第39話 力の実践
「普通か⋯⋯。アリス、ちょうど来たようだ」
「⋯⋯来た?」
リオン様が厨房の入口に視線を向けた。
つられて私も同じ方向に視線を向けると、鳥かごのようなものに、小鳥を入れたシリルが立っていた。
「閣下、頼まれていた『精霊鳥』を見つけました」
「ああ、こっちに持ってきてくれ」
シリルが鳥かごをテーブルに置くと、中にいた鳥が「ピィ⋯⋯」と弱々しい鳴き声を上げた。
羽はところどころ色褪せ、元気がない。
「この鳥は?」
初めて目にする青い羽根の鳥とリオン様を交互に見た。
「『精霊鳥』と言って、緊急時の伝令や内密の連絡に使う。魔力で動き、指定された人以外には情報を伝えない鳥だ」
リオン様は真剣な表情で鳥かごを覗きこみ、私に視線を移した。
「魔力枯渇を起こしている。アリス、君の治癒の力を試してみよう」
「わたしが、⋯⋯試す。っ⋯⋯!」
さっきまでの甘い雰囲気から、急に現実に引き戻された気がした。
母の甲高い声で「どうして、できないのよ!」と耳の奥で聞こえた。
額に冷や汗が浮かんで、視界が歪む。
(上手くできなかったら⋯⋯怖い⋯⋯)
「⋯⋯あ、⋯⋯わた、わたし⋯⋯上手く⋯⋯でき、できなかったら⋯⋯」
動悸が早くなって、手足が冷たく、体が無意識に震える。
衣擦れの音と共に体が包み込まれる。
安心する腕の力強さと、柑橘系のリオン様が纏っている香りが鼻をくすぐる。
リオン様が私を後ろから優しくそっと抱きしめてくれていた。
「アリス。大丈夫だ。私はどこにも行かないし、失敗しても、アリスを責めたりしない。ここにいる皆、アリスの味方だ。息を大きく吸うんだ」
リオン様の声に私は震えながらも頷き、大きく深呼吸を繰り返す。
(もう逃げないって決めたんだ。私はリオン様を信じる)
心を落ちつかせて、まっすぐに精霊鳥を見た。
「わたし、やります」
まだ体は震えているけど、それでもここで逃げたら、私は前に進めない。
覚悟を決めて卵を手に取った。
小さな小鳥がついばむなら、スクランブルエッグがいいと思った。
卵を割って混ぜる。
調味料はなにも入れない。
それでも「元気になって欲しい」と思いを込めて卵を解きほぐした。
背後でリオン様とシリルが静かに見守ってくれている。
厨房には卵を焼くジュワっという音だけが響く。
完成したスクランブルエッグを軽く冷まして、小皿に乗せて精霊鳥の前に置いた。
「⋯⋯どうぞ。食べてみて」
震える私の手をリオン様が握ってくれる。
私も握り返して、精霊鳥の様子を見守る。
警戒するように、首を傾げてた精霊鳥が、匂いに誘われて、ふらつく体を起こすように近づく。
そのまま小さなくちばしで、一口ついばむ。
その瞬間――。
精霊鳥の体が淡い金色の光に包まれた。
色褪せていた羽が、少しずつ輝きを取り戻し、弱々しかった瞳が生き生きと輝き始める。
「⋯⋯これが、治癒の力⋯⋯?」
呆然と呟き、目の前の光景を目を見開いてただ、眺めていた。
精霊鳥は二口、三口と食べ進め、だんだん元気になって、最後には「ピィピィ!」と明るい鳴き声を上げながら、かごの中で羽をばたつかせた。
「アリス、君の魔力は本当に『想い』を媒介にしているようだ。美味しいものを食べさせたい、という純粋な気持ちが、精霊鳥の枯れた魔力を直接満たした」
リオン様が優しく微笑んだ。
「わ、わたし、本当に⋯⋯料理で、治癒できたんですね⋯⋯」
胸が熱くなった。
ぽたり、ぽたり、と涙が溢れ落ちる。
自分の料理が、こんな風に誰か「今日は精霊鳥だったけど」助けられるなんて、まだ実感が湧かない。
リオン様が私と繋いだ手を離して、私を胸の中に強く抱きしめる。
「アリス、いままで、一人でよく頑張ったな。たくさん傷ついてきたと思う。全部受け止めてやるから、我慢しなくていい」
「っ、⋯⋯うぁっ⋯⋯うっ、あっ⋯⋯、つ⋯⋯」
リオン様に抱きしめられながら、私はまた、縋り付くように泣いてしまった。
リオン様はそんな私の頭を優しく撫で続けてくれた。
私は我慢していたものを吐き出すかのように泣いた。




