第55話 弱音
その日の夜、夕飯と湯浴みを済ませた私は「二人きりで話をしよう」と呼ばれ、リオン様の私室にいた。
部屋で待っていた寝間着姿のリオン様を前に、私は緊張で自分の服の裾を掴んだ。
(ただ、お話をするだけなのに⋯⋯なんでこんなに緊張するの?)
ソファに座っていたリオン様は私の手を取って膝の上に引き寄せた。
そして、大きな手が私の背中を優しく撫でる。
「あの⋯⋯」
「ん? どうした?」
「今日、シャーロットお姉様に⋯⋯リオン様の子どもの頃のお話を聞かせて貰いました」
リオン様の息を呑む気配がして私を撫でていた手が止まった。
「っ!? ⋯⋯⋯⋯はあ、姉さんは、何を話したんだ?」
「子ども頃に魔力を暴走させていたとか、魔力欠乏症で魔力が枯渇して苦しんでいた事を聞きました」
その話を聞いて、私の魔力を回復させる力を役立てることが出来るのではないかと考えがよぎった。
「そうか⋯⋯今はもう大丈夫だから、心配するな」
そっとリオン様の手が私の頭を撫でた。
「わたし、魔法のこととか詳しくはないです。それでもお役に立てる事はありますか?」
ずっと、考えていた。
治癒の力を料理することで使えると知ってから、私には何が出来るのか。
私の力は治癒して、魔力を回復させることが出来る。
その力をリオン様の為に、役立てたい。
でも……。
「わたしには誇れるような物がありません」
「そんな事はない。アリスは私の誇りだ」
リオン様は弱音を吐く私を即座に肯定してくれる。
「いいえ、わたしには、フリューゲル公爵家の婚約者として、ふさわしいと胸を張って言えるものがありません⋯⋯それでも、私はリオン様の隣に居たい⋯⋯他の人に渡したくありません」
私は一度大きく深呼吸をして続けた。
「わたしの治癒の力を使う方法を一緒に考えてくれませんか?」
ここに来てから、私はもうひとりじゃないと知って、人を頼っていいことも、私を必要としてくれる人がいることも知った。
たくさんのものを与えられたから、少しずつだけど、強くなれた。
次は新たに一歩を踏み出したい。
私は震えそうになるのを、抑え込んでリオン様を見上げた。
「もちろんだ。アリスの治癒能力の効果の確認と、魔法の指導を姉さんに頼んでいたんだ。まだ不安だった?」
ああ、そうか⋯⋯私は強くなるって決意していても、不安で堪らなかったんだ。
私は静かに頷いた。
「アリスがちゃんと頼ってくれて嬉しいよ。心配しなくても、礼儀作法は完璧で、弓を引く姿も⋯⋯アリスの全部が私にとっては特別だ」
「っ⋯⋯!」
耳元で低く囁かれて、心臓が跳ね上がった。
「不安に思うなら幾らでも褒めてやる。そうすれば自信に繋がるだろ?」
「そうかもしれませんが、恥ずかしいので、程々にして欲しいです」
「程々だと、伝わらないだろ?」
「そんなことはないです」
動揺を隠すように私は目を逸らした。
「どうだか。アリスは臆病な所があるからな」
リオン様は軽く微笑みながら、私の頬を撫でるようにそっと触れた。
無意識に身体がびくっと跳ね上がった。
触れられることには少しずつ慣れてきた筈なのに、今日はいつもより緊張してしまう。
私に触れるリオン様の体温が、寝間着越しにはっきりと伝わってきた。
そして、ゆっくりと重なる唇。
柔らかく、熱い感触が私の唇を包み込んだ。
私は自然と目を閉じた。
不安な気持ちが消えて、幸福感に胸がいっぱいになった。
もっと、もっと、リオン様を感じていたい。
服の裾に縋りつくように掴んだ。
甘い吐息が混じり合い、頭の奥がふわふわと溶けていく。
「んっ⋯⋯はぁ、リ、オン、さま⋯⋯あいして、います」
息も絶え絶えに、いちばん伝えたかったことを、伝えると、リオン様のアクアマリンの瞳が揺れた。
「私も愛してる。アリス」
リオン様は私の腰を引き寄せて、胸の中に強く抱きしめた。
「嬉しいです⋯⋯」
私がリオン様の背に腕を回して抱きしめ返すと、微かに身体が震えた気がした。
しばらくの間抱き合ったまま、温もりを肌で感じていた。




