第59話 銀獣とリオン様の精霊
城の外に出て銀獣の厩舎に近づくと、荒々しい唸り声が風に乗って聞こえてきた。
聞いた事のない銀獣の声に私の体は竦む。
リオン様は大丈夫?
「あそこで暴れているのが、狂乱した銀獣か」
ルーカス様が落ち着いた声で、シャーロットお姉様に声を掛けた。
「そうみたいね」
「シャーロットはアリス嬢とここにいろ。私はもう少し近くに行く」
「ええ、ルーも気をつけてね」
私とシャーロットお姉様を銀獣舎の柵の前に残して、ルーカス様は魔術の術式を展開しながら暴れる銀獣に近づいていく。
その先ではシリル副団長が剣を構えて、リオン様が魔法で銀獣の足元を狙い、光の鎖が銀獣をその場に縫いとめる。
私は柵越しにみなの無事を祈る事しかできない。
「大丈夫よ。アリスちゃん」
「はい⋯⋯あの銀獣はどうなってしまうんですか?」
「魔力が底を尽きるまで暴れたら死んでしまうわ。銀獣が自我を取り戻してくれるか⋯⋯契約者がいれば暴走しないのだけど、あの銀獣は最近連れてこられた未契約の子ね」
銀獣をよく見ると、赤いリボンが首に巻かれていた。
契約者のいる銀獣は何もつけないか、契約者とお揃いの色のアクセサリーをつけたりする。
狂乱した銀獣が咆哮をあげたと思ったら、大きく地が揺れた。
「かなり苦戦しているようね」
シャーロットお姉様は落ち着いたように言うが、私は気が気ではなかった。
リオン様とルーカス様が相談するように話をして、リオン様が私を振り返り、視線を交わすように小さく頷くのが見えた。
「っ⋯⋯! リオンさま」
胸の前で手を組み私は無事を祈る。
先程よりもひときわ大きく耳をつんざくような咆哮が聞こえた瞬間、魔法の拘束が解けて、前方にいた騎士たち数名と、シリル副団長が弾き飛ばされるのが見えた。
数名の騎士は起き上がれず地面にうずくまったままで、シリル副団長も脇腹辺りを抑えている。
そして、銀獣は地を蹴るように跳躍した。
跳躍した瞬間、銀獣の血のような赤い目と視線が合った。
魔法の拘束から逃れた銀獣は別の方向に視線を向けた。
その視線の先には震えて動けないシルフィがいた。
ルカを追いかけて来てしまったんだ。
あ⋯⋯私のせいだ。
シルフィがルカを気に入って、成獣の放牧地によく顔を出しているのを止めなかったから。
私は自然と柵を越えて駆け出していた。
リオン様がいる距離よりも、私の方が近かったから。
危険だ、なんて考えてられなかった。
ただ、シルフィを守らなければと言う衝動に突き動かされた。
「アリス!? 危ない、戻れ!!」
リオン様の焦った叫び声が聞こえるが、私は止まらなかった。
シルフィの元まで駆け寄り抱き上げようとしたが、シルフィの重さに足がもつれて、盛大に芝生の上に突っ伏した。
シルフィの事しか考えていなかった私は、背後から追ってきた狂乱した銀獣の荒れ狂う魔力と、剥き出しにされた牙に恐怖心を抱きその場から動けなくなった。
私はシルフィをぎゅっと抱き抱えた。
――シルフィだけでも⋯⋯ごめんなさい⋯⋯リオン様⋯⋯⋯⋯
遠くで、リオン様やシャーロットお姉様の叫び声が聞こえた。
体がこわばり、恐怖で震える。
目前に迫った銀獣の鋭い牙に死を覚悟した瞬間――。
青白い眩しい光が爆ぜた。瞬間、冷たい静寂に包まれた。
肌を刺すような冷たい氷の粒子が空気に舞っている。
胸元に着けていたリオン様から貰ったアクアマリンの宝石が淡く、そして力強く輝いていた。
私の目の前で氷で作られた檻に銀獣を閉じ込めた彼⋯⋯おそらくリオン様の精霊はまだ興奮している銀獣を前にしながら、私を視界に捉えた。
「チビを守る為に飛び出すとか、なかなか見込みがあるな。そうゆうの嫌いじゃないぜ」
紺碧の髪色をしていて、左側の髪は顔にかかるように長めに流し、右側の髪はサイドポニーテールにまとめ、水色のリボンで結んでいる。目も髪と同じ色の精霊が私を見て口角をあげた。
「アリス!! 無事か!? 急に飛び出すなんて⋯⋯危ないだろ!!」
呆然と目の前にいる彼を見上げていると、慌てて駆け寄ってきたリオン様に、シルフィごと抱き上げられた。
「⋯⋯⋯⋯ご、ごめん、なさい⋯⋯でも、シル、フィが⋯⋯」
上ずった声をなんとか絞り出した。
心臓がバクバクとすごい勢いで鼓動を刻む。
恐怖で強ばり、冷たくなっていた体がリオン様に抱きしめられる温もりで、熱を取り戻していく。
「ああ、無事で良かった。だが、もう二度と無茶な事はするな。私も心臓が止まるかと思ったぞ」
私を抱き抱えたリオン様から聞こえる規則正しく、でも少し早い鼓動に私は安心し、縋るように抱きついた。
震える私をリオン様は何も言わずに抱きしめてくれた。




