第12話 主人公の在り方⑤
しばらくは「気まぐれ」や「気まま」と名のつくメニューを選ぶのはよそう。そう心に決めて、オフィスへと戻った。
午後の予定だが、仕事を早々に片付け「第2回・国民的RPG制作会議」を開催することになった。会議名は、もはやこれでいい。こういうことは既成事実化と習慣化が肝要だ。
とはいえ正式にプロジェクトが発足したわけではないので、手が空いた時間に進める隠密行動だ。前回、相模に釘を刺されたので、一応アジェンダ程のものではないが、考えをまとめたメモは用意してある。
第1回は不完全燃焼だった。主人公を「プレイヤーの分身」にした場合のメリット・デメリットまでは語れたが、主人公の物語を追体験されるための『キャラクターを固定された主人公』についてのそれを全く説明できていない。まずはこいつから消化する。
相模に予定を確認すると、十六時ぐらいなら手が空きそうとのことだ。お互いそれまでに手元の仕事を片付けることにする。
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「これより第2回・国民的大人気RPG制作会議を始めます。司会は引き続き、私、相模が務めます。議事録は会議ツールのAIさんにお任せしますので、発言はハキハキとお願いしますね」
ミーティングルームに会議用スピーカーフォンを持ち込み、相模が開会宣言を告げる。スピーカーフォンは相模のPCに接続され、私のPCはミュート状態である。
「議長、質問があります」
「なんでしょう」
「前回と同じ失敗を繰り返していませんか? スピーカーフォンがひとつでは、AIがどちらの発言か判別がつかなくなると思われます」
当然の疑問を口にする。
「ええ。ですから今回は、同じ轍を踏まないためにルールを加えます」
「ルール?」
「先輩は語尾に『ニャ』をつけて話してください、議事録を作成する際、AIには語尾で発言者を特定するようプロンプトを加えます。それでは用意された『キャラクターを固定された主人公』のメリット・デメリットについて説明をお願いします」
――――とんだクソ会議が始まった。
「キャラクターを固定された主人公の特徴は、『強い主観的なドラマ』を描けること。主人公自身が物語の推進力となり、独自の意志で世界とぶつかり合う。ストーリー重視のRPGや、一本道ながらも密度の濃い感動を届ける作品に向いている……のニャ。メリットは以下……なのニャ」
①内面的な成長や葛藤を深く描きやすい。主人公自身の言葉で悩み、決断し、変化する様子をドラマチックに演出できるニャ。
②動機付けが明確で、ストーリーの求心力が強い。「過去の因縁」や「守りたい人」など、主人公固有の目的が明確に表され、なぜ戦うのかという理由を物語の根幹に据えやすいニャ。
③キャラクター同士の「関係性」に厚みが出る。仲間との間に、プレイヤーのあずかり知らぬ「過去」や「複雑な感情」を設定できる。それにより、深い友情・愛といった濃厚な人間ドラマが展開しやすくなるニャ。
「次はデメリット……なのニャ」
①プレイヤーとの『解釈不一致』が起きるリスク。主人公がプレイヤーの意に反する言動をとった際、「自分ならこんなことは言わない」「このキャラは好きになれない」といった否定的な反応が起きる可能性があるニャ。
②マルチエンディングや選択肢の自由度との相性が悪い。主人公の性格が固まっているため、極端な選択をさせにくくなる。ストーリーを分岐させる場合でも、展開の幅を広げるのが難しくなるニャ。
③情報過多になり、世界観への没入を妨げる場合がある。最初から多くの設定(複雑な過去、特殊な職業など)を持っているため、プレイヤーが主人公の状況を理解・把握するまでに時間がかかるニャ。
「……成功するかしないか、ストーリーの出来映えに左右されるウェイトが大きい……のニャ」
相模が、口元を押さえてプルプルと震えている。
「ごめんニャさい、相模にゃん。もう、勘弁してくれないか……ニャ?」
相模がついに吹き出す。会議室に、彼女の堪えきれない笑い声が響き渡った。
「はい、お疲れ様でした。ふふっ……、あはは! ……はぁ。……よし。じゃあ、ここまでで、一度議事録作ってみましょうか」
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第2回・国民的大人気RPG制作会議 議事録
日時: 202X年某日
出席者: 相模未来(司会・記録)、先輩(ニャ属性付与)
1. 固定主人公型におけるドラマ性の分析
発言者(先輩)より、特定の性格を持つ「キャラクターを固定された主人公」を採用した際の、物語構造上の利点が提示された。
・メリット: 主人公自身の意志による強い物語の推進、および仲間キャラとの「因縁」に基づく濃厚な人間ドラマの構築。
・デメリット: プレイヤーとの解釈不一致のリスク、およびキャラクター設定に伴うシステム的自由度の低下。
2. 会議運営における識別プロトコルの導入
前回の話者識別不能問題を解決するため、発言者(相模)の独断により、特殊な音声タグが導入された。
・言語的制約の強制: 発言者(先輩)は、全発言の語尾に「ニャ」を付加することを義務付けられた。
・尊厳の毀損: 発言者(先輩)が「ごめんニャさい、相模にゃん」等の発言を余儀なくされ、精神的苦痛と敗北感を吐露する様子が確認された。
・AIによる精緻な識別: 語尾タグの導入により、発言者の判別精度は劇的に向上したが、内容の知性および説得力は著しく低下する結果となった。
3. 次回への課題
議事録における語尾の必要性について再検討
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「……完璧ですね。AIさんも『ニャ』のおかげで、一度も先輩の発言を見失っていませんよ」
「何だよ、知性や説得力が下がるって……」
「いいことを言っているのに、ざんねんな感じがにじみ出るんですね、語尾に『ニャ』をつけるだけで」
「『何を言ったか』よりも『誰が言ったか』のほうが重要というけど、もっと重要なのは『語尾』ということか……」
「実験は成功です。そういえば、よくネット上の小説でキャラクターの語尾を変えてるのがあるじゃないですか、あれは発言者のセリフを簡単に識別させるためだったんですね」
「その様式を現実に持ち込むとつらいぞ」
出来上がった議事録を見ながら感想を言い合う。が、……相模の中では「実験は成功」扱いだ。まだ続くのだろうか?
(ならば先手を打って流れを変えてやる)
「今度は相模の番だ、せっかくだから実験の続きをする。語尾に……何かつけるのはもうやったから今度は……そうだな『悪役令嬢』っぽく話してみろ」
相模は一瞬、虚を突かれたように瞬きをした。だが、すぐにスッと背筋を伸ばし、左手の甲でゆるやかに顎を支えた。椅子に座っているだけだというのに、そこには見えない扇子と縦ロールの幻影が見えるような圧があった。
「あら……。わたくしにそのようなオーダーをなさるなんて、おーっほっほ! 宜しくてよ。愚民たる先輩に、真の『主人公』というものを叩き込んで差し上げますわ!」
適応が早すぎる。そして、ノリノリである。
相模は組んだ脚を組み替え、傲慢なまでに涼やかな視線をこちらに投げた。
「いいですわね、セバスチャン先輩。 キャラクターを固定された主人公の最大の問題は、その意志が強固すぎることですの。物語を導く力がある反面、プレイヤーが『そうじゃない!』と叫びたくなるような……そう、例えば『婚約破棄された瞬間、未練をこれっぽっちも見せず、即座に隣国へ高飛びしてスローライフを始める』なんて、プレイヤーの置いてけぼりな決断を強制される不自由さ。これをどう解決するおつもりかしら?」
「いや、悪役令嬢はそういうキャラクターだろ」
あとセバスチャン=執事のイメージが強すぎる。
「そう。その不自由さすらも、『このキャラならやりかねない』という納得感でねじ伏せれば宜しいのです。圧倒的なキャラクターの魅力を見せつけ、プレイヤーに『こいつが選ぶ道なら、隣国だろうが魔界だろうがついていってやる』と思わせる……いわば、カリスマによる物語の支配ですわ。先輩のような『半額弁当の待ち伏せ』に命を懸ける小市民的な主人公には、到底不可能な芸当ですわ。おーっほっほ!」
相模による悪役令嬢キャラが立ちすぎている。おまけにナチュラルにディスられている……自分が語尾に「ニャ」をつけていた時より、今のほうがよっぽど精神的なダメージが大きいのはなぜだろうか。
まあ、いい。今回の実験結果はどうなるだろうか?
AIに、ここまでの内容で議事録作成をお願いした。
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第2回・国民的大人気RPG制作会議 議事録(続)
日時: 202X年某日
出席者: 相模未来(悪役令嬢・支配者)、セバスチャン先輩(執事・小市民)
1. 固定主人公における「カリスマ性」の効能分析
発言者(相模)より、強固な意志を持つ主人公がプレイヤーに与える影響について提示された。
・強制力の正当化: プレイヤーの意に反する行動(例:婚約破棄直後の国外逃亡、スローライフへの即時移行等)をとっても、「このキャラなら仕方ない」と思わせる圧倒的説得力が必要。
・物語の支配: キャラクターが自立して物語を駆動させることで、プレイヤーを「操作者」から「狂信的な追随者(奴隷)」へと変貌させる手法を提唱。
2. ロールプレイを通じた話者特性の検証(発言者:相模)
発言者(セバスチャン先輩)の提案により、発言者(相模)へ特殊な属性が付与された。
・高飛車な口調の導入: 「おーっほっほ!」「宜しくてよ」等の語彙を用い、他出席者を「愚民」「セバスチャン」と呼称。
・執事役の強制割当: 発言者(先輩)は、自動的に「セバスチャン」という記号的かつ強すぎる固定概念を持つキャラクターへ格下げされた。
・精神的優位性の確立: 前回の「語尾:ニャ」による物理的辱めを遥かに凌駕する、精神的マウントおよび属性攻撃が確認された。
3. 結論
発言者(相模)は、自らのカリスマによる「物語の支配」こそが国民的RPGの根幹であると断言。
「半額弁当を待ち伏せする小市民」には到達不可能な領域があることを示唆し、高笑いと共に会議を終了した。
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「AI凄い」
「AI凄い」
小市民的な感想が重なった。




