第28話 いつも通りに振舞う
変な時間に飛び起きて、二度寝する気にはなれなかった。
私はシルフィを抱き寄せて毛に顔を埋め心を落ちつかせた。
その間、シルフィは嫌がらずに、腕の中で大人しくしてくれていた。
シルフィのぬくもりと、規則正しく聞こえる心臓の音の心地よさが、震える体を少しずつ落ち着かせてくれる。
朝、クロエが起こしに来たらいつも通りに振舞おう。
――私はちゃんと笑えている。
いつの間にか暖かい陽射しが、部屋に明るく差し込んでいた。
「アリスティア様、お目覚めですか?」
控えめにノックされて、明るい声が聞こえてくる。
「⋯⋯起きてるわ。どうぞ」
私はクロエに返事をした。
クロエが部屋に起こしに来る少し前に身支度を終わらせていた。
鏡に映るひどい顔をした私を見て、このままじゃいけないと思い、笑顔の練習をした。
そして、思い出すかのように、自分で持ってきた狩猟服に着替えた。
自分を見失わない為に。
久しぶりのシャツとズボンの姿に心が落ちつくのを感じた。
今日は畑を案内してもらうから、この姿でも大丈夫なはず。
「アリスティア様、おはようございます。今日はお早いですね! パンツスタイルとてもお似合いです」
私がドレスじゃない姿でも、クロエは文句言わずに、褒めてくれる。
弓を兄に習い始めた頃は「伯爵家に生まれた令嬢に相応しくない」「怪我をして、傷モノになったらどうすんだ」「女は淑やかにするべきだ」と散々言われた。
その頃の私はたぶん負けず嫌いで、貴族として必要な教養は完璧に身につけて、武術を習うことを両親を納得させた。
「おはよう。クロエ、今日は『畑を案内してくれる』って約束だから、汚れてもいいように着替えたの⋯⋯それと、畑に行くの⋯⋯楽しみだったから早く目が覚めちゃった」
私は、誤魔化すように嘘をついて笑う。
後ろめたさを感じながらも、私は普段通りに振舞う。
「今日は天気もいいですし、せっかくなんで、朝食も外で食べられますか?」
「⋯⋯そうね。外でいただくわ」
「迷惑じゃない」と喉まで出かかった言葉を呑み込んで、クロエの提案を受ける事にした。
私はクロエの案内で、シルフィを抱きあげて中庭に移動する。
「シルフィをいつも抱っこしてますが⋯⋯重たくないんですか?」
「⋯⋯少し、重たいけど、銀獣はあっという間に大きくなるし、持ち上げられ無くなるまではね⋯⋯シルフィも抱っこをねだるからつい⋯⋯」
「大きくなっても、ねだられたらどうされますか?」
「考えたこともなかった。⋯⋯でも、大きくなったら、私が背中に乗せてもらうから⋯⋯シルフィ、私を乗せてくれるよね?」
大きくなったシルフィに抱っこしてと迫られたら、私が潰されそうと、想像しながら、腕の中のシルフィの毛を撫でた。
「きゃう?」
シルフィが不思議そうな顔で私を見上げる姿に、思わず笑みがこぼれた。
――追い出されるとしても、シルフィだけでも連れて行きたいと思った。
シルフィの背に乗って、この広い世界を自由に駆け巡ることができたら⋯⋯どんなに幸せか。
そして、その隣には当然のようにリオン様がいる。
そんなこと望むなんて、許されないのに⋯⋯望んでしまう。
そんな幻想を抱き、その自己嫌悪に胸の奥がズキッと傷んだ。
今は、ただいつも通り、笑って、普通に、過ごさなければ⋯⋯。




