第12話 アリスティアの傷 (リオンドール視点)
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「閣下、アリスティア様は湯浴み後、そのままお休みになられました。夕食に起こした方がよろしいですか?」
騎士団の雑務を片付けていると、騎士のフローラが報告にきた。
「夕飯はあとでも構わない」
そう言いつつ、アリスの幸せそうにご飯を食べる姿を思い浮かべて、ニヤけそうになるのを咳払いで誤魔化した。
「慣れない馬車移動で疲れたのだろう。起きるまでそっとしておこう。私もこの仕事が終わったら顔を見に行く」
「かしこまりました⋯⋯それと、閣下」
歯切れの悪いフローラの言葉に訝しんだ。
「なんだ?」
「⋯⋯アリスティア様のお背中に、古い傷がありました。かなり大きなものです」
「は?」
「私は騎士ですから、傷の一つや二つは覚悟の上です。しかし、普通の令嬢があのような傷を負うことは⋯⋯。アリスティア様ご本人は、背中に傷があることを知らないような素振りでしたので、その場では何も言わずにおきました」
(⋯⋯剣で斬られたような傷)
頭の中でその言葉が反響する。
私はゆっくりと立ちあがり、フローラを正面から見据えた。
「⋯⋯詳しく話せ」
「はい。肩甲骨の下から腰にかけて、斜めに深く切りつけられた痕がありました。恐らく⋯⋯かなり、以前のものかと」
握った拳が怒りで震える。
(一体、誰だ⋯⋯?)
誰があの、華奢な体にそんな傷を負わせた?
細い体、食べ物に異常な執着、他人からの優しさに戸惑う反応――それらを繋げれば、伯爵家での扱いは容易に想像がつく。
しかし、想像と現実が重なった瞬間、胸の奥から猛烈な怒りが込み上げてきた。
「⋯⋯アリスには、傷のことは一切触れるな」
「はい。承知しました」
フローラが一礼して退出した後も、私はしばらくその場から動けなかった。
深く息を吐き、拳を強く握りしめる。
アリスは笑顔でサンドイッチを頰張り、シルフィをもふもふ撫でて、照れながら「ありがとうございます」と言っていた。
その背中に、残酷な傷が刻まれているなど許せなかった。
仕事への集中力など、もはや完全に失われていた。
☆☆☆
外がすっかり暗くなった頃、私は急ぎ足でアリスの部屋に向かった。
お腹を空かせて待っているかもしれないと思ったからだ。
部屋の扉をノックしようとしたとき、中から途切れ途切れの声が聞こえてきた。
「⋯⋯や、⋯⋯めて、いたい⋯⋯、もう、⋯⋯て」
うわ言のような、弱々しい声。
私は迷わず扉を開け、中に入った。
布団の中でアリスがうめき声をあげている。
額に汗が浮き、長い髪が頬に張り付いている。
目は涙に濡れて、唇が小さく震えていた。
「ごめ⋯⋯さい、⋯⋯き⋯⋯いに、⋯⋯こたえ⋯⋯なくて」
苦しそうに、痛い、ごめんなさい、許してと懇願しているのを放ってはおけなくて、身体を揺さぶる。
「アリス⋯⋯アリス、起きろ、大丈夫だ」
呼びかけても、起きない。
「っ⋯⋯おいっ、アリス、アリスティア!」
少し強めに、声をかけると、ぼんやりとアリスの瞼が上がった。
しかし、アリスの目は焦点が合っていなかった。
「⋯⋯⋯⋯もう、嫌だ⋯⋯せて」
虚ろで、底知れない絶望を湛えた薄紫の瞳が私を映す。
その一言に、私は息を飲んだ。
今まで感じたことのない、冷たい絶望が胸を締め付けた。
アリスはこの小さな体で一体どれほどの痛みや、苦しみを一人で抱えてきたのだろうか。
私は言葉を失い、ただアリスを見つめることしか出来なかった――。
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