第56話 クッキー作り
弱音を吐いてから数日が経ち、リオン様の仕事がひと段落ついた日。
私はリオン様と一緒に厨房に立っていた。
今日私たちが作るのはクッキー。
手軽に食べられて、日持ちもするし、持ち歩くのにも邪魔にならない。
美味しいクッキーを作ろうと私は気合いを入れていた。
まずは、常温に戻したバターをボウルに入れて、白っぽいクリーム状になるまでよく練る。
バターの甘い香りが厨房に漂い始めた。
「混ぜるの代わろうか?」
「大丈夫ですよ⋯⋯卵を割って、溶いてもらってもいいですか?」
リオン様が少し残念そうな表情をしたのを見逃さなかった私は、卵をお願いした。
「ああ、もちろんだ」
分かりやすく表情を明るくして、リオン様は丁寧に卵を溶き始める。
その様子を見ながら私も、クリーム状のバターに砂糖を入れてふわふわになるまで混ぜ合わせる。
そして、リオン様から溶き卵を受け取って、数回に分けてよく混ぜ合わせた。
最後に小麦粉をリオン様がふるいに入れ、私が木ベラでさっくりと粉がなくなるまで混ぜ、生地をまとめて休める。
これで下準備は終わった。
「しばらく生地を休ませたら、型抜きをします。リオン様はなんの形にしたいですか?」
「型抜き? 丸めて焼くだけじゃないのか?」
「実はですね⋯⋯これ! 見てください⋯⋯! クッキー専用の型です!!」
私は厨房の端に置いていた箱を持ってきて、リオン様に見せた。
箱の中には星、ハート、蝶、猫、銀獣モチーフの型などが数種類入っていた。
クッキーを作る前にシャーロットお姉様にクッキー専用の型を作れるか聞き、私が紙にクッキー型にしたい絵を描いた。
シャーロットお姉様はそれを魔法で型にしてくれた。
せっかくなら味だけじゃなくて、目で見ても楽しいものを作りたかった。
「これはすごいな。革命だな」
リオン様は感心したようにクッキーの型を眺めた。
「え?」
「社交界の流行になるぞ」
「クッキーの型が⋯⋯?」
いまいちピンとこない私は首を傾げた。
「いや、クッキーがだ。ティータイムが華やかになるし、贈り物としての価値もあり、話題になるぞ」
「ええっ、大げさですよ。ただのクッキーですよ?」
「本気だ。新しい話題があると、貴族連中が飛びつくぞ。特に、若い令嬢なんかは欲しがるんじゃないか?」
「わからないですけど⋯⋯型作ってる時、シャーロットお姉様も何も言いませんでしたよ?」
「まあ、姉さんは社交よりも魔法にしか興味持たないからな」
リオン様は苦笑いをこぼしながら、クッキーの型を手にとった。
「アリスの名前でクッキーのお店を開くのはどうだ? 人を雇って作れば、治癒の効果は入らないし、社交界の流行になれば、アリスの評価も上がるぞ」
「わ、わたしの名前でですか⋯⋯? 型を作ったのはシャーロットお姉様ですよ」
「アイディアを出したのはアリスだろ?」
「うぅ⋯⋯そうですが」
「それなら、フリューゲル公爵家の名で出すか?」
「それがいいです!」
私は目を輝かせてこくりと頷き、魔法冷蔵庫に寝かしていたクッキーの生地を取りにいった。
心の中では、今すぐにでも飛び跳ねてしまいそうだった。
リオン様と一緒に治癒の効果を込めたクッキーを騎士団の為だけに作るはずだったのに、それが、たくさんの人の手に取ってもらえるかもしれない。
そんな想像をしただけで、温かいものが込み上げてきた。
生地をまな板の上に伸ばしながら、そっと息を吐いた。
「アリス。型はどれにする?」
後ろからリオン様の優しい声が聞こえた。
「全部使って作りましょう!」
振り返った私は、満面の笑みを浮かべて答えた。
☆☆☆
厨房に甘く香ばしいバターの香りと、焦がした砂糖のような匂いが漂い始めた頃、二人分の足音が聞こえた。
「そろそろ出来上がる頃だと思って、会いに来たよ! アリスちゃん!」
シャーロットお姉様が楽しそうに私の隣に近づいてきた。
「シャーロットお姉様! もう少し冷ましたら完成です。そちらのお方はどちら様でしょうか?」
魔術師の男性が一緒に厨房にきた。
漆黒の長い髪を無造作に後に流し、切れ長の目はレッドスピネルの宝石のよう。
恐ろしいとは思わないが、纏っている雰囲気に思わず息を呑んでしまった。
「ルーカス・アエラス・レスティアル。私の夫で魔塔主よ」
「ま、まと、魔塔主!? シャーロットお姉様は結婚されていたんですか?」
叫びそうになり慌てて口を塞いだ。
魔塔自体よくわかっていないけど、直感で凄い人だと思った。
「ええ、アリスちゃんの後ろ盾は本当に凄いんだからね。ルーの話は置いておいて、治癒の効果を確認しましょうか! アリスちゃんも魔塔主に見てもらえれば安心でしょ?」
「え? あ⋯⋯、はい。はじめまして、アリスティア・ノワールです。よろしくお願いいたします」
「そう畏まらなくてもいい。アリス嬢でいいか?」
「はい。ルーカス様」
ルーカス様の声は低くて、よく通る声だった。
「なるほど、これが治癒の力が込められたクッキーか」
ルーカス様は冷ましていたクッキーを一枚手に取り、興味深そうに眺めてから、一口で頬張った。
緊張した面持ちでその様子を見つめていると、リオン様がさりげなく私の肩に手を置いて、軽く引き寄せた。
「これは⋯⋯」
ルーカス様は柔らかな笑みを浮かべて言った。
「悪くないな。魔力を回復させる効果もあるのか」
「ほ、ほんとですか?」
「いや、生き物がもつ魔力に作用して、回復を促す効果と魔力を回復させる二種の効果が込められているな」
ルーカス様はもう一つに手を伸ばしながら、感心したように頷いた。
「魔塔の魔法使いたちにも食べさせたい。疲弊した魔術師にとっても最高の補給食だ。クッキーなのもいいな。アリス嬢、一緒に魔塔に来ないか?」
ルーカス様の一言に場の空気が一瞬で固まった。




