第60話 新しい仲間
「アリスちゃん! 怪我してない? 大丈夫?」
シャーロットお姉様も心配そうに駆け寄ってきた。
リオン様は私をそっと芝生の上に下ろして腕の中に抱き寄せた。
「大丈夫です。心配かけてごめんなさい」
私は深呼吸をして謝った。
「いいのよ。無事なら良かったわ」
「はい」
シャーロットお姉様は優しく微笑み、私の頭を撫でた。
魔力暴走をした銀獣は、まだ興奮冷めぬ様子で氷の檻に体をぶつけ続けていた。
「ここまで暴走するのは珍しいな。これだけ暴れているのに魔力が尽きる気配もないな。この個体は誰がどこから連れてきたんだ?」
「わ、私です⋯⋯アリスティア様、申し訳ございません。私が止められなかったせいで、危険な目に合わせてしまい」
ルーカス様の問に答えたのはシリル副団長だった。
脇腹を抑えながらゆっくり歩いてきたシリル副団長は、汗を浮かべ、血に染った手で傷口を強く押さえながら檻の前に立った。
「私は大丈夫です。シリル副団長こそお怪我を⋯⋯」
「このぐらいの傷は大した事ございません」
私を安心させるように微笑むが、シリル副団長の顔色は悪い。
「これ、割れてしまいましたが、私が作ったクッキーです。治癒の効果が本物なら、きっと傷も⋯⋯」
私は思い出したかのように、震える手でシリル副団長に持ってきていたクッキーを差し出した。
銀獣に襲われた時に割れてしまったが、効果は消えていないはず⋯⋯
私の瞳は不安で揺れる。
「シリル早く受け取って食べろ。アリスが不安がるだろ。怪我を治したらその暴れる銀獣と契約を結べ。その為に連れてきたのだろう」
「はい、閣下。いただきます」
シリル副団長は私からクッキーを受け取って食べた。
私は本当に効果があるのか不安になりながら、その様子を見守った。
私を抱き寄せるリオン様の手にも力が込められているのが、服越しに伝わってくる。
クッキーを食べ終わり、少しすると、シリル副団長の体を淡い金色の光が包み込んだ。
ゆっくりと光が傷を癒していく。
「あ⋯⋯、ほ、ほん、とに、怪我が、なお、った⋯⋯?」
私は自分の起こした奇跡のような光景に、足の力が抜けるのを感じた。
リオン様が支えてくれなければ、その場に崩れ落ちていたかも知れない。
「これで、アリスも自分の力が本物だって、信じられるだろ?」
リオン様の力強い言葉に私は静かに頷いた。
声を出したら泣いてしまいそうだったから。
「アリス嬢の力は本当で間違えない。それと、この銀獣だが、アリス嬢が契約したらどうだ?」
「アリスがか?」
「そもそも、コレは銀獣に似ているが、聖獣フェンリルだ」
ルーカス様が、未だに暴れている銀獣を指さして言った。
「「えっ?」」
私とシリル副団長が同時に驚き、声を揃えてしまった。
「フェンリルは額に魔石を持っているはずだが、争いかなんかで失ったんだろう」
「フェンリル!? 本当に申し訳ございません。違いに気付けないなんて、副団長失格です」
シリル副団長は顔を青くしてどさっと、膝から崩れるように跪いた。
「私も違いに気づけなかったのだから立て。全員無事だったのだからそれでいい」
「ですが⋯⋯」
「立て。代わりにそこの銀獣⋯⋯フェンリルとの契約は諦めてくれ」
「もちろんです。アリスティア様にお譲りします」
シリル副団長はリオン様の提案に頷き立ち上がった。
「え? 待ってください! 私が契約するんですか? ムリ、無理です! できません」
「試してみないと分からないだろ? 失敗したらシリルにやればいい」
「え? リオン様? ちょっと待ってください」
リオン様は私の手を引いて、牙を剥くフェンリルの檻の前にゆっくりと近いた。
フェンリルは真っ白な毛並みを逆立て、私たちを睨みつける。
「大丈夫だ。私を信じろ」
リオン様にそう言われたら、信じるしかない。
私は唇を噛みながら、フェンリルと目を合わせた。
赤く輝く瞳は敵意と警戒に満ちていた。
リオン様は私を助けた精霊を「アクア」と呼び、檻の強化を命じていた。
「どうやって、契約、するんですか?」
先程の恐怖が蘇り、声がうわずってしまう。
「魔力の強さで強制的に服従させるか、お互いに
心を通わせて契約を結ぶ方法がある」
「強制的に服従させるのは嫌です」
無理やり従わせるなんて絶対に嫌だ。
お互いの為にならないし、強制するのは暴力と変わらない。
「ああ、わかっている。アリス、君の優しい心でフェンリルに語りかけるんだ。私も隣にいる。恐れることはない」
私は深く息を吸って、リオン様と繋ぐ手に力を込めた。
「⋯⋯フェンリル、わたしはあなたを傷つけたりしないわ。だから、わたしと家族になろう」
主従関係の契約では無く、家族になりたいと心の底から強く思った。
フェンリルは私の声に耳を傾けるように、少しだけ大人しくなった。
そして鼻先をゆっくりと、私の方に伸ばしてきた。
『⋯⋯⋯⋯オレに、新しい名前を、つけろ』
「⋯⋯え?」
突然頭の中に響いた声に私は間の抜けた声を出してしまった。
「どうした?」
「いま、声聞こえませんでしたか?」
隣で首を傾げるリオン様に私が聴こえたか、聞こうとしたら、
『オマエに、直接話しかけている。契約したいんだろ?』
すごく上から目線だ。
『ふんっ。暇つぶしに付き合ってやってもいいと思ったんだ、契約しないのか』
「え、えーと。よろしくお願いします。「ルシアン」はどうでしょうか?」
『手を出せ』
先程の凶悪さは無くなったが、フェンリルの纏う雰囲気には恐ろしさがある。
「っ⋯⋯、はい⋯⋯⋯⋯」
檻の隙間から恐る恐る、震える左手をフェンリルの鼻先に差し出した。
『オレ、ルシアンはオマエに従う』
フェンリル――ルシアンの鼻先が私の手の甲に触れると、ピリッと電気が流れるような感覚と共に、手の甲に青白い契約の証が浮かび消えた。
心の奥底でルシアンと深く繋がった感覚がした。
私とルシアンを包み込む魔力は温かく優しいものだった。
そして、契約と同時にルシアンを閉じ込めていた檻は消え去り、赤い瞳をしていたルシアンの瞳はアマゾナイトの宝石色に変わった。
「契約できたようだな。よかったな。アリス」
「はい! ありがとうございます。ルシアンもこれからよろしくね」
私が声をかけると「ふんっ」と鼻を鳴らしたかと思ったら、ルシアンの体が光に包まれて、子犬のように小さくなった。
「り、リオン様、こ、これは⋯⋯?」
うさぎぐらいの大きさになってしまった、ルシアンの姿に私は驚きを隠せなかった。
『⋯⋯運べ、オレは疲れた』
ルシアンはそっぽを向きながら、しっぽで芝生を叩いた。
な、生意気過ぎる!? 私が主なのに。
「さっきまで、あんなに暴れていたんだから、歩けるでしょ? それに、二匹は無理!」
私はルシアンと契約前に下ろしたシルフィを抱き上げた。
リオン様が不審そうに私とルシアンを見ているのに気づき、私は慌てて付け加えた。
「ルシアンとは心で会話ができるみたいです」
「そうか。こいつは生意気そうだな」
姿を小さくしても、偉そうな態度のルシアンをみて、リオン様が小さく笑い、私をシルフィごと横抱きにした。
「ふえっ!? な、何するんですか?」
「アリスが誰のものか分からせておかないとな」
リオン様は愉快そうに、ルシアンに視線を向けた。
ルシアンは低い唸り声をあげたと思ったら、横抱きにされた私の腕の中に飛び込んできた。
「あ⋯⋯」
「まったく、アリスの護衛になると思ったのに、ライバルが増えたか?」
「動物に嫉妬しないでください!」
シャーロットお姉様とルーカス様の呆れたようなため息と笑い声が聞こえてくる。
腕の中のもふもふ二匹と、私を抱えるリオン様の温かな眼差しに、自然と頬が緩む。
ゆっくりと歩き出すリオン様の腕の中で、これからはもっと賑やかで騒がしくなりそうな予感がした。




