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54 突然の邂逅

「あれ……私眠っちゃったんでしょうか」


 眼前に広がるのは一面黒の闇――

 一筋の光すら差し込まない無明の世界だった。

 にも関わらず、私には自分の姿がはっきりと見える。

 仲間はどこにいったのだろうか。

 マックスさんに、レイブンさん。

 それにスラッシュくん。

 あとジーカちゃんに長老さまも。


 どこにも誰もいなかった。


「おーい。誰かいますかー返事してくださーい」


 私はとりあえず過去一番の大きな声で、薄暗い闇に向かって叫んだ。

 しかし返事はしない。

 反響もしない。私が何をやっても、そこには何の変化も生まれない。


 ただひたすらに闇だった。

 不気味な、言い知れぬ不安が襲ってくる、とても寂しくて肌寒い空間だった。

 こんな世界に全く見覚えはない。

 原典版にも海外移植版にも無かったはずだ。

 もしかして特定の条件を満たしたら入り込めるバグエリアか、デバッグ用に残していた空間の名残か?


 なんてゲーム脳がきちんと働くところを見ると、うっかり死んでもいないようだ。

 すっかり眠りこけてしまった後、恨みを持った西の軍によって刺殺や毒殺をされた可能性がなきにしもあらずだからだ。

 こういう曖昧な世界での定番、頬つねりもやってみたけど普通に痛い。

 限りなく現実に近いこの感覚――やはりどこかのエリアだろうか。


 しかし、何故こんなところに?

 寝ていただけというに。龍人のベッドに伝わる効能だろうか。


 ふと気がつくとその場を歩けそうだったので、私はひたすら出口の見えない袋小路のような闇道を歩いて行った。


 すると間もなく私にとって最も見覚えのある銀髪が、遠くでうっすらとそこでゆらめいているではないか。

 私はそこに向かって走り出した。

 スラッシュくんだ。見間違えようもない。

 散々私が寝る前に見た背中と瓜二つだ。

 あぁよかった。見知らぬ世界でようやく巡り会えた見知った顔だったから。


 とにかく前へ前へ。

 全力疾走でその人の元に足を――手を伸ばした。



「来るなミランダ! 逃げろぉおおお!」


「えっ?」


 突然の彼が発した大声で、私の動きが一瞬強張って立ち止まる。

 彼の表情は鬼気迫るものすごいものがあった。

 まるで何かに怯えているかのような――


 瞬間――

 私の息が苦しくなる。

 口元にはゆらりと何者かの真っ黒な手のひらが覆い被さる。

 そこから身体全体に血の気の凍る闇が流れ込んでくる。

 無我夢中で振り解こうと暴れて抵抗を試みるが、闇は掴みどころもなくその場に漂っているだけだった。


 やがて囁かれた冷たい音に――私は覚えがあった。


「この娘が心配か――『双玉』の勇者よ」


 グレイズ・ヘスフォード。

 ミランダさんを殺し、世界に災厄をもたらす魔に堕ちたる者――


 何故彼がこんなところにいるのだ。

 こんなにも早い時期に現れるなんて。


 何から何まで頭はパニック状態だったが、身体は必死で彼の闇から逃れようと動いていた。

 騒ぎ立てて暴れる私に気が付いたのか、彼はその紫紺の双鉾をじっと近づけてきた。

 こんな時になんだが、肌の白く顔立ちの整ったイケメンである事は間違いなかった。

 闇に溶け込んでしまいそうな真っ黒な長髪は、女性のように長くなびいていた。

 瞳の奥にある虹彩は、全てを吸い込みそうな漆黒の闇に覆われていた。


「……何を焦っている。勇者に付き従う娘よ」


 彼の低音ボイスが、私の耳をすり抜けて脳に響かせていく。

 その都度力が抜けていくのを感じる。

 抵抗が――できない。

 あんなに鍛えたというのに。あんなに頑張ってきたのに。


 彼はゆっくりと黒に染まった手を、私の腹部に向けて伸ばしてきた。


「どうせ貴様も――死にゆく運命(さだめ)だというのに」


「ミランダァァア‼︎」


 グサリと一閃。

 黒い手が体内に突き刺さって貫いていく。

 苦しさで胸がいっぱいになり、景色が黒くなったり白くなったり目まぐるしく変化を見せる。


 ああ――死んじゃうのか、私。

 結局死別の未来を変える事もできず、こんなにも呆気なく――あっさりと。

 地に落ちていく私に向かって、スラッシュくんが凄い形相で走ってくる。

 形は違えど、これは嫌と言うほど見た彼女の死の瞬間だ。


 なんでかもどうしてかも分からないこの世界で、唐突に。

 無情で無慈悲に、私に『死』という概念が訪れる。


 薄れゆく意識の中で私はか細い声でつぶやいた。


「ごめんね、ミランダさん――」


 そうして私は闇の中に肉体を侵食されていった……。

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