――カイだ。
「まずは貴様からだ、小僧!」
死神が、鎌を振りかぶる。投擲。回転する巨大な刃が、死の円盤となってカイの首元めがけて飛来する。速すぎる。避けられない。
「カイッ!!」
ソラが振り返り、悲鳴を上げる。間に合わない。カイの瞳に、迫りくる銀色の刃が映り込む。死ぬ。そう直感した瞬間、カイの脳裏をよぎったのは、恐怖ではなかった。また、守れないのか。家族を、友人を、この温かい日常を。自分は無力なまま、また失うのか。(嫌だ)カイの魂の奥底で、何かが軋んだ。
その刹那。ソラの体から、これまでとは比較にならないほどの、凄まじい光の奔流が溢れ出した。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




