第53話 リオン様の過去?
リオン様との婚約発表は十日後にすることになった。
私はお茶会用のドレスに着替えて、挨拶の練習をしていた。
シャーロットお姉様が手をパチパチ叩きながら、興奮気味に褒めてくれた。
「もー!! アリスちゃん完璧過ぎるよ!!」
「ああ。アリスの所作は洗練されていてとても美しい」
「ほ、褒め過ぎですよ⋯⋯リオン様、シャーロットお姉様。私はただ、恥ずかしくないように気をつけているだけです」
(よかった。体がちゃんと覚えていて)
二人に所作を褒められて、私は僅かに頬を赤らめた。
幼い頃に貴族教育で、礼儀作法を必死で身に付けたことは無駄じゃ無かった。
「アリスティア様! 本当に素晴らしいです。所作の一つ一つに、無駄がなくて⋯⋯それでいて自然です」
「クロエもそう思うわよね! 所作やマナーに関しては教える事が無いくらいね。きっと、アリスちゃんが一番輝くわ。完璧な微笑みと、カーテシーで他の令嬢を見返しましょ!」
「むしろ、姉さんがアリスに作法を教わるべきだな」
「リオン! あなたこそアリスちゃんの足を引っ張るんじゃないの?」
姉弟喧嘩が始まり、場の空気が少し冷たくなる。
そこにシリル副団長がリオン様を迎えにきて、呆れたようにため息をついた。
「また喧嘩されているのですね。閣下、そろそろ騎士団のお仕事のお時間です。アリスティア様とお過ごしになる時間が大切なのも分かりますが、行きますよ」
「待て、シリル。もう少しいいだろ」
「もう既に半刻お待ちいたしました。本日中に処理して頂かなければならない事案がございます」
「⋯⋯リオン様」
私はシリル副団長が困り果てている様子に助け舟を出すように静かに微笑んだ。
「どうした? アリス」
「リオン様がお仕事に行かれないと、シリル副団長や騎士団の皆さんが困ってしまいます。お気をつけて、いってらっしゃいませ」
私は優雅にカーテシーを行う。
「そ、そうだな⋯⋯アリスも頑張るのはいいが、無理だけはするなよ」
「はい! もちろんです」
「ああ。では行ってくる」
私はもう一度カーテシーを行いながら見送った。
リオン様とシリル副団長の背中を見送った後、シャーロットお姉様はくすりと笑った。
「リオンはアリスちゃんには甘いんだから。ほんと⋯⋯あの頃からは想像出来ないくらい変わったわね」
シャーロットお姉様の表情は、幼い子どもの成長を喜ぶ母親のようだった。
「わ、わたし、昔のリオン様のお話とか聞きたいです」
私も好きな人のことをもっと知りたいと思った。
「もちろんよ! せっかくだから、外でお茶を飲みながら話をするのはどうかな?」
私はシャーロットお姉様の提案に「はい」と返事をした。
☆☆☆
午後の柔らかい陽射しが庭園を照らす中、テラス席で私はシャーロットお姉様と向かい合って座った。
クロエが用意してくれたミルクティーとシフォンケーキの香りが優しく広がり、庭園の新鮮な草の香りと、近くの花の甘い香りがそれらを優しく包み込む。
ティーカップをゆっくりと手に取り、味わうように口をつける。
紅茶の渋みとミルクのコクが絶妙で、優しい甘さが残る。
「甘いのにすっきりしていて、美味しいです」
「シフォンケーキも一緒に食べてみて。味わいが最高だからね」
シャーロットお姉様に勧められて、シフォンケーキにフォークを入れると、驚くほど軽やかで、口に含むと、舌の上でふわっと溶けていく。
「ふわふわしてます。交互に食べると深みが増してすごく美味しいです!」
「気に入って貰えて良かったわ。そろそろリオンの子供の頃の話をしましょうか」
シャーロットお姉様はティーカップを優雅に置き、遠い昔を懐かしむような瞳で庭先を見つめた。
「リオンはね⋯⋯昔は『氷の公爵令息』と呼ばれて、爵位を継いでからも騎士団長として、魔物狩りをしていて社交界にも必要最低限でしか顔を出さないから『冷酷騎士団長』『氷の公爵』と王都では言われていたのよ」
「氷の⋯⋯?」
私は目をぱちくりさせた。
だって、リオン様のアクアマリンの宝石に似た瞳は、氷のような冷たさを帯びることもあるが、いつも優しい。
そして金色の髪は太陽よりも眩しく私の瞳に映ることがある。
「ええ、フリューゲル騎士団はリオンの事を慕っているけど、周りの人を寄せ付けない冷たさがあって、縁談なんかも全部断るし「私は結婚しない。公爵家は姉さんの産む子供に継がせればいいだろ」って言ってたのよ」
シャーロットお姉様は苦笑いしながら続けた。
「リオンが人を遠ざけるように振舞っていたのは、魔力が強すぎて、制御出来ずに人を傷つけた事があったからなの⋯⋯その上厄介な事に、魔力欠乏症を引き起こしやすい体質だったのよ」
「魔力、欠乏症⋯⋯?」
「魔力が安定しない子供が起こす症状で、最悪な場合は命を落とすわ」
「⋯⋯え?」
私は静かに息を飲んだ。
「心配しなくても、今は大丈夫なんだけどね⋯⋯幼い頃は魔力枯渇を起こして何日も寝込んだり、魔力暴走で一面を氷漬けにしたり⋯⋯そのせいで心を閉ざして、銀獣しか寄せ付けなかったのよ」
今のリオン様からは想像がつかなかった。
私を優しく温かく包み込んでくれるリオン様の過去に胸が傷んだ。
「でもね、アリスちゃんと出会ってからリオンは変わったわ。あんなふうに笑うリオンは初めてみたし、幸せそうで、アリスちゃんがリオンを救ったのよ」
「そんな⋯⋯救われたのは私のほうです。リオン様が居てくれるから私も過去の傷を受け入れられたんです」
「ふふ、お互いに救い合ったのね」
シャーロットお姉様が私の手をそっと握ってくれて、その温もりが、じんわりと胸に染み込んだ。
そして、少し離れただけなのにもうリオン様に会いたいと思ってしまった。




