第58話 ティータイム
食堂に移動して、みんなでティータイムにすることになった。
クロエが四人分の紅茶を淹れて、後ろに控える。
ティーカップからはマスカットのような華やかな香りがして、ふわりと顔全体を包みこんだ。
ダージリンの特有の軽やかで上品な香りだ。
「美味しいわ! 紅茶との相性も抜群ね。見た目もかわいいわ」
紅茶を飲みながら、クッキーを食べたシャーロットお姉様は、二枚目のクッキーを手に取り、形を楽しみながら微笑んだ。
「わたしも……かわいい形あるクッキーを作れて嬉しかったです。クッキーの型作って頂き、ありがとうございます」
「ふふ、アリスちゃんの頼みだもの。なんだってするわ」
シャーロットお姉様の言葉に頬が緩む。
何も持っていなかった私が、手に入れた温かい場所で、私だけの特別な形あるもの。
私は銀獣型のクッキーをそっと手に取って眺めた。
「それは銀獣の形か?」
ルーカス様との話が終わったリオン様が私が手に持っていたクッキーを見て聞いてきた。
「はい! 食べますか?」
私は自然な動作でリオン様の口元にクッキーを持っていった。
「ん、うまいな。サクサクで口に入れた瞬間に溶ける」
「気に入ってもらえてよかったです」
リオン様は一口でクッキーを食べて、私にもクッキーを差し出してきた。
「随分と仲がいいわね。食べさせ合うなんてねえ?」
二人きりの雰囲気を作り出していた私たちに、シャーロットお姉様が揶揄うように声をかける。
「シャーロット」
そんなシャーロットお姉様にルーカス様が少し意地の悪い笑みを浮かべて、名前を呼びクッキーを食べさせた。
「⋯⋯ん、る、ルー何すんのよ!」
「食べさせて欲しいのかと」
「ちょっと、リオンとアリスちゃんの前で恥ずかしいでしょ」
「嫌だったか?」
「⋯⋯嫌じゃないわ」
ルーカス様にクッキーを食べさせてもらったシャーロットお姉様は、頬を染めながら、嬉しそうに目を細めた。
ルーカス様はそんなシャーロットお姉様の反応を満足げに見つめ、指先に残ったクッキーの欠片を優しく舐め取った。
「もう⋯⋯本当に、人が見てる前でやることじゃないわよ」
「誰も見てなどいない。見ているのは家族だけだ」
ルーカス様の低い声が、静かに食堂に響く。
シャーロットお姉様は「もうっ!」と言いながら、小さくルーカス様の肩を叩いた。
「姉さんだって、イチャついてるじゃないか」
冷静なリオン様の声にシャーロットお姉様が反論する。
「リオンだって、アリスちゃんの前だけでは、甘えるくせに」
「婚約者なんだからいいだろ?」
「それなら、私たちは夫婦よ」
微笑ましい姉弟の言い争いを見守りながら、私は紅茶を口にする。
穏やかで幸せな時間。
視線をあげると、ルーカス様と目が合い、私は精霊契約の方法を尋ねようと、口を開いた瞬間だった。
「あの⋯⋯ルーカス様、精霊契――――」
ドタバタと大きな足音と共にバンッと、食堂の扉が開けられた。
「閣下! 大変です! すぐに来てください!」
息を切らし、倒れ込むように転がり込んで来たのは、銀獣の世話担当の騎士だった。
クロエがすぐに騎士のそばに駆け寄った。
「銀獣の一頭が魔力暴走を起こして、狂乱状態です。シリル副団長が対応していますが、援護をお願いします」
騎士は呼吸を整えると、状況を説明した。
「わかった。すぐに向かう。アリスは姉さんたちとここに残れ」
突然の状況に理解が追いつかない私はその場で固まっていた。
「お、お気おつけて」
「ああ」
私が何とか発した言葉にリオン様は頷いて、食堂をあとにした。
「⋯⋯私たちも行くか」
一瞬食堂は静けさに包まれたが、ルーカス様の言葉に私はシャーロットお姉様と顔を見合わせた。
「ルー、リオンにここで待つように言われたでしょ? アリスちゃんを危険な目には合わせられないわ」
「私たちがいれば問題ないだろ? それに、クッキーの効果を試すのに丁度いい。アリス嬢はどうしたい? ここでただ帰りを待つか?」
ルーカス様に静かに問われて、私は一度目を伏せた。
そしてルーカス様に力強く視線を向けた。
「行きます! 私も力の効果を知りたいです」
昔の私なら逃げ出していたかも知れない。
目を背けて現実から記憶を封じてずっと逃げ続けていたのだから。
でも、もう逃げたくない。
私が弓を習い始めたのだって、お兄様のそばにいたかったからだけじゃない。
一緒に伯爵領に暮らす人々を守りたかったから。
今の私は何も出来なかった頃とは違うんだ。
「もーしょうがないんだから! 銀獣とリオンの援護に向かうわよ!」
「はい!」
私は急いでクッキーを包んで、シャーロットお姉様、ルーカス様と一緒に銀獣の厩舎へ向かった。




