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第10話 主人公の在り方③

「ひどい会議でしたね、第1回・国民的大人気RPG制作会議」


 自席に戻ると隣の主犯が愚痴りだす。


「確かに……どこで選択肢を間違えたんだろう」


 フラグ管理を失敗したことについて、従犯(主犯?)である私も同意する。正直、話は一歩も進んでいない。ベースにしていた構想もリセットされ、スタート地点に逆戻りだ。


「次からは、ちゃんとアジェンダを用意しましょう、先輩が」


「えっ、アジェンダ作るの俺?」


「先輩がリーダーですから当然です。私は司会ができれば、それで充分です」


 謎のこだわりを見せる。何が彼女を司会という立場に駆り立てるのだろうか?


「司会っていうか、俺の発言をコントロールして、少しでも優位に立ちたいだけだろ……」


「人聞きの悪い。そんなあさましい女じゃありません。私はただ会議を円滑に……つまり、先輩の変態的な性癖こだわりを抑えて、全年齢の範囲内に導きたいだけです。『国民的』を目指すなら全年齢が基本ですよ、基本」


 全年齢版――


 急に厳しい制約が加わった。R18はわかりやすいが、全年齢版とR12以上の境界線はどこだったか。パンツがアウトなのは当然として、際どい水着やレオタードもダメだろうな。


「うーん、いまいちやる気が出なくなるな……。待てよ、全年齢で売り出した後に、紳士向けの有償大型アップデートを出せば……」


「大っぴらにパンツを解禁できるほどの大型アップデートを出せるヒット作になるといいですね。非難もすごそうですけど。でもR18はダメですよ。一応、うちは上場企業なんですから」


 相模はそう言って、手持ち無沙汰になったのか、机の上に散らかった資料をトントンと揃えている。


 上場企業でも過去にエロゲーを作っていた会社はあるんだが。今の時代では無理か?

 

「で、結局どうするんですか。ゼロ地点に戻った『僕が考えた最強のRPG』」


「ちゃっかり『私』が抜けているぞ。もう飽きたのか?忘れるな、俺たちがこれから作るのは『僕と私が考えた最強のRPG』だ。そうだな……相模が飽きないように連休中にもう少し考えを煮詰めておくよ。だから今度は話を脱線させるなよ」


 脱線の引き金は、相模が「黒ウサ」の姿を見たいとわがままを言い出したせいだ。今日の主犯は相模じゃないか……と思ったが、自分も共犯だ。脱線した状況を立て直せなかった自分も悪い。

 ただ収穫らしきものはあった。主人公は自分でなくてもいい、他人の人生を借りて楽しむでもいい。植え付けられた固定観念から脱することはできた。


「楽しみにしてます、けど、連休中はしっかり休んでくださいね。休日出勤手当も出ませんから。あと、考えすぎて知恵熱だしちゃだめですよ、先輩は一人暮らしなんですから『体を大事に』です」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ひと通り今日のタスクを終え、相模とくだらない雑談を交わしていると、背後から日向さんが声をかけてきた。気にかけてくれていたのだろうか。


「どうだ、主人公の在り方は決まったか?さっきミーティングルームで相模と打ち合わせしてたんだろ?」


「はい、ですが……一度考えて、振り出しに戻ってしまった状態です」


「メモでも残ってたらちょっと見せてくれないか?アドバイスしてやるよ」


「それが……オンラインミーティングの議事録作成機能を使おうとしたんですが、うまく保存できていなくて消えちゃいまして……」


 相模がごまかす。さすがにあれは見せられない。ファイルを捨てることができて、よかった。


「もったいないな、その時は成果がないと思っても後で見返すとヒントが埋まっていることもあるぞ」


 全然、もったいなくない……「でも肝心な点は記憶に残っていますから」と日向さんに先程の会議(?)の要旨を伝える。もちろん「見られることに興奮する」「露出願望がある」といった誤解を招く文脈は伏せたままだ。


「……とう感じで結論が出ませんでした」


「なるほど、ロール・プレイング・ゲームは『他人の人生を借りて楽しむ』でもいいか。いい言葉を見つけたじゃないか」


 日向さんは、少し意外な角度から感心したそぶりを見せた。ただジャンル名を意訳したに過ぎない言葉であったが、その響きを気に入ってくれたらしい。


「しかし、お前は思ったより回りくどいことも考えるんだな。もっと合理的で、計算高く物事を進めていくタイプだと思っていたよ」


 日向さんの言葉に、隣で相模が「わかります」と言わんばかりに深く頷いている。


 ……もし自分が本当に計算高い人間だったら、今頃お前を見捨てているよ。そんな言葉を口には出せず、私はそっと胸の奥に閉じ込めた。日向さんの前だし、おとなしくしておこう。


「……ええ。ですので今後は、普段通りのやり方で進めます。まずは企画に書くべき内容を整理して、決定すべき項目を洗い出します。参考として伺いたいのですが、日向さんは企画を練り上げる際、どの要素を最優先に置いていますか?」


 わが社で一般的に作成される企画書の目次は以下の通り。

 RPGであれば、更に世界観やストーリーが加わる。


 

■タイトル

・仮題でもOK。内容が一目で想像できるもの

 

■コンセプト

・「一言で言うとどんなゲームか」

→ これがブレると会議が迷走する。

 

■ターゲット

・誰に遊んでほしいか

→ 現役世代か、往年のRPGファンか

 

■プラットフォーム

・スマホ、PC、コンシューマー

→ UIや操作体系に関わる。

 

■ゲームサイクル

・プレイヤーが繰り返す基本行動のループ

→ RPGなら「探索→戦闘→成長」が基本

 

■セールスポイント

・「他のゲームと何が違うのか」

→ 独自のウリ



「やはりコンセプトだな。だからこそ主人公の在り方からだ。ここがズレるとゲームの中身が変わってしまうからな。あと、ついでに言っておくとRPGの企画書を作るなら『動詞』に気をつけるといいぞ」


 隣で相模が「動詞?」と小首をかしげる。


「RPGの企画書ってのは、だいたい名詞だらけになるんだ。強大な魔王、伝説の剣、失われた王国、奪われた命……。でも、プレイヤーが体験するのは名詞じゃない。その世界で『何をするか』、つまり動詞が大切になるんだ」


 一息入れて、日向さんの言葉は続く。


「ただ『歩く』ことができるのか、『忍び歩く』ことができるのか。ただ『戦う』だけなのか、『命じて戦わせる』ことができるのか。あるいは、さっきの『他人の人生』という話に繋げるなら、『見る』のか『演じる』のか。その動詞の一つひとつに、どれだけ納得感と快感を持たせられるか。企画書の段階でその景色が想像できないRPGは、だいたい途中で飽きられる」


 過去にボツになった企画を思い返すと、日向さんの指摘は痛いほど当たっていた。設定という名詞ばかりを並べ立て、肝心な「遊び」の動詞がぼやけていたのだ。

 

 私が唸っていると、隣で相模まで「確かに……」と、したり顔で頷いている。そんな彼女を優しく見つめながら、日向さんはいたずらっぽく笑いながらトドメとなる釘を刺した。


「設定資料集を作ろうとするなよ。まあ、考えるのが楽しくなると一度はやってしまう間違いだけどな」


「はい、気をつけます……」


 それ以上に返せる回答がなく、言葉に詰まっている私たちの、姿を見かねたのか、フォローが入る。


「でも安心したぞ、ちゃんと考えている。だが、今日はさっさと帰れよ。楽しい三連休が待っているぞ」


「そうですね、今日はもうこれで上がります。ご指摘ありがとうございました、助かります」


「お疲れさまでした、日向さんももうお帰りですか?」


「あと少し働いたら帰るよ、お前らも気をつけてな」


 きっと、この人の少しは「長い」のだろうな、と、矛盾する言葉の組み合わせについて考えながら、私たちは帰宅することにした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 部下達を帰宅させ、自席に戻ってから見つけた着信したばかりのメールへの返信を終えた後、一息つきながら先程の、出来事を振り返る。


 

 ……あいつらちゃんと仕事してたんだな。ミーティングルームの前を通りかかった時、中から「理想の主人公がバニー……」云々って声が聞こえてきたときは、何やってるんだ、こいつら?と思ったぞ。もしかして「バニー」は聞き間違えだったのだろうか。議事録があればわかるのに。間違って削除してしまっただけなら、一定期間内ならクラウドのストレージから復活できるから教えてやろうか?いや、余計なお世話か。

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