第57話 魔塔へのお誘い
「わ、わたしが、魔塔にですか⋯⋯?」
私はおずおずと口を開いて、リオン様の顔を見上げた。
リオン様も驚いた顔をしていたが、私と視線が合うと、私の頭にそっと触れた。
「いきなりだな⋯⋯ルーカス兄さん」
「本気だ。魔術師にとって手軽に魔力補給できるのは貴重だ。⋯⋯アリス嬢の力は魔塔にとっても、大きな価値がある。だが、それと同時に狙われる危険もある」
「アリスの力を狙う奴が出て来るって事か」
リオン様の声が少し低くなって聞こえた。
私は息を呑み、ぎゅっと、リオン様の服の裾を掴んだ。
昔は無能と蔑まれて、やっとリオン様の役に立たると思っていたのに、また、危険な目に遭うかも知れないなんて、怖い。
「ルーカス兄さん。いきなり魔塔に誘うのも、危険を伝えるのも結構だが⋯⋯アリスを怯えさせるな」
リオン様の大きな手が私の手を包み込んだ。
それだけですごく心強いと思えた。
「⋯⋯悪い。だが、大事な事は伝えておくべきだ。それに、魔塔に来るのはアリス嬢にとってもいい事だと思うぞ。同年代の子と学ぶことも出来るが、興味も無いか?」
「⋯⋯ごめんなさい。わたし、まだ、どうしたいか分からないです。でも、今はリオン様の役に立てることを⋯⋯傍を離れたくないです」
魔塔に誘ってくれて、私を必要としてくれる人がいることは素直に嬉しかった。
でも、すぐには決められなかった。
だから、今の自分の気持ちを言葉にした。
「無理強いする気は無いから安心してくれ。ただ、魔塔はアリス嬢をいつでも歓迎するということも覚えておいてくれ」
「はい⋯⋯! ありがとうございます」
私が頷くと、ルーカス様は照れくさそうに微笑んだ。
「アリス嬢の作る治癒の力が込められたクッキーを無理のない範囲で、魔塔にも分けてもらえるか?」
「もちろんです!」
私は即答した。
迷う要素なんてどこにもなかった。
「ありがとう。これはクッキーを提供してくれるお礼と、婚約祝いだ」
ルーカス様はどこからともなく取り出した、アメジストの宝石を私に差し出した。
「これは⋯⋯?」
私は魔力みたいな力を感じられる宝石とルーカス様を見比べた。
「精霊が好む宝石だ。アリス嬢の契約精霊にあげるといい」
「⋯⋯え? わたし、精霊と契約してないです」
ルーカス様は一瞬驚きつつも、目を細めた。
「そうか⋯⋯まだ、正式に契約を交わしているわけではないのか」
そう呟くと「精霊と契約を結ぶ時に使えばいい」と宝石を私の手に握らせた。
鮮やかなのに、透き通るような透明感もあり、光り輝く宝石を乗せられた私の手と声が緊張で震えた。
「こんな、高価なものは、さすがに受け取れません」
(宝石に詳しいわけじゃないけど、どう見たって希少なものだよね?)
私は宝石をルーカス様に返そうしたが「もう君の物だ。気にせずに使えばいい。精霊もすぐに契約してくれるだろう」と断られて、私は半分諦めつつ宝石を受け取ることになった。
そんなやり取りをクッキーを食べながら見守っていた、シャーロットお姉様が興奮した様子で言った。
「ルーだけずるい! 私もアリスちゃんにプレゼントしたかったのに!」
「し、シャーロットお姉様には、クッキーの型を作ってもらいましたし⋯⋯もう充分です。これ以上は困ります!」
リオン様とクッキーを作っていただけなのに、魔塔主のルーカス様から高価な物を受け取ることになるなんて誰が想像出来るのよ。
「宝石はアリスに似合うから有難く受け取るが、アリスに色々と渡すのは私の役目だから姉さんは自重してくれ」
そこに追い打ちを掛けるように、リオン様が加わった。
そして、何故か三人で私に何をあげるかの話し合いが始まった。
もう勘弁して欲しいと私は全力で思った。
「もうこれ以上高価な物は受け取れません! クロエを呼んで紅茶淹れてもらいますので、クッキー食べましょう。いえ、食べて欲しいです」
私はこれ以上高価な物を渡される前に、三人の意識をクッキーに向けさせた。
三人の会話に震えながら。




