第11話 主人公の在り方④
「先輩、連休はどう過ごすんですか?、私は妹達を連れて一泊で温泉旅行です! 美味しいもの食べて、リラックスして自分と妹を『甘やかす』っていう動詞を活用してきます! 」
駅へと向かう帰り道で相模はそう語った。
前々から言っていたように妹たちと遊びに出かけるようだ。立派なお姉さんを演じている。面倒をかけるが、面倒なところはなく、面倒見のいいところが相模の美点だと思う。
さて、わが身を顧みて、連休中に発生する動詞をリストアップしてみようか。
・ご飯を待ち伏せする(半額になった弁当を確保)
・風呂につかる(普段はシャワーだけ)
・布団を干す(平日は日が落ちる前に帰れない)
……うん、いつもの休日と同じだ。
「いつもと、同じ……。平穏な休日を過ごさせてもらうよ」
そう答えると、相模が「ざんねんないきもの」を見るような目で見つめ返してきた。いや、男の一人暮らしの生活なんてこんなものだ。たまたま遊びに行く予定がないだけで、決して寂しいわけじゃない。君だって、遊び相手が身内(家族)だけじゃないか……とは、口に出さなかった。
「先輩。一応言っておきますけど、ご飯を『待ち伏せ』するのは、さすがにおかしいですよ。ゲーム中のアイテム欄でご飯を選んで、『待ち伏せ』なんてコマンドが出てきたら誤植かバグを疑われますよ」
「独り身の生活必勝法だぞ、それは」
「必勝って。その戦法、切なすぎません?」
「重要なのは『フレーム調整』だ。半額シールが貼られる瞬間に居合わせることが勝利への近道になる」
「そうやって節約したお金で私は奢って貰っていたんですね。……まあ、いいです。そんな優しくて哀しい先輩には、ちゃんとお土産を買ってきてあげますから、期待してくださいね」
彼女はそう言って、駅の改札前で足を止めた。
「せっかく三連休なんですから、しっかり自分を労わってあげてください。じゃあ、良い連休を、先輩」
「そっちこそ、楽しんでこいよ。お土産、期待してるからな」
相模と別れ、スーパーへ「待ち伏せ」に行こうとするが、まだだいぶ時間が早いことに気づく。せっかく早く帰れた日なのに、値引きを待つのは少しもったいない気がした。たまには、いつもと違うことをしてみるか。そうだ、連休中は普段しないことをしてみよう。これも一種のロールプレイングだ。
まずは自炊だ。せっかくだから自分も「気まぐれ炊き込みご飯」とやらを作ってみようかな。いや、それは無粋か。相模が渾身の一作を振る舞ってくれるまで待つことにしよう。
代わりに「気まぐれパスタ」とやらに手を出してみることにする。
今日は「完成された食事(弁当)」ではなく「食材」を買う。それだけで、何だか特別なイベントが発生したような気分になるのが不思議だ。
「……さて、具材はどうするか」
パスタの乾麺は家にある(はず)。具材の選定にかかろう。
イタリアンシェフの「気まぐれ」は、「旬の素材」を用いた「野心的な創作」といったところだろうが、家庭におけるそれは「冷蔵庫の在庫との相談」を意味する。だが、我が家の冷蔵庫に食材の影はない。
故に、私は自由だ。ここはイタリアンシェフ路線を目指すとしよう。
……と意気込んでみたものの、肝心の旬の素材がピンとこない。秋の野菜といえば、ナス、カボチャ、さつまいも……といったところか。「……まあ、特売されているのが旬なんだろう」そう目星をつけ、お買い得マークがついている野菜をカゴに放り込む方針とする。これも立派な「気まぐれ」だ。
結果、選ばれたのはレンコンとカボチャ。……この組み合わせ、難易度が高くないか?
レンコンは炒めて、カボチャも炒めるか煮ればいい。そこまでは思いつくが、ソースとの組み合わせが全く見えない。トマトはカボチャの甘みと喧嘩しそうだ。なら、まろやかなクリーム系が正解か? いや、この面子なら「和風(醤油)」こそが正解と見た。日本人なら、だいたいのものは醤油味で解決できるはずだ。
次はメインの魚か肉だ。真っ先に鮭が目に入ったが、これはスルー。昼飯で食べたばかりだ。次に視界に入ったのは「サバ」だった。
――この瞬間、閃いた。
カボチャ、レンコン、サバ。この組み合わせは「サバの甘酢餡かけ」の組み合わせだ。これならいける。餡かけにはしないが、味を醤油でまとめればパスタとしても成立するはずだ。こんな素敵な組み合わせを思いつける己の料理センスを自画自賛しながら、意気揚々とレジへ向かう。
ただひとつ、懸念が残るが……まあ、いい。意を決して惣菜コーナーを通り過ぎると――。
思ったとおり、そこには「サバの甘酢餡かけ」が鎮座していた。しめじと人参まで入っている。しかも驚くほど安い。
「……これでも、いいか」
カゴの中の食材をすべて元通りの場所へと戻し、「サバの甘酢餡かけ」を買って帰ることにした。
これをパスタの上にかければ「気まぐれパスタ」の完成だ!
我ながら名案を思いついた、この時はそう思っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――ということがあったんだ。
連休明け。温泉で心底楽しんだことを嬉しそうに語る相模との会話の後、私は連休中の自炊の顛末を白状してみた。
「……で、どうだったんですか。その『気まぐれパスタ』の結末は」
「うん。事前の計算では、パスタに餡が絡んで絶対おいしいはず……と思ったんだけど、そうでもなかった。まず餡が麺に弾かれて、素のパスタの味が浮く。おまけに小麦の主張と甘酢餡の主張が、絶妙に噛み合わなかったんだ」
「当たり前ですよ。パスタは油分がないと、麺と具の一体感が出ないんです。カボチャ、レンコン、サバ……その組み合わせなら、素直にオリーブオイルで炒めればよかったんですよ。唐辛子とニンニクも利かせれば立派な気まぐれパスタになったのに。素材の組み合わせが良かっただけに、もったいなかったですね」
気まぐれシェフを気取った罰か、あるいは楽をしようと工程を省いた罰か。手元に残ったのは、貴重な一食を無駄にしたという後悔と、言いようのない敗北感だけだった。
相模は軽くため息をつくと、追い打ちをかけるように聞いてきた。
「で、残りの休暇はどう過ごしていたんですか?」
「いつも通りだ」
「いつも通りですか」
「ああ、いつも通りだ」
半額弁当を待ち伏せし、布団を干し、風呂につかった。
「……はい、これお土産です」
それ以上は何も追及せず、相模はお土産を差し出してきた。包装紙に包まれた小さな箱だが、重さも感じる。何だろうか?
「ありがとう。開けてもいいか」
「どうぞ」
本人の前なので包装紙を丁寧に剥がし、箱の蓋を開ける。中には、ずっしりと重みのある小瓶に入ったプリンが入っていた。
「冷蔵庫で冷やしておきますから。あとで一緒に食べましょうね」
相模が、優しかった。
(お土産のはずなのに、自分も食べるんだな)
心の中で、そう呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
連休明けの午前中。働く上で、一番きつい時間帯をどうにか乗り越え、いつものように相模と昼飯を食べに行く。休み前に私が「米が食べたい」とこぼしていたのを覚えていたのか、相模の提案は丼物だった。異論などあるはずもなく、私は承諾した。
丼物といっても選択肢は広いが、二人で相談した結果、今日は海鮮系で攻めることにする。
たまにお邪魔する魚料理が評判の店に入り、相模は「鯛のゴマダレ丼」を選択。対する私は……視界に入った「板長の気ままに仕入れた海鮮丼」を選択した。その日の仕入れで決まるという、ギャンブル性のある一品で攻めてみた。
「またまたネタに走りますね……」
「いや、海鮮丼でそう話のネタになりそうな組み合わせはないだろ。旬の魚がたくさん載っているだけだと思うんだが」
「――お待たせしました」
運ばれてきたふたつの丼。ひとつは相模の「鯛のゴマダレ丼」で、もうひとつは私の「板長の気ままに仕入れた海鮮丼」。その光景に、私は目を疑った。
丼の頂に鎮座していたのは、脂の乗った「戻り鰹」でも、秋の代名詞「サンマ」でもなかった。
「……先輩、これ、見事な三色丼ですね」
「『しらす』だな。それも、丼いっぱいの……」
目の前に出された丼を呆然と眺める。「生しらす」と「釜揚げしらす」と色付きは「しらすの沖漬け」だろうか。
相模湾で獲れるしらすは「湘南しらす」と呼ばれ、九月のこの時期は脂が乗って一段と美味くなる時期だ(その場で調べた)。確かに旬だが、私が期待していた海鮮丼のイメージとは、あまりにもビジュアルがかけ離れていた。
「……なぜだ。九月だぞ? 秋の旬と言えば、戻りカツオとか、せめてサンマくらいは入っていると思ったんだが」
「相模の名字に引き寄せられたせいですかね。相模湾の恵みが、先輩を歓迎してるんですよ」
そう慰め(?)の言葉をかけながら、彼女は、ゴマダレの絡んだ大ぶりの鯛をひと切れ寄越してきた。お返しに、彼女の丼の白飯が見えている場所へ、生しらすをスプーン山盛りに載せてやった。
私が夢見た「豪華な刺身盛り合わせ」という野望は、小さき者たちの数の暴力によって敗れた。もはや言葉は不要だ、私はスプーンを丼に突き立てて掬い、「しらす」たちをご飯と一緒に口へ放り込む。
「……悔しいが、美味い」
「何と勝負してるんですか」




