第54話 久しぶりに触れた弓
シャーロットお姉様と庭園でお茶会わ終えたあと、私はシルフィと一緒に庭園を歩いていた。
庭園は庭師が丹精込めて管理しているのか、いつ来ても素晴らしい。
白くて小さい可憐な花や葉がハート型の植物、紫の綺麗な花など、見ているだけで楽しい。
食べる事だけを考えていた昔とは違い、私は今、周りの景色にも目を向けられるようになっていた。
「きゃうっ?」
「シルフィも花が気になる?」
しゃがんでシルフィと視線を合わせると、飛んでいる蝶々が目に入った。
でも、私は目の前にいる蝶に違和感を感じた。
嫌な感じではなく、不思議な感覚。
蝶は淡く輝いて、光の粒子を纏いながら飛んでいた。
好奇心からそっと指で触れてると、ふわっと体の中から何かが抜けたかと思ったら、蝶は空気に溶けるように消えてしまった。
「い、いまのは⋯⋯?」
近くにいたシルフィもきょとんとした顔をしていた。
体に異変も無かったし、特に気に留めることもなく私は庭園の散策を続けた。
しばらく歩いていると、いつの間に修練場の近くまで来てしまったのか、剣を振るう音が聞こえてきた。
「踏み込みが甘い! もっとしっかり脚に力を入れて、振り下ろす時は迷うな」
「は、はい!」
「そうだ! その調子で⋯⋯アリスティア様!?」
剣の稽古をしていたフローラが私に気づいて、挨拶をしてくれた。
「フローラは久しぶりね。二人で稽古?」
「お久しぶりです。サラに頼まれて稽古をつけていました」
「アリスティア様もよろしければ剣を振りますか?」
「っ! こら! サラ、アリスティア様に失礼だろ?」
「いいのよ。フローラ」
「ですが⋯⋯」
「サラ。お誘いは嬉しいけど、剣を振るうのはちょっと⋯⋯」
弓は扱えるけど、剣術は壊滅的だった。
私は苦笑いを浮かべた。
「そうですよね⋯⋯失礼致しました」
分かりやすく肩を落とすサラの姿を見て私は提案した。
「弓なら扱えるから、一緒にやらない?」
サラの顔がぱっと明るくなった。
「本当ですか!? 是非お願いします!」
「サラったら⋯⋯すぐ調子に乗るんだから」
フローラが少し困ったように笑った。
「いいのよ。フローラ。私も久しぶりに弓を引いてみたい気分になったの。シルフィは少し離れて見ていてね」
しっぽを振りながら「きゃう!」と返事をした。
サラが素早く弓と矢を準備して、私に渡してくれた。
私は弓を手に取り、弦に軽く指を掛けてみた。
懐かしい感触に表情が和らぐ。
シルフィは少し離れた所に座り、じっと見守っている。
深呼吸をして、矢を番えた。
風の流れ、的までの距離、肩の力の抜き方を思い出しながらゆっくりと弦を引き絞った。
――ひゅっ。
矢は綺麗な弧を描いて飛び、的の中心から少し離れた所に刺さった。
「うーん⋯⋯少し感覚が鈍ったかな」
「えっ!? 私なんて的を外すこともあるのに⋯⋯十分すごいです!」
「ふふっ、ありがとう」
私は二本目の矢を番えた。
☆☆☆
シリルの急ぎの案件は魔物討伐だった。
お陰で今日はアリスに食べ物を買って来てあげられ無かった。
アリスにはなんでもあげたいと思い、誰よりも幸せでいて欲しいと願っている。
だが、宝石など普通の貴族令嬢が喜ぶような物をあげても、喜んではくれるが、どこか遠慮してしまう面がある。
今のところ遠慮なく受け取ってくれるのは食べ物だけ。
スイーツなどお菓子がお気に入りで、いつも目を輝かせながら食べてくれる。
そんな姿も堪らなく愛おしく思う。
今日はそんなアリスの姿を見れないのかと、残念に思いながら城に帰ると、何やら修練場から楽しそうな声が聞こえてきた。
「わあ! アリスティア様、凄いです!!」
「お見事です。ここまでとは思いもよりませんでした」
「褒めても何もないよ。ちょっと得意なだけだよ」
その声に引き寄せられるように近付くと、何故かアリスはドレス姿で弓を持っていた。
そして、アリスは流れるような所作で矢を番えて的を射た。
初めてアリスを目にした時と変わらず⋯⋯いや、それ以上に美しい姿に、時間が止まったかのように見惚れてしまった。
「きゃう? きゃんっ!!」
シルフィの鳴き声がしたと思ったら、アリスが振り返った。
そして、私に微笑みかけたかと思えば、嬉しそうにドレスの裾を抑えながら駆け寄ってきた。
その姿に思わず抱きしめそうになったが、魔物討伐をしてそのまま帰って来たせいで、服が汚れている事に気づき、腕を下ろした。
「リオン様、おかえりなさいませ」
「ただいま、アリス」
「魔物討伐に行かれたのですね。お怪我はありませんか?」
「ああ。傷一つないぞ。アリスこそ、どうして弓を?」
「シルフィとの散歩中に誘われて、懐かしくてつい⋯⋯ドレス姿ですみません。着替えてからやるべきでしたね」
少し気恥ずかしそうに照れている姿がまた、可愛らしい。
「いや、そんな事ない。矢を射るアリスの姿はとても、美しかった。見惚れてしまうほどにな」
「っ!?」
アリスの頬は一瞬で夕陽に負けないぐらい紅く染まった。
「あ、ありがとうございます」
もう少しアリスの純粋な反応が見たいと、からかいたくなった。
「アリスが弓を引く姿は何度見ても美しい⋯⋯心を奪われて、何度も惚れてしまう程にな」
「⋯⋯⋯⋯っ」
弓を胸の前に抱えたまま、はくはくと口を動かす姿に庇護欲が掻き立てられる。
「今すぐに抱きしめたいくらいだ」
「っ⋯⋯! ど、どうぞ⋯⋯?」
「アリスが魔物の血で汚れてしまうだろ?」
「あ⋯⋯そ、そうですね」
アリスが少しだけ残念そうに目を伏せた。
その姿に罪悪感を抱く。
「あとで、着替えたら、抱きしめてもいいか?」
アリスの瞳が少し揺れたと思ったら、真っ直ぐに私を瞳に映した。
「⋯⋯リオン様、少しだけ屈んで頂けますか?」
「ん? これでいいか?」
恥じらいを込めた声で言われて、アリスの望み通りに屈んだ。
震える手でアリスが私の頭を撫でた。
その手は心地よく、幸な気分になった。
撫でられるのを喜ぶ銀獣の気持ちも分かる気がした。
「いつもはリオン様が私を撫でてくれるので、今日は私がかわりに⋯⋯魔物討伐お疲れ様でした。無事に帰って来てくれて、よかったです」
「あ、ああ」
アリスの思わぬ行動に、気の利いた返事が返せなかった。
アリスも恥ずかしかったのか、耳まで赤く染め上げて、フローラとサラの方に逃げて行ってしまった。




