第14話 報告書(リオンドール視点)
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アリスにゆっくりと休むように伝えたあと、溜まってしまった仕事をこなす為に、執務室に向かっていた。
あの一週間、アリスが目を覚まさない日々は、正直仕事など手につかなかった。
アリスの深い絶望を肌で感じ取った。
あの後、アリスは意識を失い、二日間高熱にうなされて、熱が下がった後も目覚めなかった。
医者は心になにか深い傷を負っていて、目覚めない原因は分からないと言った。
ただ、アリスの小さな寝息などを聞くことしかできず、どれだけ胸が締め付けられたことか。
「閣下、お戻りですか? アリスティア様のご容態はいかがでしょうか?」
執務室に入ると、副団長のシリルがすでに待っていた。
「先程目覚めた。会話もできて、ご飯も残さず食べてくれた」
「お目覚めになられたようで、本当に良かったです」
シリルは安堵の息を吐きながら、手に持った分厚い書類を差し出した。
「ああ、私も安堵しているよ。それが報告書か?」
「ええ、アリスティア様は伯爵家でかなり酷い扱いを受けていたようです」
私は無言で書類を受け取り、椅子に腰を下ろした。
ページをめくる手が自然と強くなる。
日常的な暴言、食事を与えられない日々、小屋への隔離。
そこまではある程度想像していた。
しかし、最後の数行に目が止まった瞬間、血の気が引いた。
「⋯⋯本当にノワール伯爵夫人が、アリスの背中を剣で斬りつけたのか?」
声が低く震えた。
シリルは静かに頷いた。
「はい。当時、アリスティア様の専属メイドだった者の証言です。夫人は『死ぬほど重傷を負わせれば、治癒能力が強制的に発現する』と信じ込んでいたそうです。⋯⋯結果、アリスティア様は死にかけ、背中に深い剣による傷を負いました」
私は書類を握る手に力を込めた。
紙がくしゃりと音を立てた。
あの華奢な、白い背中に――。
実の母親が、剣を振り下ろしたというのか。
「その後、アリスティア様はショックで記憶を失いました。伯爵家はそれを好都合と捉え、世間体の為に『事件など何もなかった』ということにしてしまったそうです。アリスティア様が記憶を封じ込めている今をいいことに、存在自体をなかったことにしようとしたと⋯⋯」
「クソが⋯⋯!」
思わず机を叩いていた。
拳の骨が軋む音がした。
アリスがあの時見せた、底知れない虚無の瞳と呟いた言葉。
優しさに触れると、ぎこちなく照れて、小さく微笑む姿は忌々しい、過去を必死に隠す演技だったのか。
アリスは一人で、あの痛みを抱え続けていて、辛い記憶を自ら鍵をかけて封じ込めたのか。
「⋯⋯アリスは、今もその記憶と戦っているんだな」
「恐らくは。無理に思い出させるのは危険です。
今のアリスティア様は、辛い過去を封印することで、なんとか笑っていられる⋯⋯そんな危うい状態な気がします」
シリルが静かに言葉を続けた。
私は目を閉じ、深く息を吐いた。
怒りで体が熱くなる。
同時に、胸の奥が痛いほど締め付けられる。
私はアリスティア・ノワールを幸せにしたい。
あの笑顔が、もっと自然なものになるように。
誰かに優しさを向けられたとき、驚くのではなく、素直に受け取れるように。
背中に刻まれた傷も、心に刻まれた傷も、時間はかかっても、少しずつ癒やしていけるように。
私は決意した。
たとえアリスが私の気持ちを受け入れてくれなくても、いつか過去の記憶を取り戻して苦しんでも。
私がアリスの傍にいて、守り、支える。
そして、できる限り幸せにしたい。
それが、今の私にできる唯一のことだった。




