第7話 さりげない優しさ
☆☆☆
⋯⋯ここはどこ?
ふわふわと柔らかいベッドの感触にぼんやりと目を覚ました。
昨日食べたステーキの甘い脂の余韻がまだ、口の中に残っている気がする。
(私は昨日リオン様に「一目惚れした」と言われてフリューゲル公爵と婚約したんだった)
美味しいご飯が食べられた幸せが、胸の奥にじんわりと広がる。
今日から北部にある公爵領に向かうって言ってたから準備しないと。
私はベッドから起き上がり、お兄様から餞別で渡されたトランクケースを開けた。
中にはそれなりに上質な生地のドレスが丁寧に畳んで入っていた。
(お兄様の事だから、適当に着れるものを寄越したと思ってたのに⋯⋯ちゃんとしてる服が入ってる?)
今更、嬉しいとかそういう感情はわかない。
ただ少し驚いた。
一着取り出し広げた瞬間、私は頭を抱えた。
着付け方が全く分からない。
昨日はメイドに手伝って貰ったけど、今日は一人で着替えるしかない。
袖を通し、リボンをなんとか結ぼうとするも、位置が分からず何度もほどけてしまう。
後ろのチャックに手が届かず、途方に暮れていると――。
「アリス、私だ。起きているか?」
ノックの音と共にリオン様の落ち着いた声が聞こえた。
私は慌てて、扉を少しだけ開けて顔を覗かせた。
「おはようございます。リオン様」
「おはよう。よく眠れた?」
「はい。⋯⋯その、ドレスの後ろのチャック閉めて貰ってもいいですか?」
私は背中側が見やすいように、髪の毛をまとめて掴み、リオン様に背中を向けてお願いした。
「⋯⋯⋯⋯」
沈黙があった。
聞こえなかったのかと思い、もう一度声を掛けようとした瞬間――
バサッ、と少し重みのある布が私の肩に掛けられた。
「⋯⋯え?」
それはリオン様の軍服のマントだった。
黒い生地が私の体をすっぽりと覆う。
「すまない、配慮に欠けていたな⋯⋯侍女が必要だったよな。少し待っててくれ、世話をしてくれる人を呼んでくる」
「いや⋯⋯必要ないです⋯⋯」
私が言い終わる前に、リオン様は慌ただしく走って、行ってしまった。
後ろから見えた耳元は何故か赤くなっていた。
(どうして、リオン様は照れてるの?)
取り残された私は首を傾げ、とりあえず部屋の扉を閉めた。
マントは思ったよりも大きく、私の体を包み込んで温かい。
しばらくして、今度は控えめに扉がノックされた。
「どうぞ」
私が扉を開けると、リオン様と女性騎士が二名部屋に入ってきた。
二人の女性騎士は胸の前に手を当てて騎士の敬礼をする。
「フローラと申します。今日からお嬢様の身の回りのお世話をさせていただきます。よろしくお願いいたします」
貴公子のような端正な容姿で、明るい茶色の長い髪を腰まで伸ばしていた。
声も穏やかで落ち着いている。
「私はサラです! アリスティア様、よろしくお願いしますね!」
もう一人は少年のような快活な見た目で、黒い髪を肩で切り揃えていた。
笑顔がとても明るい。
「アリスティアと呼んでください。よろしくお願いします」
私も淑女の礼を返した。
「アリス、彼女たちに身の回りの世話を手伝ってもらえ。支度ができ次第、北部へ出発する」
「わかりました。お気遣いいただき、ありがとうございます」
騎士に侍女のような事を頼むのは気が引けてしまう。
私のせいで出発が遅れているのかも知れないから、急いで支度しなきゃいけない。
「朝食は馬車の中で食べるのでもいいか? 急ぎではないから、ゆっくり支度するといい。お前たち、頼んだぞ。ではまた後でなアリス」
リオン様は軽く微笑み部屋をあとにした。
部屋を出て行くリオン様の背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
私はリオン様のさりげない優しさに、むず痒さを感じた。




