第16話 銀獣のご飯作り
「アリス、ここが銀獣たちにあげるご飯を作る作業場だ」
リオン様に案内され、調理器具やお皿などが置いてある作業場へと足を踏み入れた。
作業スペースには、大きな肉の塊がどっしりと置かれていた。
「こっ、これが、銀獣たちのご飯ですか?」
目の前に置いてある鮮度抜群のお肉の塊に思わず私はごくりと、唾を飲み込んだ。
赤身が鮮やかな淡紅色をしていて輝いている。
脂肪との境界がくっきりとしていて、表面にうっすらと光沢が乗っていた。
(とても、美味しそう)
「ふっ。アリスが食べる分のお肉はちゃんと確保してあるから、夕飯で一緒に食べよう」
笑いを堪えるようなリオン様の声に、私は耳まで真っ赤になってしまった。
「⋯⋯おっ、美味しそうに、見えただけで、さすがに⋯⋯銀獣たちのご飯に手を出したりしませんから」
「きゃうっ!」
私が否定すると、腕の中のシルフィまで抗議するように鳴いた。
「⋯⋯私が悪かった。⋯⋯拗ねないでくれ」
「拗ねて、ないです」
少し恥ずかしかっただけ。
「ごほんっ。銀獣たちのご飯は朝と夕の二回だ。朝は食べているから、夕方の分の調理をしよう。まだ日が暮れるまで時間がある。ゆっくりでいい。一緒にやらないか?」
「リオン様も一緒に⋯⋯ですか?」
騎士団のお仕事で忙しいのではないかと思っていたのに。
「一緒じゃ駄目か? 今日はアリスと過ごしたくて、仕事は切りあげて来たのだが」
生えてないはずの犬耳が、しゅんと垂れているような気がした。
「⋯⋯駄目じゃない、です。すごく、嬉しいです」
「よかった」
リオン様がふわりと微笑んだ。
その柔らかな表情に、胸がどきっとした。
(かっ、顔が良すぎる⋯⋯)
「お、お肉はどう調理するんですか? 生で食べさせるんですか?」
「成獣は生で、幼獣には今はまだ火を通したものを与えている。成長に合わせて徐々に生肉を混ぜて与えるんだ」
「わかりました」
「アリスはどっちのご飯を作りたい?」
「シルフィが食べたそうにしているので⋯⋯幼獣用の準備を手伝います」
腕の中で、シルフィがお肉を欲しがるようにもぞもぞと体を動かしていた。
大きかった肉の塊をリオン様が二つに分けてくれた。
私はシルフィを足元に下ろし、まとわりついてくる小さな体を愛おしく思いながら、半分の肉を受け取った。
肉の繊維の向きを確認して垂直に包丁を入れる。
包丁の根元から先まで使い、前後にスライドさせて切っていく。
研ぎ澄まされた包丁はするりと肉に沈み、三センチほどの厚さに四角く切り分けていく。
幼獣が食べやすい大きさ。
「⋯⋯手際がいいな」
リオン様が私の手元の切り終わった肉の山を見て、小さく関心した声を出した。
穏やかで、温かな時間。
私はふと思った。
――リオン様のそばが心地よくて離れたくないと。
その瞬間だった。
――あんたなんか、生まなきゃよかった。
突然、頭の中に冷たく尖った女の声が響き渡った。
額に冷たい汗が浮かび、心臓が激しく鳴り始めた。
視界の端が暗くなり、息が苦しくなる。
(⋯⋯誰? 今のはいったい⋯⋯)
「⋯⋯アリス? 大丈夫か?」
リオン様の心配そうな声が、遠くから聞こえてくる。
私は慌てて顔を上げ、ぎこちない笑顔を作った。
「⋯⋯はい、大丈夫です。この後は、火を通せばいいんですよね?」
「弱火で表面に焼き色がつくまでだ。⋯⋯本当に大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「平気です。シルフィが待ってるので、早く完成させないと」
私は動揺を必死に隠しながら、肉を火にかけた。
甘く香ばしい脂の匂いが広がり、足元のシルフィが興奮してぐるぐる回り始める。
元気いっぱいのシルフィとは対照的に、私の心は静かに沈んでいた。
あの声は⋯⋯誰のものだったのだろう。
どうして、あんな声が聞こえたのか私には分からなかった。




