第34話 無自覚な攻防
朝からリオン様と話が出来ることに、私は幸せを噛み締めていた。
リオン様の部屋にいることに気づいたのは、だいぶあとだった。
「⋯⋯⋯⋯わたし、どうして、リオン様のお部屋に⋯⋯?」
「嫌だったか?」
「嫌じゃないです。むしろ⋯⋯」
喉まででかかった「一緒の部屋で寝たい」と思った言葉を飲み込んだ。
まだ、婚約者であって、夫婦ではない。
そもそも、恋人とは何をするのかも分からない。
「むしろ、なんだ⋯⋯?」
「な、なんでもないです。私のシルフィはどこですか?」
私は誤魔化すようにシルフィのことを聞いた。
「「私のシルフィ」か⋯⋯妬けるな。私はアリスのリオンか?」
「なっ!?」
リオン様は妙に色っぽい仕草で首を傾げて、甘い声で、囁くように微笑んだ。
恥ずかしくて、溶けてしまいそうになる。
「可愛いな。シルフィなら、ルカといるはずだ」
「⋯⋯ルカ?」
「ああ、私の銀獣だ」
リオン様は姿勢を正して、私を真っ直ぐに見つめた。
サファイアのような瞳に吸い込まれそうになる。
「アリスの今日、一日を私にくれるか?」
「はい。⋯⋯一日と言わずに、すべて捧げます」
「⋯⋯っ! そ、それは、愛の告白か?」
リオン様が私から顔を逸らす。
その顔は耳の先まで赤く染まっている。
「はわっ!? ⋯⋯かっ、からかわないで、ください」
私もつられて赤くなる。
「⋯⋯先に始めたのは、アリスのほうだろ? 無自覚か!?」
「ううっ、先に着替えてきますので、一旦、失礼します」
心臓がばくばくとうるさい。
逃げるように私は自分の部屋に戻った。
(な、なにやってるのよ。わたしは、こんなことしてたら心臓がもたない)
部屋に戻った私は平常心に戻るまで、しゃがみこんでいた。
☆☆☆
クロエに身支度を手伝ってもらい、私はもう一度リオン様の部屋を尋ねた。
深呼吸して、扉をノックする。
「お、お待たせいたしました」
「いや、待っていない。私の色がよく似合うな。合わせてくれたのか?」
「⋯⋯はい、リオン様の青い色は私も好きなので⋯⋯」
「いいな⋯⋯私もアリスの色の物を身に付けたい」
「⋯⋯わ、わたしのいろ?」
リオン様は少しだけ目を細めて、優しく微笑んだ。
「ああ、アリスの色は柔らかくて、温かくて、どこか儚い⋯⋯そんな色だ。ずっと、身につけて⋯⋯いや、アリスをそばに置いておくか?」
低く、甘い声で揶揄うように囁かれて、私はまた顔が熱くなるのを感じた。
「え、えっ!? わ、私の色は地味な薄紫ですよ⋯⋯? 」
「地味じゃない。藤の花のように美しい」
リオン様は一歩近づいて、私の頬にそっと手を沿わせた。
指先からリオン様の熱が伝わる。
「⋯⋯リオン様」
「アリス、今日一日じゃ、足りない。⋯⋯もっと一緒にいたい」
サファイアの瞳が、まっすぐに私を捉える。
「⋯⋯全部、私は、最初からリオン様のものです。ずっと、ずっと前から、そう思っていました」
リオン様が息を呑んだ。
次の瞬間、私の体はリオン様の腕の中に包まれた。
熱くて、力強くて、柑橘系の匂いが鼻をくすぐる。
でも、少し震えてる。
「⋯⋯本当か? 嬉しい⋯⋯無自覚なアリスに心臓がもたない」
リオン様は小さく笑って、私の額に自分の額をそっとくっつけた。
近くて、息がかかる距離。
「アリス⋯⋯キス、してもいいか?」
突然の言葉に、頭の中が真っ白になった。
(き、昨日は私も正気じゃなかったからできたけど⋯⋯わ、わたしの方が心臓がもたないよ)
リオン様の唇が、ゆっくりと近づいてきて——
その時。
コンコンとノックの音が響いた。
「わっ!?」
私は思わずリオン様を押し退けていた。
「朝食の準備が出来ましたー!」
クロエの明るい声が部屋に響いた。
リオン様が深くため息をつき、私の額に軽くキスを落として離れる。
「クロエには、後でたっぷりお礼を言っておかないとな」
「え⋯⋯?」
「邪魔してくれたおかげで、今日はまだ理性が保てた」
リオン様は悪戯っぽく笑って、私の手を引いた。
「今日の朝食は蜂蜜たっぷりのパンケーキだ。一緒に食べよう」
「パ、パンケーキ⋯⋯!? う、嬉しいです!!」
「可愛い反応だな」
朝食のパンケーキに気を取られてる隙に、唇に柔らかいものが触れた。
「っ!?」
不意打ちのキスに私は口をぱくぱくさせた。




