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虐げられた無能令嬢ですが、公爵様に甘やかされて溺愛されています。~もふもふと美味しいご飯付きで~  作者: 桜ましろ


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第14話 報告書(リオンドール視点)

 ☆☆☆


 アリスにゆっくりと休むように伝えたあと、溜まってしまった仕事をこなす為に、執務室に向かっていた。


 あの一週間、アリスが目を覚まさない日々は、正直仕事など手につかなかった。


 アリスの深い絶望を肌で感じ取った。


 あの後、アリスは意識を失い、二日間高熱にうなされて、熱が下がった後も目覚めなかった。


 医者は心になにか深い傷を負っていて、目覚めない原因は分からないと言った。


 ただ、アリスの小さな寝息などを聞くことしかできず、どれだけ胸が締め付けられたことか。


「閣下、お戻りですか?  アリスティア様のご容態はいかがでしょうか?」


 執務室に入ると、副団長のシリルがすでに待っていた。


「先程目覚めた。会話もできて、ご飯も残さず食べてくれた」


「お目覚めになられたようで、本当に良かったです」


 シリルは安堵の息を吐きながら、手に持った分厚い書類を差し出した。


「ああ、私も安堵しているよ。それが報告書か?」


「ええ、アリスティア様は伯爵家でかなり酷い扱いを受けていたようです」


 私は無言で書類を受け取り、椅子に腰を下ろした。


 ページをめくる手が自然と強くなる。


 日常的な暴言、食事を与えられない日々、小屋への隔離。


 そこまではある程度想像していた。


 しかし、最後の数行に目が止まった瞬間、血の気が引いた。


「⋯⋯本当にノワール伯爵夫人が、アリスの背中を剣で斬りつけたのか?」


 声が低く震えた。


 シリルは静かに頷いた。


 「はい。当時、アリスティア様の専属メイドだった者の証言です。夫人は『死ぬほど重傷を負わせれば、治癒能力が強制的に発現する』と信じ込んでいたそうです。⋯⋯結果、アリスティア様は死にかけ、背中に深い剣による傷を負いました」


 私は書類を握る手に力を込めた。


 紙がくしゃりと音を立てた。


 あの華奢な、白い背中に――。


 実の母親が、剣を振り下ろしたというのか。


「その後、アリスティア様はショックで記憶を失いました。伯爵家はそれを好都合と捉え、世間体の為に『事件など何もなかった』ということにしてしまったそうです。アリスティア様が記憶を封じ込めている今をいいことに、存在自体をなかったことにしようとしたと⋯⋯」


「クソが⋯⋯!」


 思わず机を叩いていた。


 拳の骨が軋む音がした。


 アリスがあの時見せた、底知れない虚無の瞳と呟いた言葉。


 優しさに触れると、ぎこちなく照れて、小さく微笑む姿は忌々しい、過去を必死に隠す演技だったのか。


 アリスは一人で、あの痛みを抱え続けていて、辛い記憶を自ら鍵をかけて封じ込めたのか。


「⋯⋯アリスは、今もその記憶と戦っているんだな」


「恐らくは。無理に思い出させるのは危険です。

 今のアリスティア様は、辛い過去を封印することで、なんとか笑っていられる⋯⋯そんな危うい状態な気がします」


 シリルが静かに言葉を続けた。


 私は目を閉じ、深く息を吐いた。


 怒りで体が熱くなる。


 同時に、胸の奥が痛いほど締め付けられる。


 私はアリスティア・ノワールを幸せにしたい。


 あの笑顔が、もっと自然なものになるように。


 誰かに優しさを向けられたとき、驚くのではなく、素直に受け取れるように。


 背中に刻まれた傷も、心に刻まれた傷も、時間はかかっても、少しずつ癒やしていけるように。


 私は決意した。


 たとえアリスが私の気持ちを受け入れてくれなくても、いつか過去の記憶を取り戻して苦しんでも。


 私がアリスの傍にいて、守り、支える。


 そして、できる限り幸せにしたい。


 それが、今の私にできる唯一のことだった。

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