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ネザーワールド リヴァイヴ(冥界蘇生) 1~絶望の未来を書き換えろ。地獄還りの少年が挑む、禁断のタイムリープ戦記!~  作者: たくみふじ
第二章 地上の影

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嵐の夜の潜入者たち㈠

千年の地獄を耐え抜いた魂が、神々に抗い『陽だまり』の日常を守る!

 空が、泣き叫んでいるようだった。分厚い鉛色の雲が月明かりを完全に遮断し、横殴りの雨が、アスファルトを叩きつけている。時折、紫電(しでん)が闇を引き裂き、数秒遅れて腹の底に響くような雷鳴が(とどろ)く。それは、ただの低気圧がもたらす嵐ではない。この世ならざる者たちが放つ、禍々(まがまが)しい霊気が大気を乱し、自然界の(ことわり)さえも(ゆが)めているかのような、不吉な嵐だった。

 その暴風雨の中を、三つの小さな影が進んでいた。カイとソラ、そして一匹の黒い豆柴、クロ。彼らが目指すのは、町の外れ、増水した川のほとりに黒々とそびえ立つ、巨大な廃工場だ。かつては繊維工場として栄えたその場所も、今は錆びついた鉄骨と、割れた窓ガラスが亡霊のように並ぶ、立ち入り禁止区域となっていた。


「……やっぱり、ここだ」


 工場の周囲を囲む、錆びたフェンスの前に立ち、カイが(つぶや)いた。雨合羽(カッパ)のフードから覗くその瞳は、十歳の少年のものではなく、千年の地獄を見据えてきた男の冷徹さを宿している。カイの魂は、工場の内部から放たれる、あの粘りつくような死神たちの気配を明確に感じ取っていた。それは、恐怖を(あお)るというよりも、獲物を待ち構える蜘蛛の巣のような、冷たく、静かな殺意を(はら)んでいた。


「……うん、私にもわかる。嫌な感じがする」


 隣で、ソラが身震いをした。彼女は、自分の両手をじっと見つめた。三年前のあの日。車ごと崖から落ちそうになった瞬間、体の中から湧き上がってきた、熱くて不思議な感覚。あれが何だったのか、ソラはずっと考え続けていた。ただの火事場の馬鹿力ではない。もっと根源的で、自分の魂そのものが震えるような力。


(もし、あれが私の「力」なんだとしたら……今こそ、使わなきゃ)


 ソラは目を閉じ、意識を集中させた。雨音を遠ざけ、自分の内側にある熱を探す。献太くんはどこ? この広い闇の中の、どこにいるの? すると、(まぶた)の裏の暗闇に、ぼんやりとした光の粒のようなものが見えた気がした。それは、工場の見取り図のように青白く浮かび上がり、北西の方角で微かに明滅している。


「……北西の角。一番大きな建物の、二階あたり……そこに、微かに献太くんの気配がする気がする」


 ソラがおずおずと言うと、カイは驚いたように姉を見たが、すぐに力強く頷いた。


「ソラの勘は鋭いからな。行ってみよう」


 カイはフェンスの裂け目を押し広げ、敷地内へと足を踏み入れた。泥濘(ぬかる)む地面に足を取られそうになりながら、慎重に進む。クロもまた、泥にまみれることを(いと)わず、低い姿勢で周囲を警戒しながらついてくる。敷地内は、さらに異様な空気に満ちていた。雨音に混じって、風が鉄骨を鳴らす音が、まるで死者の(うめ)き声のように聞こえる。普通の人間なら、恐怖で足がすくんで一歩も動けなくなるような場所だ。だが、カイとソラは止まらない。彼らを突き動かしているのは、恐怖以上の感情――無実の罪を着せられた悔しさと、友人を助け出したいという純粋な正義感だった。

 だが、彼らの行く手には、物理的な壁が立ちはだかっていた。工場の入り口と思われる場所は、すべて固く閉ざされていたのだ。正面の巨大な搬入口は、錆びついたシャッターが降りている。通用口と思われる鉄の扉には、大人が数人がかりでなければ壊せそうにない、極太のチェーンと南京錠がかけられていた。カイが扉を押し、引いてみるが、びくともしない。


「……ダメだ。鍵がかかってる」


 カイが悔しげに扉を叩く。

 ソラは、その南京錠をじっと見つめた。鍵がないなら、壊すしかない。でも、道具はない。その時、再びあの「感覚」が蘇った。車を止めた時の、あの、見えない手が伸びるような感覚。


(動いて……! 開いて……!)


 ソラは右手を南京錠にかざし、念じた。額に汗が滲む。魂の奥底にあるポンプから、無理やり水を汲み上げるような疲労感。ガタッ……ガタガタッ! 南京錠が、誰の手も触れていないのに激しく震えた。


「えっ!?」


 カイが目を見開く。だが、それだけだった。錠前は震えるだけで、外れることはない。


「はぁ、はぁ……ダメ……重すぎる……」


 ソラは膝をついた。力が、霧散していく。やはり、あの時の力は偶然だったのか。自分の意志でコントロールするには、まだ何かが足りない。


「ソラ、今の……」


「ごめん、カイ。……やっぱり、開けられない」


 万策尽きたか。ソラが絶望的に顔を伏せた、その時だった。


「二人とも、待ってたよ!」


 背後から、雨音を切り裂くような声が響いた。カイとソラが驚いて振り返ると、そこには、黄色いレインコートを着た少女が、息を切らして立っていた。相沢ひかりだった。


「ひかり!? どうしてここに!?」


 カイは思わず声を上げた。彼女は両親によって連れ戻され、自分たちとの接触を禁じられたはずだ。ひかりは、濡れた前髪を払いながら、早口で言った。


「お父さんとお母さんに隠れて、こっそり抜け出してきたの」


 彼女の瞳は、嵐の中でも決して消えない灯火のように、強い意志で輝いていた。


「一人でずっと考えてたんだ。もし私が犯人なら、どこに献太くんを隠すかって」


 ひかりは、工場の威容を見上げた。


「遠くに連れ去ったら足がつくし、誰かの家ならすぐに見つかっちゃう。だから、みんなが知ってるけど、怖くて誰も近づかない場所……この廃工場が一番怪しいと思ったの!」


 それは、ただの子供の勘とは違う、冷徹なまでの論理的思考(ロジカル・シンキング)(きら)めきだった。大人たちが感情的になり、カイたちを犯人と決めつけて思考停止に陥る中で、ひかりだけは冷静に事実を分析し、二人と同じ結論にたどり着いていたのだ。


「それに……二人が、絶対ここに来るって信じてたから」


 ひかりは、少し泣きそうな、でも誇らしげな笑顔を見せた。カイの胸に、熱いものが込み上げる。信じてくれる人がいる。たった一人でも、自分たちを見てくれている人がいる。その事実は、どんな強力な超能力よりも、カイとソラの心を奮い立たせた。


「ありがとう、ひかり。……でも、入り口がないんだ。僕たちの力じゃ、この扉はどうしても開かない」


 カイが現状を伝えると、ひかりはすぐに頭を切り替えた。


「入り口がないなら、別の場所を探すしかないよ。……あ!」


 彼女は懐中電灯の光を、上の方へと向けた。


「あそこ! 二階の窓、一つだけガラスが割れてる!」


 指さされた先を見上げると、地上から五メートルほどの高さに、換気用の小さな窓があった。確かに、ガラスの一部が欠け、黒い口を開けている。だが、高すぎる。外壁には足をかけるような出っ張りもなく、雨で濡れた壁面は氷のように滑りやすい。


「……ダメだ。届かないよ」


 ソラが呟く。さっきの失敗が尾を引いている。自分に特別な力があるような気がしても、結局は無力な子供なのだ。

 重い沈黙が流れた、その時。それまで黙って三人のやり取りを見ていたクロが、おもむろに前に進み出た。彼は、カイとソラ、そしてひかりの顔を順に見上げると、深く、長く、ため息をついた(ように見えた)。


(……やれやれ。仕方あるまい。ここが使いどころか)


 シジマは、覚悟を決めた。本来なら、正体を明かすのはリスクが高い。特に、一般人であるひかりの前では。だが、ソラの力はまだ不完全だ。彼女が自信を取り戻し、覚醒するためには、誰かが背中を押してやる必要がある。閻魔大王から授かった、三分間だけの奇跡。その力を、今、解放する。

 クロは、低く唸り声を上げると、全身に力を込めた。


「グルルルル……!」


 次の瞬間。クロの体が、漆黒の闇よりも濃い、黒い光に包まれた。


「えっ、クロ……!?」


 ひかりが息を飲む。光の中で、豆柴の小さなシルエットが、見る見るうちに引き伸ばされ、変形していく。四本の足は鋭い鉤爪(かぎづめ)へと変わり、黒い毛並みは硬質な羽毛へと変化する。愛らしい鼻先は、肉を引き裂くための鋭利な(くちばし)へ。バサッ! 光が弾け飛ぶと同時に、巨大な翼が広げられた。そこにいたのは、豆柴ではない。翼を広げれば二メートルはあろうかという、威風堂々たる一羽の巨大な黒鷲(くろわし)だった。


「「「く、クロが……!!」」」


 三人は、目の前の信じられない光景に、声も出せずに立ち尽くす。黒鷲――シジマは、そんな彼らを金色の鋭い瞳で一瞥すると、一言「黙って見ていろ」とでも言うように鋭く鳴き、力強く羽ばたいて夜空へと舞い上がった。豪雨を切り裂き、黒鷲は一直線に二階の割れた窓へと飛翔する。その姿は、冥府の死神というよりも、闇夜を統べる高貴な幻獣のようだった。

 黒鷲は、いとも容易く窓枠に取り付くと、その鋼鉄のような爪で、内側から施錠されていたロックを器用に弾き飛ばした。さらに、窓枠に引っかかっていた古びたカーテンのような布切れを(くちばし)で引きちぎり、それを足場にして中へと侵入する。数秒後。窓から、一本のロープが投げ落とされた。工場の中に放置されていたものを見つけたのだろう。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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