第11話 湯は気持ちいい
私はもふもふの銀獣、シルフィを連れて湯浴みに向かった。
「アリスティア様、そちらの銀獣と一緒に湯浴みされますか?」
フローラが私の足にまとわりつくシルフィの姿を見て、一緒に湯浴みをすることを提案してきた。
まだ、幼いシルフィを洗ってもいいのか、分からなくて、リオン様に聞いたら「問題ない」と言ってくれたから連れてきた。
浴室に入ると、温かい湯気がふわりと顔を包む。
シルフィは桶に入れられて、サラが丁寧に洗い始める。
私はその隣で椅子に座らされた。
フローラが桶にお湯を汲んで私の背中にゆっくりとかける。
「熱くないですか?」
「大丈夫。ちょうどいいよ」
「よかったです。背中⋯⋯、これ、擦っても痛みませんか?」
フローラが気遣わしげに、背中を洗ってもいいか聞いてくる。
「⋯⋯?」
私は小さく首を傾げた。
「⋯⋯その⋯⋯汚れ、ひどかったですか⋯⋯」
恥ずかしくて蚊の鳴くような声になってしまった。
「いえ、肌白くて綺麗です。優しく擦りますので、痛かったら言ってくださいね」
石鹸でたっぷり泡立てられた柔らかい布が、背中にそっと当てられる。
程よい力加減で、優しく、でもしっかりと汚れを落としていく。
もっちりとした泡が肌を滑り、温かいお湯が肩から流れ落ちるたび、身体の芯から力が抜けていく。
「⋯⋯⋯⋯気持ちいい」
心の底から出た感想だった。
伯爵家にいた頃は、水で軽く流して拭くだけだった。
こんな風に、誰かに丁寧に洗って貰えるのは久しぶりだった。
やがて湯船に浸からされると、全身が温かな湯に包まれた。
フローラが私の長い髪の毛を丁寧に櫛で解きなが泡で優しく洗う。
頭皮をマッサージされるような感覚に、瞼が重くなっていく。
ウトウトと意識が遠のき、私はそのまま、夢の世界に落ちていった。
☆☆☆
夢の中で、私はまだ十歳だった。
私がお兄様を大好きだった頃。
お兄様の剣を振るう凛々しい姿を見るのが好きだった。
騎士団の仕事で家を空けることが多かったお兄様と、一緒にいたくて、弓を教えて欲しいとねだった。
お兄様は困ったように笑っていたけど、私に優しく弓の手解きをしてくれた。
「ティアは弓の才能があるよ」
「ほんとですか? お兄様」
「ああ、私の妹は才能に溢れてる。そうだよな? お前達」
お兄様が自慢げに周りの騎士たちに声をかけると、皆が笑って褒めてくれた。
それが嬉しくて、肩が上がらなくなっても、手のひらが痛くても、私は毎日練習を頑張った。
矢が的の真ん中に当たった時の、言葉にできないほどの感動は今も覚えている。
――きっと一生忘れない。
「ティア! 上達したな。 今度一緒に狩りに行こうな! どっちが獲物をたくさん獲れるか勝負しような」
そう言って、お兄様は私の頭を優しく撫でてくれた。
結局、一度も一緒に狩りに行くことはなかった。
「⋯⋯⋯⋯おにいさまの、うそつき⋯⋯」
無意識に呟いていた。
「⋯⋯アリスティア様?」
優しい声に私は目を覚ました。
「⋯⋯フローラ?」
私はいつの間にか湯船から運ばれたのか、鏡台の前でフローラに髪を乾かして貰っていた。
「はい。気持ちよかったですか?」
「うん⋯⋯すごく、よかった⋯⋯寝ちゃってごめんね」
「いいえ、髪の毛を乾かしたら終わりますので、もう少し寝ていても大丈夫ですよ」
膝の上には、洗ってもらってふさふさになったシルフィが、気持ちよさそうに丸くなっている。
綿のように柔らかい毛並みに指を絡めると、シルフィは嬉しそうにしっぽを動かす。
私は再び重くなる瞼に抗えず、ゆっくりと目を閉じた。
優しい手と、もふもふの感触。
すべてが心地よくて、私はそのまま眠りに落ちていった。




