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第7話 表と裏の事情⑥

 連休の狭間の出勤最終日。今日のお昼はパスタ屋だ。


「先輩、デザインチームの和泉いずみちゃんから良い情報を教わったんですよ。普段は混んでいて入れない人気店なんですけど、前回の連休の谷間は空いていたそうです。今日は狙い目ですよ、ランチはパスタにしましょう!」


 相模の一言で、ここに来ることになった。和泉ちゃんは相模の同期で、よく一緒にいる姿を見かける。相模の口癖が移ったのか、私の中でもいつの間にか「ちゃん」呼びが定着している子だ。


「アンティパストとドリンクもセットですよ。先輩は何にしますか」


 目論見通りすんなり入れた店内で、相模から渡されたメニューを眺めながら「米」を探す。昨日は昼にナン、夜はパンケーキ。そして今からパスタ。完全に「小麦粉ヘビー」な食生活だ。パスタに米という組み合わせもどうかと思うが、少しでも米が食べたい。イタリア料理の前菜にライスコロッケがあったはずだ。……あった、これだ。「アランチーニ」というのか。相模はまだ悩んでいるようなので、先に注文を決める。


「じゃあシェフの気まぐれパスタとアランチーニ、飲み物はアイスティーにするよ」


「アランチーニ、いいですね。昨日はお米を食べてないので私もそれにします。パスタは海老とキノコのクリームソースで……飲み物は私もアイスティーにします」


 彼女は実家暮らしで、食事は母親が用意していると聞いていたが、昨夜の献立も小麦系だったのだろうか。あるいは、朝もトーストで済ませたのだろうか。あと、アランチーニを知っているあたりは流石だ。


「店に入れたのはラッキーだったけど、小麦粉が続いちゃったな。さすがに次はコメ中心がいいかな」


 そう提案すると、相模はメニューを閉じ、魅力的な提案を口にし始めた。


「おコメが食べたいなら、今度、うちに来ませんか?そろそろ親戚から新米が届く時期なんですよね。私の手料理も食べられますし、かなりお得ですよ」


「相模の家か……」


 最初は、泥酔した彼女をタクシーで送り届けたとき。次からは、彼女の強引な誘いを断りきれずにお邪魔した休日。そして1度だけ経験した「お泊まり」。



 ……ただ、なぜだろうか。添い寝の相手が「お父さん」だったんだよな。



 相模は三人姉妹の長女だ。父母と年の離れた双子の妹たち五人家族で都内のマンションに住んでいる。それから猫が一匹。幼少時は同部屋だった妹たちが大きくなり、一人部屋を寄越せと主張を始めた結果、相模の家に客間と呼べる場所はなくなった。


 私が泊まる流れになった際、急遽開催された「因幡を誰の部屋に泊めるか会議」にて、私と相模を同室にするという最も自然な案は却下された。相模の両親が過保護で「長女の貞操を守るため」……といった話ではない。相模もまもなく二十五歳になる大人だ、さすがに両親もそういうことがあってもおかしくないと分かっている。理由は、私が泊まると聞いてはしゃぎだした思春期の妹たちの姿を見て「年頃の男女を同室にするのは教育上よろしくない」という両親の判断によるものだった。


 結果、相模のお母さんが相模の部屋へ移動し、相模のお父さんと私が同じ部屋で寝ることになった。両親の寝室は和室に配置されており、私とお父さんは布団を並べて寝る羽目になったのだ。


 ……隣の布団で寝ていたお父さんが「期待させてすまなかったな。」と変に慰めてくれたことを思い出す。


 ふと、今日履いているパンツはあのとき買い直したものだったな、と思い返した。女の子の家へお出かけする際、新しいパンツを履くのが私のポリシーなのだ。


「せっかくだから泊まっていきませんか? 今回もお父さん、サービスしますよ。また一緒に寝られます」


 相模には寝取らせ趣味でもあるだろうか?


「わかった、ありがとう。またお邪魔させてもらうよ」


「お父さんに新しいパンツを履くよう言っておきますね」


 お客を出迎える際、新しいパンツで待ち構えるのが、相模家でもポリシーらしい。

 真夜中に真新しいパンツを履く男が二人……何事も起きないわけはなく……。

 

 今度はお父さんの部屋から出てくる時に、わざとらしくお尻を押さえながら出てみようか。妹さんたち、どんな反応してくれるかな?



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 噂に違わずいい店だった、満足感はある。だが、どこか釈然としない何かが胸の奥に引っかかっていた。昼飯を食べ終え店から出た後に、ふと思ったことを口にする。


「……確かに美味しかったけど、『気まぐれ』具合が足りなかった」


「またどうでもいいことを言い出しますね……。」


「出てきたのがサーモンとキノコのクリームのパスタだっただろ?相模が頼んだ海老とキノコのクリームソースと具材も半分被っていたし味付けも同じだ。もっと気まぐれていてもよかった」


「もっとチャレンジングなパスタということですね?まあ、お店で出せるものには限界があります。……つまり先輩が期待していたのは、もっとチャレンジングな創作パスタということですね。それなら今度うちに来た時、私が作りましょう!『未来ミクの気まぐれパスタ』思い付きを添えて――を」


「相模の家で新米をご馳走してくれる話だったと思うんだけど」


「あ、そうでしたね。じゃあ『気まぐれごはん』……とうことは、炊き込みご飯がいいですかね?」


 パスタは諦めたようだが、気まぐれで作る流れは変わらない。せっかくの新米なら白いご飯で食べたい気もするが……相模の作る炊き込みご飯にも関心はある、早く食べてみたいものだ。


 ただ、釘を刺しておくけれど、闇鍋とは違うからな。隠し味にチョコレートなんて入れるんじゃないぞ。

 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 相変わらず休暇中の社員が多く閑散としたオフィスへと戻る。フロアの空調の音だけが低く響き、誰かがキーボードを叩く音すら耳につくほどだ。今日が終われば、明日は休みだ。手元のタスクを確認すると、十四時過ぎには本日分が片付く計算だ。ちらりと隣席を伺えば、相模がマウスをカチカチと鳴らすリズムは軽く、差し迫った案件を抱えている様子はない。今日は延長戦の心配もなく、定時で帰れそうだ。


 暫くして仕事を終えた私は時刻を確かめる。十四時だ、見込み通りの結果に満足する。それから椅子の背もたれに深く体を預け、軽く背伸びしてから隣の彼女に視線を向けた。すると、相模はまるで構ってくれる飼い主を察知した柴犬のように、ぱっと顔を上げた。


「……仕事終わっちゃいました。暇です」


 開口一番、彼女はデスクの下で小さく足をぶらつかせながらそう告げた。


「昨日と違って余裕だな……。本当に仕事ないのか?」


「ないです。何か仕事ください。今ならなんでもやりますよ?」


 相模はわざとらしく両手を広げて、ひらひらと手を振って見せる。


「なんでもいいのか?この職場はR18だぜ?ぐへへ……」


「わ、えっちぃのはダメですよ。そういうことは仕事が終わってからにしてください」


「仕事が終わってからならいいのかよ……。ああ、セクハラ禁止だったな。冗談はさておき」


 私は苦笑いしながら、彼女へ振れそうなタスクを脳内リストから検索してみた。だが、どれも中途半端なボリュームのものばかりだ。今から手をつけても、連休という断絶を挟めば「休み前にどこまで何をしていたっけ」状態になるのは目に見えている。


「……悪い。今すぐ頼めるちょうどいいサイズの仕事はないな」


「仕事がないから謝られるのも変な気分ですね」


 相模は手近にあったペンを指先でくるくると回し、退屈そうに視線を泳がせる。それにしてもペン回しが上手だな、と変なところに感心する。


「たまにはいいんじゃないか?こういう時間があっても。空いた時間で勉強したり、いつもの仕事を効率化できないか考えたりすることも立派な仕事だ」


「先輩も時間が空いてるんですか?」


 ペンを回す手が止まり、彼女の視線が私を捉えた。


「空いてる。正直、午後は半休をとっても良かったくらいだ」


「なら——」


 相模は身を乗り出し、声のトーンを一段階高めた。


「これから『国民的大人気RPG』について相談しませんか。まずは主人公の在り方から、で良かったですよね?」


 相模はいたずらっぽく、にっこりと笑う。それから「それじゃ」と、弾むような手つきでキーボードを叩きだした。ミーティングルームの予約だろうか。

 予想に反し数秒後、私の右下にポップアップが表示された。オンラインミーティングの開催通知だ。


「……おい。隣に座ってるのに、なぜオンラインなんだ?」

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