第10話 ひとりじゃない
王都を出発してから五日が経った。
馬車での旅は思ったよりも快適で、楽しかった。
ずっと馬車の中じゃ飽きるだろうと心配してくれたリオン様に、馬の背にも乗せてもらった。
心地よい風に包まれて、のどかな田園風景を見ながら食べた、おやつ――たい焼きと呼ばれる魚の形をしたもちもちした食べ物。
これも絶品だった。
頭側としっぽ側どちらから食べるか迷った末に、頭からパクリと食べた。
もっちりと弾力のある噛みごたえと、中に詰まった餡の口に広がる甘さが癖になる。
(これも、すごくおいしい。皮の端のパリパリ感も好き)
一瞬で完食したら、リオン様が微笑みながらもう一つ渡してくれた。
もらえるものは遠慮なく受け取って、大切に食べさせて貰った。
私はすっかりリオン様に餌付けされながら、今日泊まる宿に到着した。
☆☆☆
「きゃんっ!」
リオン様に誘われて、部屋で紅茶を頂いていると、鳴き声が聞こえた。
声のした方に視線を向けると、銀獣の子がゲージの端をガリガリ引っ掻いていた。
「ふふ、どうしたの?」
私はその可愛い仕草に微笑み、声を掛けた。
「遊びたいんだろう。また、膝に乗せるか?」
リオン様がゲージの傍まで行き、銀獣の子をそっと抱き上げ、微笑んだ。
「はい」
私が返事をすると、銀獣の子を膝の上に乗せてくれた。
あたたかくて心が安らぐ。
何度見ても、もふもふのふわふわでかわいい。
(⋯⋯くすぐったい)
私の手を小さい口で甘噛みする。
まだ、歯の生え始めなのか、柔らかく、たまに当たる歯が、かわいい。
「この銀獣の子はどうして、一頭でいるんですか?」
「小さく弱々しかったこの子だけ、母親の銀獣が面倒を見なかったんだ。だから人の手で育てることにしたんだ」
(私と同じ⋯⋯)
銀獣の背を撫でながら、無意識に語りかけていた。
「⋯⋯親に見捨てられた私と⋯⋯同じであなたも独りぼっちなのね」
部屋の空気が一瞬、固まった。
「⋯⋯っ! すまん、今のは失言だったな」
リオン様は何も悪いことをしてないのに何故か、少し動揺して私に謝った。
「どうして謝るんですか? 私が家から追い出されたのも事実ですし⋯⋯もう気にしてません」
本当に、全部自分のせいだと思っている。
力が使えることを隠して、親の期待から目を背けた。
見捨てられたのは当然のことだったのかもしれない。
それに私は、ノワール家から除籍されたことを不幸だとは思っていない。
私を嫌っていても、暴力などは振るわなかったし、放置されてはいたけど、食料を自分で調達しに行くことを止められもしなかった。
(私は⋯⋯恵まれていたのかもしれない⋯⋯だって、両親に愛され、大切にされていた時間もあったのだから)
「⋯⋯なら、アリスがその子の親代わりになるか? それに私もアリスの傍にずっと居たいと思ってるから、一人にはしないぞ」
私が過去の記憶に浸っていると、リオン様が私の目を真っ直ぐに覗き込んできた。
(そんなこと言われたら⋯⋯私は⋯⋯)
胸の奥がじんわりと熱くなった。
「⋯⋯⋯⋯ありがとうございます」
「どっちに対してだ?」
リオン様が揶揄うように、でも優しく聞いてきた。
「っ⋯⋯! この子です! ⋯⋯私の子にしても本当にいいんですか?」
(私がこの子の親代わりになれるの⋯⋯?)
「もちろんだ。一年も経てば立派な成獣になって、良き相棒になるぞ。名前を付けてやるといい。それに私も⋯⋯アリスが受け入れてくれるまでいくらでも待つからな」
真剣な眼差しと言葉に、体温が上がるのを感じた。
「⋯⋯いい返事が出来なかったらどうするんですか?」
「それでもいいと思ってる。⋯⋯私は今この時間をアリスと過ごせるだけで幸せなんだ」
「とっ、とりあえず、この子の名前⋯⋯シルフィでどうでしょうか?」
昔、祖父が教えてくれた、風の精霊から名前を貰ってつけた。
私は《シルフィード》という響きが気に入っていた。
私は照れを誤魔化すように、銀獣の名前を口にした。
心臓の音がうるさくて、リオン様に聞こえていないか心配になる。
まだ、リオン様とどうなりたいのか、私には分からない。
「シルフィか。いい名だ」
リオン様もシルフィの頭を軽く撫でて微笑んだ。
「いい名をもらえて良かったな」
私はまだ、リオン様の気持ちを受け入れる準備ができていない。
でも、リオン様が私を想う気持ちが本物だと、少しずつ信じ初めていた。
それと同時に、胸の奥がチクリと痛んだ。
――私はこの優しさに、いつかちゃんと応えられるのだろうか。




