第27話 悪夢
気が付くと私は暗闇の中にいた。
――ああ、これは悪夢だと、夢の中で思った。
『どうして、あなたは治癒の力が使えないのよ!』
誰かが、甲高い声で叫んでいる。
その姿は真っ黒にモヤがかかっていて、人であることしか認識できない。
私の中でそれは、真っ黒い塊で、私を傷つける恐ろしもの。
私が押し黙っていると、その黒い塊はさらに怒りだす。
『どうして、あなただけ使えないのよ! みんな、できるのに、なぜ、あなただけ⋯⋯! 今まで甘やかし過ぎたのかしら』
『何とかいいなさいよ! アリスティア!! 伯爵家の令嬢として、どこに出しても恥ずかしく無いように育てて来たのに、どうして、無能なのよ!!』
黒い塊は私に『無能』『出来損ない』と叫びながら、何度も、頬を叩く。
言葉が、叩かれる痛みが、ナイフで切り刻まれるように痛かった。
私は痛みに、恐怖に、どうしていいかわからず、泣きながら謝り続けた。
そして、耳を塞いで、蹲りながら、ひたすら、耐え続ける。
⋯⋯だれか⋯⋯お兄様⋯⋯たすけてと。
でも、どんなに願っても、だれも助けてくれない。
――だから、私は消えることにした。
もう、なにも望まない、なにもいらない。
深い、深い、哀しみと、暗闇が私の記憶を呑み込んだ。
――最初から何も無かったように。
気づいたら私は本邸にあった、自分の部屋を追い出されて、小屋に隔離されていた。
誰も視界に私を入れない。
メイドが持ってくるご飯だけでは足りなくて、私は弓を片手に手に狩りをする事にした。
『無能の役たたずには残飯で充分だ』
『狩り? 勝手にしろ。野垂れ死のうが知らない』
『お前はもはや私たちの娘ではない』
『無能が調子に乗ってんじゃねえぞ! さっさとくたばれ』
私もそれを受け入れた。
「⋯⋯大丈夫、私は、一人でも生きていける。⋯⋯私は一人で行きていく」
空腹に、冬は凍えるような寒さに耐えながら、自分自身に言い聞かせるように、呟き、暗示をかける。
無能で期待に応えられなかった私が、悪いのだから。
そうやって、ずっと耐え忍び生きていけばいい⋯⋯。
苦しいのも、辛いのも忘れて、封じて生きていれば⋯⋯。
ふわっと何かが私を包み込む。
とても、大切な⋯⋯失いたくない⋯⋯私の冷めきった心に灯る小さな光。
「──────っ!」
私は声にならない叫びをあげて飛び起きた。
肺が縮こまって、どうやって息を吸えばいいのか、分からなくなる。
身体が震えて、涙がこぼれて、息が苦しくて、不規則に心臓の鼓動が動く。
「⋯⋯っ、はぁ、⋯⋯はっ、⋯⋯⋯⋯」
嫌だ、怖い、痛い⋯⋯。
「⋯⋯だれか⋯⋯⋯⋯」
シルフィが私の頬を心配そうに、ぺろぺろと舐めて⋯⋯意識がはっきりとしてきた。
今、私がいるのはあの小屋じゃない。
傍にはシルフィがいてくれる。
リオン様にもらったペンダントを私は震える手で握りしめた。
何度も深呼吸を繰り返して、やっと、心を落ちつけることが出来た。
震えながらもシルフィを抱きしめて、毛に顔を埋める。
「⋯⋯大丈夫、今のは全部、夢⋯⋯」
⋯⋯ほんとに?
私は誰かに助けを求めていたのではないか?
小屋に隔離される前のあの悪夢は一体なに。
夢の中の私は「一人でも生きていける」と言い聞かせていた。
でも、今の私は一人になるのが怖い。
幸せすぎて、不安でたまらないから、あんな夢を見たんだ。
シルフィを抱きしめながら、私は震える声で呟いた。
「⋯⋯⋯⋯私、リオン様に嫌われるのが怖い」
でも⋯⋯隠し続けたら、私は⋯⋯ただの「無能」になってしまう。
話さなきゃ⋯⋯話して、嫌われたら⋯⋯私はどうすればいいの?
恋なんて⋯⋯人の優しさなんて、いっそ知らなければ良かったのに。
違う、嫌われるのを恐れて、逃げ続けたらだめ。
毛並みに顔を埋め、温もりを確かめる。
怖い。痛いのも嫌だ。
だけど、逃げ続けたくない。
――向き合わなければ。
私は大丈夫。
強くなるんだ。
私はリオン様に嘘をつきたくないんだ。
嘘をつくことが、苦しいから怖い夢を見たんだ。
使えないと嘘をついていた治癒の力を私は使える事⋯⋯。
私の血を与えることで、治療ができるという秘密を打ち明けようと決心した。




