第31話 アリスティアの能力
どのくらい、そうしていたのだろ。
落ち着きを取り戻した私はどんな顔をすればいいのか、分からなかった。
心臓がばくばくとうるさく鳴っている。
恥ずかしすぎて、たぶん私は耳まで赤くなっている。
(⋯⋯私、リオン様と口付けした!? なんで!? どうして、私は、勢いで告白しているの?)
冷静に考えれば、有り得ないことをしでかしている。
いくら、嫌な記憶を思い出したからと、不安な気持ちを抱えきれなくて、縋り付くなんて⋯⋯。
その場の勢いで『好きです』と伝えてしまった。
――でも、私は婚約者がリオン様でよかったと、生きることを諦めなくてよかったと心の底から思った。
「⋯⋯リオン様、わ、わたし、ずっと、う、嘘をついて⋯⋯いました」
言うなら今しかないと思った。
声が震えて、体が震え、リオン様の顔を見ることができない。
でも、もう逃げない。諦めない。
自分の意思をしっかりと伝えるんだ。
隠しごとなんかしたくない。
「わたしは、治癒の力を使えるんです⋯⋯わたしの血に傷を癒す力が、あるんです。⋯⋯必要なら、血をあげます。だから、追い出さないでください⋯⋯そばに、いさせてください」
たとえ人々の治療をする為に、切り刻まれようとも、ここに置いて貰えるなら、どんな痛みにだって耐えられる。
リオン様に与えられる痛みなら、耐えてみせる。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
沈黙がおちる。
いや、違う⋯⋯。
肌を突き刺すような、凍てついた冷たさに、私はリオン様がすごく怒っているんだと感じた。
ずっと、騙していたんだから、許して貰えないのは⋯⋯当然で、また、涙が滲む。
――泣いたらだめ、そんなの許されない。
「っ⋯⋯! 騙して、黙ってて、ごめんなさい、ごめ⋯⋯」
私の言葉を遮るように、リオン様は私を抱きしめた。
「謝るな。すまん、怒りで、魔力が抑えられない、アリスに怒っているんじゃない。アリスをここまで追い詰めた奴に怒っているんだ」
「あ⋯⋯」
「それと、アリスの体に傷一つ付けさせたりしないし、傷を付けたりもするなよ」
「⋯⋯っ! それだと、治癒の力が使えません⋯⋯ い、痛いのは嫌なので、自分からは傷つけたりしません」
私を抱きしめているリオン様の手が震えている。
「アリス、君は大きな思い違いをしている。⋯⋯一つ確認させてくれ。アリスは料理をする時に、自身の血を混ぜているのか?」
「!? 」
料理に血を混ぜる?
どうして?
私は訳が分からなくて、顔を上げた。
泣きそうな顔をしているリオン様と目が合った。
「そ、そんなことしていません」
「なら、アリスの流す血に癒しの力がある訳じゃない。アリスの治療の力は料理を作ることで、発揮されるんだ」
「⋯⋯えっ?」
私の料理に治癒の効果がある?
「どうして? そんなはず⋯⋯」
「逆にどうして、血に傷を癒す力があると思ったんだ」
静かにリオン様に問われた。
「⋯⋯昔、手負いの狼に襲われて、私は怪我をして、狼は元気になって走り去っていったんです。⋯⋯だから、私の血に傷を癒す力があると思ったんです」
リオン様は大きく息を吐いた。
「アリスが無事で良かった。その時⋯⋯狼がアリスを襲ったのは、なにか食べるものを持っていたからじゃないのか?」
「⋯⋯はい、わたし⋯⋯非常食で、いつも手作りの干し肉を持ち歩いていました⋯⋯」
「干し肉⋯⋯」
リオン様は口元を手で覆い、小刻みに肩を震わせた。
笑いを堪える仕草に私はとんでもない勘違いをしていたんじゃないかと、思い始めた。
実際、私は自分の体に傷を付けて、血に傷を癒す力があるか、確かめたことはない。
怪我が治った狼の姿を一度だけ、目にしたことがあるだけだった。
「⋯⋯でも、私の料理に⋯⋯本当に、治癒の力があったんですか?」
リオン様が嘘をついているようには見えないが、信じられなかった。
「ああ、間違えない。遠征中に、怪我をした騎士がアリスの料理を食べて、怪我が治り、魔力まで回復したんだ。あの光景を見た時は驚いた。それに、銀獣でも怪我が治るか確認したんだ」
リオン様の大きな手が、私の頭を優しく何度も撫でてくれる。
ずっと欲しかった温もりに、胸の奥にじんわりと温かいものが広がった。
「⋯⋯私の力は、料理に込められるなんて⋯⋯よかった⋯⋯⋯⋯痛い思いはしなくていいんですね⋯⋯」
声が震える。
私はずっと、自分の血が傷を癒すと思い込んでいた。
他人から与えられる痛み、斬られる恐怖から、必死に逃げてきた。
――母から暴力を受けていた記憶が、思い出せなかったのに、その時の恐怖と痛みが無意識に私を縛り続けていた。
「っ⋯⋯! あたり前だろ! たとえ、アリスの血に傷を癒す力が合ったとしても、傷つけたり、痛い思いなんてさせる訳ない。アリスが、力のことを話してくれるのが、私で本当によかった」
「⋯⋯っ、うっ⋯⋯っあ、⋯⋯ううっ⋯⋯」
堪えようと思っていたのに、また涙が流れる。
怖くて、苦しくて、辛かった。
「好きなだけ、泣いていい。私が、アリスを絶対に守る。傍にいるから、安心しろ」
「はい⋯⋯、リオン様⋯⋯わたし、本当に、ここにいて⋯⋯いいんですか?」
「私が、アリスに傍にいて欲しいんだ。手放すなんて考えられない」
甘く、熱い声とともに、唇が重なった。
先ほどより深く、確かな想いを込めた口付けだ。
「愛してる⋯⋯アリス。 これから先もずっとそばにいてくれ」
耳元で囁かれる声が私の心を温かく溶かしていく。
私は小さく頷いて、またリオン様の胸に顔を埋めた。
耳まで熱を持って、息をするのも難しいほどだった。
心臓の音がさっきとは違う理由で激しく鳴っていた。
――私、リオン様の隣にずっといられるんだ。
私はようやく、自分の能力の真実を知り、安心出来る居場所を手に入れた。




