第35話 パンケーキと銀獣
私はリオン様のエスコートで食堂に向かった。
シルフィには朝食を食べた後に会いに行くことにして、まずは朝食のパンケーキだ。
朝食にパンケーキを一度、食べてみたかった。
今まで、色々と我慢してきて、失っていた記憶が少し戻ってきたせいか、私はどうしても子どもっぽくなってしまう。
食堂に来るまでの間にも、リオン様には子ども扱いされた。
嫌な気はしなかったけど。
席に着いてすぐに、朝食のパンケーキが運ばれてきた。
黄金色でふんわりと厚みのあるパンケーキから、小麦とバターの優しい自然を感じる香りと、別の容器で添えられた蜂蜜。
「リ、リオン様、蜂蜜が宝石みたいです!」
「好きなだけ、かけるといい」
「ほ、ほんとうですか?」
「かけてやろうか?」
「自分で出来ます! こういうのは自分でかけるから、楽しいんですよ」
私は蜂蜜がたっぷりと入った容器を片手に、蜂蜜をパンケーキにかけた。
透明感のある琥珀色の蜂蜜が、ゆっくりと流れ落ちていく。
蜂蜜が光を捉えて、キラキラと輝き、縁から溢れて、お皿に溜まる。
ナイフでひとくちサイズに切って、フォークで刺して、蜂蜜が垂れてこぼれ落ちる前に口に運ぶ。
ふわふわの生地が蜂蜜をたっぷり吸い、濃厚な甘さとバターの風味が口いっぱいに広がった。
しっとりとした食感と、ほのかな小麦の香りがそれを引き立てる。
「ふわふわなのに、蜂蜜でしっとりとした食感が、たまらないです」
「ああ、朝食に甘いものを食べるのもいいな。アリスが美味しそうに食べる姿に、癒されるよ」
「ふえ?」
リオン様は優しい目で私を見ていた。
その視線に、胸がどきりと鳴る。
「ご飯なんか食べれれば、なんでもいいと思っていたが、一緒に食べるご飯は特別な感じがするよ」
「っ⋯⋯! わたしも、一緒に食べる方が、もっと美味しいです」
口の中に広がる甘さは、蜂蜜のものなのか、それともリオン様がくれる優しさの味なのか、もうわからなくなっていた。
でも、きっと忘れることはない。
穏やかだけど、幸せな一日の始まりになる。
パンケーキを食べている間、リオン様は、珍しい小動物を観察するような温かな視線で私を見ていた。
☆☆☆
朝食を終え、シルフィを迎えに放牧地に向かった。
私たちの気配に気づいた銀獣の幼獣が一斉に集まってくる。
もふもふの銀色の毛の波が、楽しそうに。
「きゃん! きゃうっ!」
「私、今日はご飯持ってきてないよ。あれ? シルフィがいない?」
目をきらきらさせて、もふもふのしっぽをふりながら、集まってきた幼獣の中にシルフィの姿が見当たらない。
「この中にいないなら、ルカの厩舎にいるのかもな。こっちだ。行こう」
「はい!」
「幼獣たちに随分と懐かれているようだな」
「⋯⋯懐かれているんですか? もふもふの塊が、まとまって走ってくる姿とかは、すごくかわいいですが」
転がり回りながら、走ってくる姿を思い浮かべて、表情が緩む。
「ああ、あそこまで一斉に集まって来るのに、懐かれていない訳ないだろ」
「なるほど⋯⋯懐いてくれていたんですね! いつもシルフィと一緒に会いに行っていたから、ついでに構って欲しいのかと思っていました」
「アリスは動物にも好かれるようだな」
「それは⋯⋯嬉しいです!」
「見えてきたぞ。あの先にいるのがシルフィだろう」
他愛もない話をしながら、歩いていたら、遠くで銀色に輝く光が見えた。
優雅に銀色の毛並みを風になびかせながら、大きい銀色の輝きが近づいてくる。
その大きな銀獣の口にはシルフィが咥えられていた。
「シ、シルフィが食べられちゃう!? 」
思わず走り出そうとした私の手を、リオン様が優しく掴む。
「大丈夫だ。ルカがシルフィを連れてきてくれるんだろう」
リオン様の言葉通り、大きな銀獣ルカは私の前まで来て、シルフィをそっと地面におろした。
「シルフィ、無事で良かった」
「きゃうっ!」
シルフィはいつものように鳴いて、私の顔を舐める。
「くすぐったいよ。昨日は、ひとりにしてごめんね」
「きゅう!」
私にぐりぐりと体を押し付けてくる。
寂しかったよと言うように。
シルフィを撫でながら、顔をあげると、目の前に大きな顔があった。
「わわっ!?」
突然、ルカの大きな舌でペロリと顔を舐められた。
ざらざらしていて、温かくて、くすぐったさが、一気に襲ってくる。
「ちょ、っちょっと、まって⋯⋯あっ、だめ⋯⋯くすぐったいから⋯⋯、やめ、⋯⋯」
私の声なんて聞こえてないかのように、顔を舐め回される。
「ぐるるる」と喉を鳴らすような、聞いた事のない音も聞こえる。
「わ、わたしは食べ物じゃないから!! 食べないでっ」
横からリオン様の堪えきれていない、笑い声が聞こえてきた。
「ルカは、アリスが気に入ったようだな」
「え? ⋯⋯わ、笑ってないで、助けてください」
「ああ、ルカ、離れろ」
リオン様の声にルカは大人しくその場にお座りをする。
ルカの舐めまわし攻撃から解放された私は、顔をべたべたにされながら、リオン様の背後に隠れた。
そして、リオン様の背中越しに、ルカの姿をみる。
シルフィとは違う、毛量のいいふっさふさの毛並みが、美しいと思った。




