第29話 水の魔法使い
畑に向かう途中の庭園で、テラス席に座り朝食を食べた。
朝食は焼きたてのパンにレタスとハムを挟んだ簡単なもの。
ほんのりとあたたかいパンは、小麦の香ばしい匂いがして、小鳥の囀りを聞きながら食べる朝食は別格だった。
私は少しだけ元気を取り戻した気がした。
その後、色とりどりな花が咲く庭園をゆっくり歩きながら、畑に移動する。
畑ではレタスが朝日を浴びて輝いていて、美しく目に映った。
花を咲かせ実をつけ始めたキュウリとトマトの苗が、風に揺れている。
その中で野菜の世話をしていた少年が私たちの姿に気づいて、駆け寄ってきた。
「おはようございます! お嬢様。この畑の管理を任されている魔法使いのルイス・ティガールです。お気軽にルイスとお呼びください」
「アリスティアです。ルイスさん、よろしくお願いします⋯⋯朝の作業中にお邪魔でしたか?」
「お邪魔じゃないです。それと敬語もいらないので、気軽に話してください! アリスティア様、今から面白いものをお見せしますので、少し離れてもらってもいいですか?」
そう言いながらルイスは杖を取り出して、静かな声で詠唱を始めた。
途端に周辺の空気がひんやりと冷たくなり、淡い光を帯びた水の粒が、まるで優しい雨のように、畑の野菜の上だけに降り注いだ。
「⋯⋯きれい」
その様子は思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。
水がきらきらと魔法で光り輝く光景を私ははじめて目にした。
「喜んでいただけたようで、なによりです!」
「今のは⋯⋯水魔法?」
「はい。魔法を見るのははじめてですか?」
「はじめてみた⋯⋯空気がひんやりしたのも、魔法を使ったから?」
「そうです! 魔力を感じ取れるなんて、すごいですね。アリスティア様は魔法の素質があるかもしれませんよ」
ルイスが何故か一人で興奮しているのに、私は首を傾げた。
「私も⋯⋯魔法を使えたりするの?」
(魔法が使えれば⋯⋯私も、なにかの役に立てるかもしれない)
「そうですね⋯⋯複雑な魔力操作とかが必要になりますが、可能性はありますよ。閣下に聞いたら喜ばれると思います」
「リオン様に聞く⋯⋯?」
「はい。魔法を初めて使うなら、閣下に教えてもらうのが一番いいです。魔力操作が上手いので」
「ありがとう。機会があったら聞いてみるね」
「是非、そうしてください。 僕は作業があるので、ここで失礼させて頂きます。畑のことで聞きたいことがあれば、遠慮なく仰ってください」
ルイスは一礼して農作業に戻って行った。
その姿を見送っていると、腕の中のシルフィがもぞもぞと動き出した。
地面に下ろしてあげるとシルフィは楽しそうに、畑で遊び出した。
「あ、⋯⋯シルフィ、だめだよ。戻って来て! 」
「きゃんっ。きゃうっ!!」
シルフィは器用に農作物を避けながら駆け回る。
「朝から元気いっぱいですね」
「クロエ⋯⋯捕まえなきゃ、シルフィが畑だめにしちゃう」
シルフィが畑の土を掘り返しているのを見て慌てていると、クロエが突然悲鳴をあげた。
「きゃあ!!」
「く、クロエ、驚かさないでよ」
急に悲鳴をあげられて私もビクッと肩を震わせた。
「で、ですが、⋯⋯すみません⋯⋯びっくりしちゃいました」
「⋯⋯⋯⋯シルフィ⋯⋯獲物を捕まえるのは、いいけど、びっくりする人もいるから気をつけてね」
戻ってきたシルフィは、鼠を咥えていた。
そして鼠を私の足元に置いて満足気に鳴いた。
「きゃん!」
「シルフィは狩りが出来るようになったのね」
満足そうな顔で青い目をキラキラさせて、私を見るシルフィの頭をそっと撫でてあげる。
シルフィの頭を撫でながら、私も最近は狩りに行ってないなと思った。
日々成長しているシルフィにも、広い場所で狩りをさせて、立派な銀獣に育ててあげたい。
「⋯⋯シルフィ、今度は一緒に、森に行って狩りをしてみる?」
「きゃう、きゃう、きゃうっ!!」
シルフィは狩りの意味を理解したのか、嬉しそうにしっぽを振りながら私の周りを跳ねるように、走り回った。
「アリスティア様、森には野生動物以外にも、魔物がたくさんいるので、シルフィだけと狩りに行くのは駄目ですからね」
「大丈夫よ、クロエ。私も、知らない土地の森に一人で入ったりしないから」
「約束ですよ? 森に入られるなら、騎士団が一緒じゃなきゃ危ないですから」
「約束するよ。シルフィもまだ子どもだし危険な目には合わせられないでしょ?」
「私はアリスティア様の心配をしているんですよ! 遠征に出た騎士団もあと、五日程で戻られると思うので、それまではお待ちくださいね」
私はクロエの言葉に静かに頷いた。
あと五日でリオン様が遠征から帰って来る。
無事でいて欲しい想いと、早く会いたいという気持ち。
そして、私は秘密を打ち明けないといけない。
その決意は、まだ少し揺らいでいた。




