55 私たち、西軍に突撃で殴り込みです!?
「うわああああああっ‼︎」
目が覚めてみると、私は見慣れた布団の上だった。
頭から背中にかけてびっしりと汗が滴り落ちている。
そっと腹部をなぞって確認する。
手のひらを見ても、血の一滴さえ付いていない。
そうして首を回して周囲の景色を確認する。
微かに寝ぼけたままの頭でも、はっきりとここがどこだか理解できる。長老の家だ。
昨晩、私たちは全員ここを宿代わりに使わせてもらって寝た。
ようやくあれが全て夢だったのだと判明し、ほっと一息ついた。
嫌にリアルな、そしてこれから起こりそうな悪夢だった。
ぜぇぜぇと息が切れてくる。
朝の冷たい空気を思い切り吸い込んで、体内に巣食う闇ごと吐き出す。
これを繰り返していくうちに、次第に心が穏やかになっていくと同時に、今現在『生きている』という事実をじんわりと噛み締めていった。
「お目覚めでやがりますか」
「うわあああっ! じ、ジーカちゃん⁉︎ ど、どうしたのその怪我……」
「どうもこうもねーですよ人間。おまえが起こしに来てやったジーカを蹴っ飛ばしてボコボコしてきやがったんでしょうが。まさか覚えてないんでやがりますか?」
突然目の前に現れた生傷まみれのジーカちゃんは、私の思いもよらぬ事を言っていた。
はて……。
寝ている間にジーカちゃんなんていたのだろうか。
あ、まさかあの時の苦しかったやつとかってジーカちゃんだったのか?
「だとしたらお前想像以上に寝相が悪いでやがりますね。ずっとうなされながら何かと戦ってましたですよ」
「そ、そうだったんですね。すみませんお騒がせしてしまって……」
「まージーカも出来るだけ応戦してみたんですが、全く歯が立たなかったです。やっぱお前すげー強いですよ」
相変わらずの強さ重視な考え方のジーカちゃんが浮かべた、屈託のない朝日のように眩しい笑顔を見て、私はとても申し訳ない心境でいっぱいだった。
私の身勝手な悪夢のせいで、無関係なジーカちゃんのお顔に傷をつけてしまうなんて。
早速回復魔法を使って、ひたすら謝罪の意を込めて土に頭をつけた。
ジーカちゃんは何度も私に「傷は勲章だから治さなくていいし、頭も下げなくていい」と言ってくれたが、それでも私はやった。
そうしてまもなく全員が目覚めた早朝に、長老とジーカちゃんは龍人式の朝ごはんを持ってきてくれた。
使い古された机の上に、ゴンと大きな何かの卵が四つ置かれた。
「……あ。あのこれは?」
「割って食えです。ジーコンドルのタマゴでやがります」
そう言うジーカちゃんはしかしながら、手で割る事もせず殻ごと一気に口の中でぐちゃぐちゃと噛み砕いていた。
殻があちこちに突き刺さっており、なんだかとても痛そうだったが血は流れていなかった。
長老はというと、卵を机の端で割って卵黄を飲み込んでいた。
この2人、たしかにどちらの食べ方が正しいかと言うと断然長老だったのだが、そもそもこんな得体の知れない生物の生の卵を丸呑みする食事文化や常識は人間には無い。
「じゃあ僕がその材料で何か作るよ。火や器具は僕に任せて」
「お願いします」
こういう時ホント頼りになるのが我らがコック、褐色イケショタレイブンさんだ。
与えられた卵と持っていたフライパンとスパイス少々だけで、とても美味しそうな馳走を錬成していった。
その様子に、ざっと朝食を終えてはずの2人も気になって食い入るように見つめていた。
しばらく経つと芳ばしい香りが広がっていき、朝の空腹へダイレクトに響き渡ってきた。
「はいお待ちどうさま。シェフ特性『ジーコンドルのスクランブルエッグ・龍人の国仕立て』だよー。冷めないうちに召し上がれ」
「いただきまーす」
熱々の卵がとろけていく。
元が普段食べることのないなんらかの生物であるからか、それまでに味わった鳥の卵とは全く異なる、どろっとした粘り気を帯びた癖のある濃厚な味わいだった。
それらをクドくさせないために盛り付けられた刺激的なスパイスが、清涼剤として中和している。
黄身も柔らかくてふっくらとした食べ応えの大変美味なものだった。
「お二人もどうぞ」
レイブンさんは自分の分のエッグを半分に切り分けた後、さらにそれを二つに割って長老とジーカちゃんにも与えた。
料理文化が浸透し切っていないのか、物珍しそうに眺めた後がぶりと一口で平らげた。
「うめぇえええ! ……はっ! い、今のはちげーですよ!」
「ほひぃ〜……なんたる美味な馳走じゃ。こんなに美味いものは婆さんの葬式で食べた晩餐以来じゃ」
「じじい胃もたれするからそっから話広げるなです。あーもう認めやがりましたです」
「美味しく召し上がっていただけたなら何よりです」
朝食を終え、昨晩から準備も万端な私たちは、いよいよ長老の案内の元西の軍が集う『王宮』へと向かっていくことにした。
これまで召集に応じなかった長老が、ようやく承諾するように参上する。
そして王宮に居座る第二王子――今は第一の立場にいるログレスに謁見し、彼の目を覚まさせるべく対話を試みる。
もちろん戦闘になるだろうが、その時は私たちでなんとかする。
さらに彼の背後にいるであろう真の巨悪の存在を見つけ出し、分裂してしまったこのガルガンドラの平和と統制を取り戻す。
私たちは彼らに徴収されたオーブを取り戻すことで目的を達成し、長老ら『東』の者たちもあるべき日常を手に入れられ、まさに一石二鳥の計画だ。
ただしこの計画は、ログレスないしは強大な西軍の戦力に対抗し、勝利を収めることができる者の存在が必要不可欠であった。
東軍きってのホープであったジーカが敵わなくなった今、この他種に対して排他的な要塞国家では外部からの援助を受けることすらままならなくなり、神に祈るほかなかったのだ。
しかし私たちの強さを感じたジーカちゃんと長老が、このプランに再び命を吹きかけたのだ。
出立前に私は最後の準備として、昨日回収し損ねたドーピングアイテム群たちを1000個入手し、再び丸呑みしていった。
その結果手に入れたHPは前代未聞の7000台に到達し、守備力や素早さも軒並み6000を超越するという信じられないことになった。
これでダメージがHP依存の特技『マッスルサイクロン』を使えば56000の無属性ダメージを敵全体に与えることができる。
完全なるチートである。
消費MPがべらぼうに高い関係で、そう易々と連発はできないがやってみる価値はあるだろ。
特にここより先は集団での激しい連戦が続いていくのだから。
早速の連戦第一、入り口に佇む三体の漆黒の龍人さんが襲ってきた。
彼らは身につけた赤星から『西軍』だということが分かる。
今や西軍が占拠している王宮の前なので、当たり前だが。
「何者だ貴様ら。ここを我らが国王のおわす牙城と知っての狼藉か」
「わしじゃよトンプソン。わしわし。長老じゃ」
「……なんかの詐欺みたいですね……」
オレオレ詐欺の逆パターンを見せつけられているようだったが、本人は至って真面目な顔をしていた。
「長らくずっと西軍に呼ばれていたのじゃが、この度そのことで是非とも長老として、主らの王と話がしたくてな。そこを通してくれぬか」
「消えろ耄碌老人」
「貴様ら東の龍人に、この国を生きる資格などない」
「去らぬなら、ここで貴様を亡き者としてやろう――旧時代に取り残された遺物が」
飽くまで黒龍門番3名は交戦の意思を見せていた。
「やれやれ仕方ないやつらじゃ。……後悔するなよ」
「抜かせ老ぼれ!」
「貴様らの首を手土産に持ち帰れば、国王やあのお方もさぞお喜びになろう!」
勢いよく迫り来る彼らの前に、立ちはだかる者がいた。
そう――私ことミランダさんだ。
「はい。ミラクルマッスルサイクロン〜‼︎」
「ぐわあああっ‼︎」
「なんだコイツ――ぎゃあああっ!」
折れそうな細身で大して無いはずの筋肉を自慢げに見せびらかし、3名にむけて暑苦しい台風を吹き荒らした。
あえなく彼らは壊滅し、その場でぴくぴくと蠢いていた。
身体全体にどっと疲れが押し寄せてきた後、とてつもない羞恥心が襲いかかってきた。
ハイレグ姿でこんな恥ずかしいポーズまで取るなんて、相当なメンタルかハイフェチな嗜好をお持ちでないと、とてもじゃないが許容することはできないと思う。
「よし、今のうちだ!」
追手の来ないうちに、私たちはやがて龍人の王宮内部へと進行していった。




