第52話 婚約発表と決意 ②
――四年前。
十二歳の私は洗礼式で治癒の能力を授かった。
その能力は特別なものだった。
治癒士の称号が与えられて、身分に関係なく名誉と富を得られるはずだった。
私はただ、人々を救える力を授かれたことが嬉しかった。
両親も私を褒めてくれて、幸せだった。
でも私は能力を授かっただけで、治癒の能力を使い、人を治療することは出来なかった。
同世代で治癒の能力を授かった二人は、怪我をした人の前で両手を合わせて祈りを捧げるだけで、どんな怪我でも治せのに。
私だけ、怪我をした人の前でどんなに祈っても、願っても、治療することは出来なかった。
貴族を集めた中規模のパーティーで、私は再び「無能」を晒すことになった。
侯爵家の貴婦人がグラスを割り、腕を切った。
血が流れ、周囲の人がざわめく中、人々は私に視線を集中させた。
私は治癒できないとわかっていても、両手を合わせて、傷が治るように祈った。
額に汗が滲み、呼吸がはやくなる。
周りにいた人々が固唾を飲み込みながら、その様子を見守っていたが、何も起きずその視線は次第に、嘲笑、不信感、軽蔑といった悪いものに変わっていった。
その視線に手足は冷たくなり、目尻に涙が浮かんだ。
その時だった。
「どいて! 私が治癒するわ」
ブロンドの髪を巻いた令嬢が場の空気を変えるように、はっきりとした声をあげたかと思ったら、私を押し退けた。
そして、膝をつき、両手を組んで祈りを捧げると、淡い光が傷を撫でるように怪我を治した。
「あ、ありがとう。カーミラ嬢」
「礼はいらないわ。無能令嬢が⋯⋯恥ずかしくないの? 消えて! 目障りよ」
私がお礼をしたら、目を吊り上げて罵りながら声をあげた。
「っ⋯⋯、ごめんなさい」
私は反論することも出来ずにその場に俯いた。
「あれって、ノワール伯爵家のご令嬢よね?」
「ええ、どうやら、治癒の能力を授かったのに使えないらしいわ」
「社交界の華として、一番注目されていたのにね⋯⋯」
「無能令嬢。彼女にピッタリの呼び名では?」
「そうですわね」
「ノワール伯爵家も地に落ちましたわね」
囁かれる言葉が、私の胸に深く突き刺さった。
私は唇を噛みしめて、その場で深く頭を下げた。
周囲の視線が針のように刺さる。
笑い声、失望の囁き、深いため息が、耳鳴りのように私を襲う。
(ごめんなさい、治癒の力を使えなくて⋯⋯期待に応えられずに⋯⋯ごめんなさい)
震える足でなんとかその場から逃げるように離れて、小さなバルコニーに出た。
悔しさと、情けなさに涙が溢れる。
嗚咽を堪えるように口を押さえた。
屋敷に帰ればまた、お母様に「どうして! あなただけ、治癒の能力が使えないのよ」と怒鳴られて、怒られる。
「⋯⋯無能でごめんなさい⋯⋯⋯⋯だれ、か、たすけ、て⋯⋯」
(なんで、私は治癒の能力なんかを授かったの? 嘘ならよかったのに⋯⋯)
誰も助けてなんかくれないのに、叶わない願いを口にし、その言葉は涙とともに消えていった。
「⋯⋯⋯⋯ス⋯⋯アリ⋯⋯アリス!」
ぼんやりと聞こえた、リオン様の声に私はゆっくりと顔をあげた。
リオン様の鼓動が聞こえ、彼の息づかいが感じられる距離感。
私は強くリオン様の胸に抱きしめられてた。
「あ⋯⋯」
「大丈夫だ。アリスが嫌なら社交界に顔を出さなくても、構わない」
大きくて温かい腕、そして、いつもより甘い匂い。
リオン様に包み込まれている安心感に私は、深呼吸をした。
リオン様にふさわしい女性になると、私は決めたのだから、もう揺らいだりしない。
「私⋯⋯社交界では「無能令嬢」と言われて、イメージは最悪です。私が社交界に顔を出すことで、フリューゲル公爵家の品位を落とすことになるかもしれません」
自分で言っていて胸が痛くなる。
今の私は無能じゃない。
でも、まだ誰かの役に立てた事はない。
好きな人の顔に泥を塗ることになるかもしれない事が何よりも怖い。
リオン様の大きな手が、私の背中を優しく撫でた。
「そんな事はない。アリスは誰よりも美しくて⋯⋯正直私にはもったいないくらいだ。それに、社交界で多少アリスが失敗しても、どうにかなるほど、公爵家は弱くない」
リオン様の力強い声に私は肩の力が抜けるのを感じた。
「アリスは堂々と私の隣にいればいい。アリスの後ろ盾は国を支える四大公爵家の一つなのだから、何も恐れなくていい。私が全てをかけて必ず、守るから」
「そうよ。アリスちゃん。私も⋯⋯魔塔も味方になるわ」
「⋯⋯⋯⋯魔塔⋯⋯?」
「ええ、私は宮廷魔導師で、魔塔に所属するすごい魔法使いなのよ! だからね、何も恐れる事はないわ」
胸に広がる強い想い。
私を認めて、必要としてくれる人がいるなら、どんな事でも頑張れる。
「私、頑張ります。リオン様のフリューゲル公爵家の婚約者として、もう迷いません。⋯⋯強くなりたい、いいえ、強くなります。私もリオン様を守れるぐらいに」
決意が揺るがないように、自分を鼓舞するように言葉を口にした。




