第9話 主人公の在り方②
「そっかー、先輩は議事録がこうなることに気づいてたんだー」
「まあ、まあ」
「ふーん」
相模がご機嫌ななめだ。六十度?いや七十度ぐらいの角度でそっぽを向いている。椅子をくるくると左右に揺らしながら、私と目線を合わせようとしない。さすがにフォローが必要だ。AIの感情分析に頼らなくてもそれぐらいわかる。
「まあ、でも。さっき相模が言ったこと、あれはいい質問だったよ。なりたい自分を投影したいっていう心理。そこに気づけるのは、相模がちゃんとプレイヤーの気持ちに寄り添おうとしてるからだろ」
「……急に褒めたって、許しませんよ」
「本当だよ。それに『黒ウサ』のことも、相模にだったら見られてもいいかなって思ったのは本当だし。……俺の趣味に付き合ってくれて、ちょっと安心したっていうか」
「先輩って、ホント、私の扱い上手ですよねー。私の機嫌が悪くなるとすぐフォローに回るんだから。どこまで計算してからかってるんですかねー」
不味い。矛先が「日頃の私の態度」へと向き始めた。これ以上の失点は避けなければならない。
「でもさっき相模が言った『ありのままの自分か、なりたい自分か』って問い、あれはいい問いかけだったよ。俺一人で考えてた時は、そこまで深く掘り下げてなかったしな。相模が突っ込んでくれたおかげで、気づけた。……ありがとな」
相模を「賞賛」しながら、自分は「反省」し、最後にダメ押しの「感謝」を述べる。賞賛・反省・感謝の三段コンボ、これなら効くだろう。付け加えておくなら、賞賛と感謝は本心であり、嘘ではない。
確かにいい問いかけだった。ありのままの自分を、なぜ主人公に投影しないのか。自分の名前をつけたキャラクターが画面内で右往左往するのがイヤなのか?選択肢以外の行動ができない、自由が不足していることがイヤなのか? 誰かに見られた時に「自分をヒーローだと思ってるのか」とからかわれるのがイヤなだけなのか。
いや、もっと根本的な違和感からだろう。
空想の向こう側に広がる自分が自由なヒーローになることを許される世界。その世界に「現実で束縛され自由にならない自分」を「ありのまま」を持ち込んでいいのだろうか、という怖れにも似た遠慮だ。だからこそのRPG――ロール・プレイング・ゲームなのだ。自分自身のままプレイするのではなく、他人の役割をなぞることこそが、人気の本質に近いのかもしれない。
三段コンボの後、私は視線を落として考え込んでしまった。ふと顔を上げると、相模の体の角度はいつの間にか元に戻っていた。彼女は少しだけ目尻を下げ、手元のPCを閉じながら、張り詰めていた空気を解きほぐす――私が望んでいた回答を選択してくれた。
「……まあ、先輩がそこまで反省してるなら、今回は許しましょうか。」
相模は椅子をくるくると左右に揺らすのを止め、今度は私の目を真っ正面から見据えた。考え込んでいる姿を「反省」と捉えたのか、許してくれるらしい。不本意だが、一番本心が込められていなかった「反省」の態度が一番効いたようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「で、どうします先輩。このまま話を続けますか?」
「いや止めておこう。続けて説明するつもりだったけど自分は『主人公の物語を追体験させたい』というスタイルの主人公の在り方に否定的だったんだ。せっかくゲームの世界なんだから、もっと自由にもっと自分の物語を楽しめばいい、と思ってた。」
「ほう、それをこの相談の天才相模さんの一言で思い直したと」
「相談の天才ってなんだよ」……いつもなら突っ込みを入れるところだが、機嫌を直したばかりなので控えておく。それに、今浮かんだ思考を脱線させずに共有しておきたかった。
「ロールプレイングゲームは、架空のキャラクターになりきるからこそ、その名で呼ばれるんだって改めて思ったんだ」
「?」
「ありのままの自分を投影しただけのものは、ロールプレイングゲームとは呼べない気がしてさ。それじゃ、せっかくの非現実がただの『現実の延長線上』になっちゃうだろ? いつもの自分から離れたほうがいいなら、『他人』の人生を借りて歩むのも悪くないんじゃないか、そういうロールプレイングだ。そう考えると、主人公の物語を追体験させるスタイルも、ひとつの正解なんじゃないかと思い直したんだよ」
「……なるほど。つまり、これまでは『自分で物語を作る』自由度を重視していたけれど、『用意された他人の人生』をなぞらせるスタイルもアリだ、と転向したわけですね?」
相模は自分の言葉を咀嚼するように、ゆっくりと彼女なりに翻訳してみせた。
「転向まではしていないけどな。だが、概ねその通りだ。だから迷い始めた。自由すぎると、人は『自分』という枠に閉じこもってしまう。自分の物差しだけで行動してしまうんだ。むしろ『他人の人生を借りて楽しむ』くらいの方が、かえって自分を解き放てるんじゃないかな、ってね」
「ふーん。理屈っぽいですけど、まあ、一理ありますね」
ふむふむと相模が頷く。
「ロールプレイングゲームが他人の人生を借りて楽しむゲームだとしたら、先輩がさっき見せてくれた『黒ウサ』……あの、バニーちゃんも他人ですよね?先輩はバニーちゃんの何を借りて自分を解き放そうとしてるんですか?先生に正直に言いなさい。」
先程の話が蒸し返された。
「借りるって……それは……その、体、だよ?」
「借りた体でなにを解き放つんですか……?」
「えっ……そんなこと言わなきゃいけない流れにまたなってるの……」
男が解き放つといえばあれしかないだろ?これ以上言わせるのはセクハラだぞ、セクハラ。
なんと回答すればいいか頭を悩ませると、ふと天啓がよぎる。……この前、相模は「セクハラ禁止」と自分で言っていた。このフリ、「セクハラ規制緩和」のサインなのではないか?この程度なら許す、と。
ならばお望み通り、流れに乗ってやろうじゃないか。
「無論、性欲だ……特にお尻。黒ウサのあれは、いいものだ。あの頃の俺は、純然たる『尻派』だったんだよ」
いらぬ過去まで白状する。
「あの頃の先輩は尻派ですか……じゃあ今は?」
相模の声が冷たい。即座にセクハラ扱いしてこなかったが声が冷たい。良く考えろ、相模の問いは「じゃあ今は?」だ。冷たい原因は「尻派」発言のせいだ。
さらに思考を巡らせる。相模の象徴といえば、あの「胸」。これは私から相模の胸への忠誠心を試されている……のか?ならばと視線を堂々と相模の胸元へ向ける。
……相変わらず、主張が激しい。ええい、ままよ。今なら嘘偽りなく言える。
「もちろん『胸派』だ」
相模がゴミを見るような目で私を見つめているよ……。どう転んでもダメな二択問題だったのだろうか?
ちょっと恥ずかしくなり手元のPCのキーボードをカタカタと叩き始める。
「先輩は相変わらず……胸が好きですね。今の視線はさすがにわかります。セクハ……ま、いいです。先輩が変態だってことは、今に始まったことじゃないですし」
ひょっとして、正解を引いたのだろうか。少なくとも怒られずには済んでいる。
「さらっと酷いこと言うな」
「事実じゃないですか。でも、まあ」
一呼吸置いた後、彼女はまだ何かを企んでいるかのような目で私を見つめ直した。
「ロールプレイングは他人の人生を借りて楽しむ、っていう先輩の説、ちょっと面白かったです。じゃあ、もしもですよ、先輩が私だったら何をしますか?」
……え、相模だったら?
またしても不意打ちだ。今日の相模は手強い。先ほどまで「胸」だの「尻」だのと低回転で働かせていた脳に対し、ギアを一段階引き上げることを強いられる。
相模の人生をロールプレイする。
それは、「私の身になって考えてください」という反省の催促だろうか?それとも「もっと私のことを考えて」というアピールだろうか?
「そうだな。もし俺が相模だったら……」
私は少し視線を斜め上に向け、彼女の日常を想像してみる。
「まず、朝起きて鏡を見るだろ。そして『今日は何を着て行こうかな、先輩は褒めてくれるかな』と考えるところからスタートする。朝食のトーストを食べ、出社したら、先輩にからかってもらえるよう隙を見せる。案の定、その隙に吸い寄せられた先輩をどう料理しようか企むも、返り討ちに遭って散る。でも、その後に慰められるのは嫌いじゃない。それから……」
「そこまで私の思考回路が先輩中心だと思われているとは……」
相模が「この人、大丈夫かな」という目をしている。
「さすがに健気なヒロインすぎるか?まあ、妄想なんだから少し楽しませてくれ」
「うーん、あながち間違っていないところもあるのですが……私が負ける前提なのは、ちょっと納得いきません。それに私で楽しむなら、肝心なものが足りてません」
「何だ?」
「ご褒美です、ご褒美。そんな健気なヒロインの私に、先輩は何をくれるんですか?」
ん? 先日の誕生日プレゼントの催促の続きか?
安心しろ、ちゃんと用意しておく。
それより今の相模が最も欲しがっているものを、私は既に見つけているぞ。
「ご褒美はある。相模が、今一番必要としているものだ」
「一番……ですか?」
「検索サイトで『AIが自動作成した議事録ファイルの消し方』を見つけた。良かったな、相模の性癖が全社に広まらずに済むぞ」
「……」
相模が無言になった。もっと喜んでくれてもいいんだぞ。
「以上を持ちまして、第1回・国民的大人気RPG制作会議を終了いたします」
強引に閉会宣言を行い、私は会議の幕を引いた。




