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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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『正しい』修正

 修正方針は、分かっていた。


 冒頭でリラの目的を見せる。

 言葉を拒む理由を、説明ではなく状況で伝える。

 澪との出会いを早め、最初の刻印までの距離を短くする。


 評価シートが、何を直すべきか教えている。


 問題は、その正しさをどうやってリラの物語へ変えるかだった。


「研究施設からの逃亡で始めます」


 朝一番の打ち合わせで、ひなたは如月たちへ説明した。


「リラは、言葉を刻まれる実験から逃げている。追っ手の命令で能力の一部を見せる」


 三角が資料をめくる。


「説明台詞になりません?」


「研究員は説明しない。命令する」


 ひなたは仮台詞を置く。


『対象を確保しろ』

『未登録の言語刻印を防げ』

『あれは計画の中核だ』


「ユーザーは全部理解しなくていい。リラが道具として追われていることと、言葉を入れられるのを怖がっていることだけ分かればいい」


「澪との出会いは?」


「逃げ込んだ街でぶつかる。追っ手とリラの間に、澪が立つ」


 南雲が確認する。


「リラ自身の目的は、“ここから逃げたい”で早めに見える?」


「はい。ただし、行きたい場所はない」


 ひなたはホワイトボードへ書く。


 逃げたい。

 でも、どこへ行きたいかは分からない。


 拒絶する意思はある。

 選ぶ意思は、まだ持てない。


「いいですね」


 南雲が頷く。


「“何もしたくない子”じゃなくて、“されたくないことだけは分かっている子”になる」


「それです」


 言葉にされ、ひなたの中でも輪郭がはっきりした。


 正しい指摘を受けた。

 その結果、最初の案では見えていなかったリラの一面が見つかった。


 修正は、敗北ではない。


 誰かに言われた通りに変えることでもない。

 不足を指摘され、自分たちで答えを探す。


 これなら、今までの仕事と同じだ。



 書き直しは、初稿より速かった。


 警報音から始める。

 白い部屋での静かな目覚めは削る。


 リラは裸足で廊下を走る。

 自分の名前を呼ぶ声がするたび、手首の文字が光る。


 誰かが「止まれ」と命じる。

 足が一瞬、本人の意思を離れて止まる。


 リラは自分の手首を爪で引っかき、文字を消そうとする。


「能力、ここで見えますね」


 佐久間が尺表を確認する。


「三分以内です」


「澪は五分で出す」


「前よりかなり速い」


「速くしたんじゃない。必要な順番を変えた」


「それ、速くしたって言うんですよ」


 ひなたは無視して書き進める。


 街へ逃げ込んだリラが、澪とぶつかる。

 澪は事情を聞かない。

 追っ手を見て、リラの前へ立つ。


「名前は?」


 初稿では、澪がそう尋ねていた。


 佐久間が画面を覗く。


「ここ、“どこへ行きたい”の方が良くないですか」


「なぜ」


「今のリラは、名前より行き先で困ってる。目的を聞けば、逃げたいのに行き先を選べないことも見える」


 ひなたは台詞を変える。


「どこへ行きたい?」


「……分からない」


「なら、分かるまでここにいればいい」


 短い。


 だが、リラの状態と澪の性格が、同時に見える。


「いいな」


「僕も、たまには役に立つんですよ」


「戦闘の尺、二分削ってくれ」


「褒めた直後に仕事増やすのやめてもらえます?」


 佐久間は文句を言いながら、すでに尺表を開いていた。



 昼を過ぎる頃、如月が二稿目の原稿を印刷して持ってきた。


「最初の案より、ずっと企画として見えるようになった」


「褒めてます?」


「褒めてる。でも、注意もしてる」


 如月は削除された白い部屋の場面を指した。


「評価に合わせることへ慣れると、最初から評価されやすい答えしか考えなくなる」


「今回は必要な修正です」


「ええ。だから止めなかった」


 如月は原稿を閉じる。


「ただ、最初に何を書きたかったかは、自分で覚えておきなさい」


「履歴なら残ってます」


「データの履歴じゃない。気持ちの履歴よ」


 ひなたは返事をしなかった。


 最初の稿で、なぜ静かな目覚めから始めたかったのか。

 なぜリラに、すぐ逃げさせなかったのか。


 言葉のない空白の中で、自分に何もないことを確かめる時間が必要だと思った。


 その場面は、今の原稿にはない。

 なくても話は進む。

 むしろ、前より分かりやすい。


「通った時ほど、最初の原稿を読み返しなさい」


 如月はそう言って席へ戻った。


 通ることを疑っていない言い方だった。


 ひなたは少し救われた。

 同時に、通った時こそ何かを失うと、先に警告されたようにも感じた。


 修正作業の途中、ひなたは削った白い部屋の場面を何度も開いた。


 リラが目覚め、自分の指を一本ずつ確かめる。

 誰にも教えられていないはずの「指」という言葉を、自分が知っていることに怯える。


 静かで、ひなたの好きな場面だった。


 今の稿では使わない。

 だが、後半でリラが自分の言葉を選び始めた後なら、別の意味で使えるかもしれない。


「終盤に移します?」


 佐久間が言う。


「まだ決めない。今すぐ回収先を作ると、残すための展開になる」


「未採用シーンを守るために物語を曲げるな、ってことですか」


「ああ」


「厳しいですね」


「自分が書いたものに、一番厳しくできるのは自分だけだ」


 口にしてから、ひなたは少し考えた。


 本当にそうだろうか。


 今の自分は、評価シートがなければ、この場面を削れなかったかもしれない。


 自分へ厳しいつもりで、好きな場面を守る理由ばかり探していた可能性もある。


「でも、好きなんですよね」


 佐久間が画面を見ながら言う。


「ああ」


「なら、好きだったことは覚えておきましょう」


「白石と同じこと言うな」


「白石さんも?」


「採用されない絵も、自分が忘れないために描くんだと」


 佐久間は頷いた。


「僕ら、全員、似たようなことしてるんですね」


 作品には残らない試行錯誤。

 誰にも見せない台詞。

 採用されない表情。

 仕様に入らない遊び。


 完成品の外側に積み上がったものが、完成品の厚みになる。


 AIが大量の候補を出す未来を想像した時、ひなたが本当に怖いのは、候補の数ではないのかもしれない。


 採用されなかったものへ、自分がどれだけ迷ったか。

 その迷いまで、同じ重さで扱われなくなることが怖い。


 ひなたは未採用ファイルを閉じ、二稿目へ戻った。



 二稿目を提出する。


 今回は自信があった。


 冒頭でリラは逃げる。

 能力の危険も見える。

 澪との関係も早く始まる。

 初稿で守りたかった恐怖も、消してはいない。


「前より、絶対いいです」


 南雲が提出前の資料を確認する。


「初見でも入りやすいし、リラのことも気になります」


「なら、通りますか」


 南雲は少し困った顔をした。


「それは、私が決めることじゃないので」


 以前なら、如月や神谷の感想が、そのまま承認へ近い意味を持った。


 今は、誰かが好きだと言っても決まらない。


 ひなたはその違和感を飲み込み、提出ボタンを押した。



 翌日。


 総合判定――要再提出。


 初稿より、数字は上がっていた。


 冒頭の目的提示。

 能力の理解。

 最初の変化。

 プレイ動機。


 すべて改善している。


 それでも、承認基準へ届かない。


「前より良くなってます」


 南雲が急いで言う。


「かなり上がっています。本当に、あと少しです」


 あと少し。


 その距離が、数字以上に遠く見えた。


「一番低いのは?」


「推し感情です」


 評価シートの総評。


『リラは状況に流されている印象が強い。弱さは理解できるが、応援したいと思える主体的な選択が不足している』


 佐久間が眉を寄せる。


「選べないところから始める話ですよね」


「そうだ」


「そこから選べるようになるのが成長なのに、最初から選ばせるんですか」


 南雲が慎重に答える。


「大きな選択じゃなくていいんだと思います。逃げる方向を選ぶとか、澪を信じるとか」


「澪を信じるまでの積み重ねが必要でしょう」


「佐久間」


 ひなたが止める。


 南雲を責めても意味はない。

 彼女は評価を制作へ渡し、制作の意図をデータ班へ戻す窓口だ。


「続けてください」


「澪については高評価です。でも、その分、リラが守られるだけの存在に見えるという意見があります」


 正しい。


 また、正しい。


 リラを推してもらう物語なら、リラ自身の意思が必要だ。

 ただし、その意思を早く置きすぎれば、選べない状態から始める意味が消える。


「……選ばせます」


 ひなたは言った。


「追っ手から逃げる選択じゃない。澪を巻き込まないために、自分から姿を現そうとする」


 佐久間が顔を上げる。


「自分を差し出す?」


「ああ。正しい選択じゃない。でも、初めて自分以外のために動く」


「それなら、推せるかもしれない」


「かも、じゃない。推させる」


 ひなたは三稿目のファイルを作る。


 評価シートを画面の右端へ寄せ、原稿を中央へ置いた。


 再評価の後、美堂から補足資料が送られてきた。


 各評価者が、どの時点でリラへの興味を失ったか。

 タイムコードと短い理由が並んでいる。


 三分十秒。

『逃げている理由は分かったが、本人が何を選ぶか見えない』


 五分四十二秒。

『澪が格好いい。リラはまだ受け身』


 ひなたは美堂へチャットを送る。


『主体性を早く出すと、成長の起点が変わります』


 返信はすぐに来た。


『理解しています。評価は“最初から強くしろ”という修正指示ではありません』


『では、何を求めていますか』


『弱い状態でも、その人自身の判断が見えることです』


 ひなたは画面を見つめた。


 評価側も、リラを強いキャラクターへ変えろと言っているわけではない。


 弱さと受け身を、同じものとして見せない方法を求めている。


『自分を差し出す選択を入れます』


 送る。


 美堂から少し間を置いて返信が来た。


『評価は上がる可能性があります。ただし、自己犠牲を魅力として消費しない注意が必要です』


 そこまで分かっている。


 制作の敵ではない。

 データだけを見ている人間でもない。


 だからこそ、簡単に反発できなかった。


 自分と美堂は、別の方法で同じリラを見ようとしている。


 その事実が、救いであると同時に、ひなたの居場所を狭くするようにも感じられた。


 如月は、ひなたが提案した三稿目の方針を聞き、少しだけ考えた。


「自分を差し出す選択は、リラの主体性として評価されるでしょうね」


「はい」


「でも、それを“推せる行動”として見せすぎないで」


 ひなたは顔を上げる。


「自己犠牲を格好よく描くと、澪が止める意味まで薄くなる。リラは間違った選択をする。その間違いごと、読者が守りたいと思う形にして」


「難しいこと言いますね」


「簡単なら、あなたじゃなくても書けるでしょう」


 如月は淡々と言った。


 励ましているのか、追い詰めているのか分からない。


 おそらく、両方だ。


「柏木。評価項目へ合わせるのは悪くない。でも、項目を満たしたことを感動だと思わないで」


「分かってます」


「分かってる顔じゃないから言ってるの」


 如月は、ひなたの画面にある評価シートを閉じた。


「最初にリラを見なさい。数字は、書いた後で見ればいい」


 画面の中央に、原稿だけが残る。


 評価を無視するわけではない。

 ただ、書き始める瞬間の主語を戻す。


 その小さな順番が、今のひなたには必要だった。


 正しい修正を重ねれば、いつか正解へ届く。


 そう信じなければ、次の一行を書けなかった。


 ただ、その正解は誰にとってのものなのか。


 ユーザー。

 会社。

 データ班。

 キャラクター。

 そして、自分。


 すべてが同じ場所を指しているなら迷わない。

 けれど、今は少しずつ方向が違う。


 せめて書いている間だけは、点数ではなくリラを見る。


 ひなたはそう決めて、三稿目の一行目を打った。


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