第13話 主人公の在り方⑥
ひとしきりAIの凄さを褒め合った後、肝心なことを思い出す。
「そういえばこの前、日向さんにメモ見せろって言われたよな」
「今回も無理そうですね」
うーん、AIに任せよう。わが社が使用しているAIはエンタープライズ版だ。学習や外部に漏れることはない。こんな議事録が漏れたら、また株価が下がってしまいかねない。
オンライン会議用とは別のAIを立ち上げふたつの議事録を貼り付けて、簡潔なプロンプトを打ち込む。
「人前へ出せるようにしてください」
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第2回・国民的大人気RPG制作会議 議事録
日時: 202X年某日
出席者: 相模、因幡
1. 固定主人公型におけるドラマ性とカリスマ性の分析
本会議では、プレイヤーが操作する「主人公」の設計思想について、固定キャラクター制を採用した場合の利点と課題を検証した。
・物語の推進力と説得力
強固な意志と特定の性格を持つ主人公は、物語を強力に牽引する。プレイヤーの予想を超える行動(例:急激な目的変更や環境の変化)であっても、「このキャラクターならあり得る」という圧倒的なカリスマ性があれば、物語の正当性を担保できる。
・メリット: 多様な属性(性別・職業等)の選択による没入感の向上、および他キャラの引き立て。
・デメリット: 主人公の直接的な心理描写の困難さ、および「介護役」の必要性。
・リスクと課題: 一方で、プレイヤーとの解釈不一致や、キャラクター設定に伴うシステム的な自由度の低下が懸念される。これらを払拭するためには、キャラクター造形における「圧倒的な説得力」の構築が不可欠である。
2. コミュニケーションにおける属性付与の試験運用
会議運営の円滑化および、ゲーム内における「キャラクター属性が対人関係に与える影響」を検証するため、出席者間に特殊な役割(属性)を付与する実験を行った。
・言語的制約による識別精度の検証:特定の語尾(「~ニャ」等)の付加や、特定の口調(高飛車な貴婦人等)の強制を試行。結果として、発言者の識別精度は劇的に向上した。
・属性付与がもたらす関係性の変化:「悪役令嬢」や「執事」といった記号的な役割を与えることで、発言内容の説得力や心理的優位性が変容することを確認。これはゲーム内におけるNPCとプレイヤー、あるいは仲間キャラクター間の動線設計において重要な知見となった。
・検証結果の評価:過度な属性付与は、発言内容の知性や説得力を低下させるリスクがある一方、キャラクターの記号化による「役割の固定」には極めて強い強制力があることが実証された。
3. 総括および次回への課題
本会議を通じて、RPGにおける「キャラクターの自立」が物語の支配力を強めることが再確認された。次回は、今回得られた「属性による階級差」や「役割の固定化」を、ゲームシステム(ジョブシステムや好感度イベント等)にどう具体的に落とし込むかを検討する。
・検討事項: 議事録における過度な演出(語尾・口調指定)の必要性、および人間尊厳を維持した上での検証手法の再検討。
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「AI凄い」
「AI凄い」
再び、小市民的な感想が重なった。
「二番目は書き換えて、最後の検討事項は削除だ」
「そうしましょう」
――ようやく議事録が完成した。
「事前の整理に、思ったより時間がかかったな」
「こんなに大変だとは思いませんでした」
相模が変なことを思いつくからだろうに、他人事のように言う。ひとまず前回分と合わせ、改めてメリットとデメリットを並べて見比べる。
主人公を「プレイヤーの分身」にした場合)
・メリット: 多様な属性(性別・職業等)の選択による没入感の向上、および他キャラの引き立て。
・デメリット: 主人公の直接的な心理描写の困難さ、および「介護役(説明役)」の必要性。
主人公を「固定キャラクター」にした場合)
・メリット: 主人公自身の意志による強い物語の推進、および仲間キャラとの「因縁」に基づく濃厚な人間ドラマの構築。
・デメリット: プレイヤーとの解釈不一致のリスク、およびキャラクター設定に伴うシステム的自由度の低下。
ふと思いついて、メリットとデメリット同士で並び替えてみる。
メリット)
・多様な属性(性別・職業等)の選択による没入感の向上、および他キャラの引き立て。
・主人公自身の意志による強い物語の推進、および仲間キャラとの「因縁」に基づく濃厚な人間ドラマの構築。
デメリット)
・主人公の直接的な心理描写の困難さ、および「介護役(説明役)」の必要性。
・プレイヤーとの解釈不一致のリスク、およびキャラクター設定に伴うシステム的自由度の低下。
並べたメリットを眺めるが、やはり、相反する。いいとこ取りをしようとして、同じ世界観のマルチストーリー形式を取るにしても片方は「無個性な無口主人公」、もう片方は「自由度の低い固定主人公」になってしまう。無理をして、同一作品内に両者を押し込める意味がない。『混ぜるな危険』の領域だ。
「いっそ混ぜますか。両方」
ところが、たった今、私が脳内で否定したばかりの結論を相模が口にする。
「……どういうことだ?」
「『分けてから混ぜる』が正しいですかね。『物語の主人公』と『ゲームシステム内のプレイヤーとしての主人公』を切り離すんです。ひとつの作品の中で」
>分けてから混ぜる(分置攪拌・分離混合):料理、化学、製造業など様々な分野で用いられる手法。成分の均一化、ダマの防止、反応制御などのために、あえて材料を別々に扱ってから合わせる手順を指す。
例:ドレッシング。油と酢を別々に用意し、乳化剤を介して混ぜることで、安定した質感を保つことができる。
何とはなしに、手元のPCで言葉の意味をさらってみる。ゲーム制作に適用できるかは未知数だが、手法としてあることに軽く驚く。
>主人公を分けてから混ぜる:物語創作における「ダブル主人公」や「群像劇」で見られる手法。視点を分割し、後に合流させることでドラマチックな効果を生む。
続けて言葉を足して検索してみるが、こちらは期待した回答とは少し違った。私達が求めているのは「ダブル主人公」のような既存の枠組みではない。目指す方向としてはWEB小説でよく見かける「物語の主人公」とは別の「モブ」に憑依・転生するプロットに近い。
……小説とは違い、ゲームで同じようなプロットの作品は少ない、あるいはこれまで無かったのかもしれない。
更に検索してみたが、「ダブル主人公」「群像劇」系の作品紹介ばかりが出てくる。検索キーワードが悪いだけかもしれないが、作品のオリジナリティとして、悪くないのかもしれない。思考を整理し、相模に手応えを伝える。
「いい考えかもしれない。少なくとも似たような作品は少ないと思う」
「ですよねー?」
相模が自慢げに胸を張る。……が、その先に続く言葉がない。そこから先は考えていないようだ。
――仕方なく、思考を掘り下げる。
いや、単なるモブでは駄目だ。主人公に成り代わってしまえば物語を壊すし、かといって「仲間」の一人では、結局もう一人の主人公を用意するのと何も変わらない。物語から完全に外れて自由に遊ばせれば、それはもう別のゲームだ。用意したメインシナリオが死んでしまう。物語の「中心」との距離感が、決定的に難しい。
まとまらない考えをそのまま相模にぶつけると、彼女はあっけらかんと言った。
「なら、『プレイヤーとしての主人公』はペットみたいな存在にすればいいんじゃないですか?」
「ペット?」
話に追いつけない。
「物語の主人公に、つかず離れず。主人のことは好きそうだけど、何を考えているかはわからない。そんな風に自由に動ける存在。……例えば、猫ですよ、猫! あ、柴犬なんかも可愛くていいですね」
確かにペットはそういうものだが、それがRPGになるのだろうか。疑問はさておき……脳裏に、フィールドを縦横無尽に駆け回る猫の姿が浮かぶ。猫が嬉しそうに尻尾を立てて、私たちの作った世界を謳歌している。イメージはできる。
だが……。
「猫そのままは、キツいな」
「どうしてですか? 猫は可愛いじゃないですか」
「今回はハイフライヤーのアセットを流用する予定だろ。アセットの素材データを活かすなら、三人称視点のオープンワールドRPGになる」
「まあ、そうですけど。それが何か問題に?ハイフライヤーの中には猫や犬とか動物もいっぱい出てきましたよ?素材データも当然ありますよ」
「尻だ」
「お尻?」
相模が何を言っているか分かっていない顔をする。
……なら何か起こるか教えやる。
「いいか、よく聞け……猫を三人称視点のカメラで操作するだろ?そうするとだな、『猫の*(お尻の穴)』が画面中央でドアップになることを避けられないんだ」
「……」
「柴犬なんて、もっての外だ」




