神隠しの噂と砕かれた日常㈡
千年の地獄を耐え抜いた魂が、神々に抗い『陽だまり』の日常を守る!
カイとソラ、そしてひかりは、重い足取りで校門を出た。そこには、いつものようにクロが待っていた。だが、今日のクロは、尻尾を振って出迎えることをしなかった。低く唸り、校門の向こうを睨みつけている。そこへ、一台の高級車が猛スピードで滑り込んできた。
キキーッ!
タイヤが焼ける音と共に停車した車から、狂乱した様子の女性が飛び出してきた。高山献太の母親、高山夫人だ。彼女は、下校する生徒たちを掻き分け、カイとソラを見つけると、鬼のような形相で突進してきた。
「あなたたちねッ!!」
叫び声と共に、彼女はソラの胸倉を掴み上げた。
「きゃっ!?」
「返しなさい! 私の献太を、返しなさいよ!!」
彼女の目は血走り、正気を失っていた。
「お、おばさん、何を……?」
カイが止めに入ろうとするが、夫人は凄まじい力でカイを突き飛ばした。
「とぼけないで! 夢で見たのよ! お前たちが……お前たち悪魔の子が、献太の手を引いて、暗闇に連れて行くのを! 献太が泣きながら『助けて』って叫んでいたわ!!」
夢。その言葉に、カイは戦慄した。
(あいつらだ……! 夢を使って、記憶を植え付けたんだ!)
あの時、崖の下で車ごと自分たちを突き落とそうとした、黒い影たち。彼らが再び、今度はより陰湿な方法で仕掛けてきたのだ。子供を誘拐し、その母親の夢枕に立って偽の情報を吹き込む。不安と恐怖で理性を失った親を利用し、カイたちを社会的に断罪させる。なんという卑劣な、そして効果的な罠か。
「人殺し! 私の息子を返して!」
夫人の絶叫に、周囲の生徒や保護者たちが集まってくる。彼らの目は、同情ではなく、カイたちへの恐怖と疑惑に満ちていた。
「まさか、本当に……?」
「あの子たちなら、やりかねないわ」
「やっぱり、呪われてるのよ」
無数の視線が、針のように突き刺さる。ソラは、あまりの恐怖と理不尽さに、声も出せずに震えていた。カイは、歯を食いしばり、ソラを庇うように前に立った。
「僕たちはやってません! 何も知りません!」
「嘘よ! この嘘つき!」
高山夫人が手を振り上げる。その時。
「わんっ!!」
黒い影が飛び出し、夫人の足に噛み付いた(甘噛みだが)。クロだ。
「ひっ! な、何この犬!」
夫人がひるんだ隙に、ひかりが割って入った。
「やめてください! 証拠もないのに、決めつけないでください! カイくんとソラちゃんはずっと私と一緒にいました!」
小さな体で、必死に友人を守ろうとするひかり。だが、狂乱した大人には届かない。
「うるさい! お前もグルか! 警察よ! 警察を呼んでちょうだい!」
騒ぎを聞きつけた教頭たちが駆けつけ、その場はなんとか収拾がついた。だが、この出来事は、決定的な烙印となってしまった。その日の夕方から、カイとソラの家の前にはパトカーが止まり、近所の住人が遠巻きに噂話をするようになった。両親は警察の事情聴取に追われ、疲弊しきっていた。そして、決定的な打撃が訪れる。ひかりの両親が、カイたちの家に怒鳴り込んできたのだ。
「もう、うちの娘に関わらないでくれ! 娘まで白い目で見られる!」
泣きながら抵抗するひかりの手を無理やり引き、連れ去っていく。
「カイくん! ソラちゃん! 私、信じてるから! 絶対、信じてるからね!」
遠ざかるひかりの声が、閉ざされたドアの向こうに消えていった。
夜。カイとソラの部屋は、電気もつけずに暗闇に沈んでいた。両親の怒鳴り合う声が、リビングから漏れ聞こえてくる。普段は仲の良い両親が、極限のストレスと死神の干渉によって、心を壊されかけている。孤立無援。家の中も、外も、すべてが敵だった。
ソラが、ベッドの上で膝を抱えて泣いている。
「カイ……もう、やだよ……。私たちが何をしたの……?」
彼女の心は限界だった。カイは、窓辺に立ち、外の闇を見つめていた。その瞳には、千年の地獄を耐え抜いた時と同じ、静かで、しかし決して消えることのない炎が宿っていた。
「泣くな、ソラ」
カイの声は、低く、落ち着いていた。
「これは試練だ。奴らが仕掛けた、僕たちの心を折るためのゲームだ」
彼は振り返り、ソラの手を取った。
「ここで諦めたら、本当に終わりだ。高山くんを見つけて、僕たちの無実を証明するしかない」
「でも、警察も見つけられないのに、どうやって……」
「警察には見えないものが、僕たちには見える」
カイは、自分の胸を叩いた。
「感じるんだ。あの『嫌な気配』を。奴らが子供を隠すなら、普通の人間が近づかない、霊的な澱みが溜まりやすい場所を選ぶはずだ」
二人の脳裏に、同じ場所が浮かんだ。町の外れ、川沿いにある、数年前に閉鎖された古い廃工場。あそこからは、常に湿った嫌な風が吹いてくる。子供たちの間で「幽霊が出る」と噂されている場所だ。
「行こう、ソラ。今夜だ」
「うん……カイが言うなら、行く」
ソラが涙を拭い、立ち上がる。二人は、両親が寝静まるのを待って、窓からこっそりと抜け出す準備を始めた。懐中電灯、軍手、そしてお守り代わりのビー玉。
その時、部屋の隅の暗がりから、二つの光る目がこちらを見ていた。クロだ。彼は、いつものクッションから立ち上がると、無言で二人の足元に来て、ちょこんと座った。
「クロ……?」
カイが呼びかけると、クロは、まるで「俺も連れて行け」と言うかのように、短く、力強く「ワン!」と吠えた。その瞳には、ただの愛玩動物にはあり得ない、戦士の覚悟が宿っていた。
(……やれやれ。こんな子供たちを、死地に放り出すわけにはいかんだろう)
シジマは心の中で毒づいた。本当なら、こんな危険な真似は止めるべきだ。だが、このまま座して死を待つよりは、運命に抗う方が、彼らの魂にとっては健全だ。それに、相手がヤミたちだというなら、なおさら自分が付いていかねばなるまい。
(見せてやるさ。落ちこぼれの意地ってやつをな)
彼の懐(というか毛皮の下)には、閻魔大王から授かった切り札――三分間限定の変身能力が眠っている。
嵐が近づいているのか、風が強くなってきた。少年と少女、そして一匹の黒い犬。彼らの小さな、しかし勇気ある捜索隊が、闇夜へと踏み出した。これが、神々と死神たちを巻き込んだ、長い戦いの本当の始まりとなることを、彼らは肌で感じ取っていた。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




