第6話 表と裏の事情⑤
「というわけで、今回の件の犯人は日向君。これでいい?」
CFOがさらっと言い放つ。
犯人がいるというなら、これは立派な事件だ。しかも共犯者は複数、被害者は自分である。いや、彼女らは私の上司として「裁判官」も「検察官」も兼ねている存在だ。私にこの重罪を押し付けた当の本人たちが犯人なのだから、控訴する権利すら残されていない。
「良くはないですが……。それより、シリーズは継続するんですね」
社内ではまだ、シリーズの今後を語ること自体がタブーに近い。半ばやけくそな気持ちで、アンタッチャブルな話題に踏み込んだ。
「当然よ。この会社はそのために生まれたんだから」
CFOは迷いなく即答した。
「でも、まだ彼——旦那には内緒よ。ひと通り泣きじゃくって、気が済んで……それから自分の『創りたい』を自力で取り戻してからの話。今『作って』と命じたところで、それはただの義務感にしかならないから」
社長に対する彼女の姿勢は、まるで我が子を見守る母親のようだ。厳しさを含んだ甘さの中に、確かな期待が透けて見える。
でも「頼む」じゃなくて「命じる」なのか、二人の関係性が垣間見える。
「愛されてますね、旦那さん」
わざとらしくため息をつき、おどけた調子で返す。そこには、社長へ揺るがぬ献身を捧げる彼女への尊敬も混じっていた。
「一度飼ったペットは、最後まで面倒見ないといけないでしょ。そんな感じよ」
照れ隠しだ。今日だって、呼び出した私を放置してさっさとランチに行くくらい社長のことが大好きなクセに。
……あれ。最近、似たような言葉を聞いたな。
私と相模のコンビについて、日向さんに言われたのだ「最後まで面倒見ろ」と。私と相模も、いずれあんな関係に行き着くのだろうか。
後輩の顔を思い浮かべて思考が逸れかけたとき、CFOのキャラクター「レイチェル」が椅子を蹴るようにして立ち上がり、壁のクエストボードへ歩み寄った。
「話はこんなところでいいかしら。久々に新しいクエストを始めるわよ。最近は経験値稼ぎの狩りばかりだったでしょ?」
レイチェルが、黒ウサに向き直る。彼女は黒ウサより頭一つ分背が高い。カメラを一人称視点に切り替えると、ちょうど目の前に胸が来るのがいい。ぺったんこだけど。
「まだ二つほど聞きたいことがあるんですが」
「何かしら?」
「一つ目は、本当に私がメインプランナーでいいんですか? 若手でもっと企画経験のある社員もいますよね」
返ってきたのは、拍子抜けするほど軽い笑い声と中身だった。
「名前がすぐに出てこなかったのよ、あなた以外。私は開発の現場に出ているわけじゃないから、とっさにね。日向君に人選を任せてもよかったけど、今回の話は私の依怙贔屓も混じっているわ。せっかくだからあなたの働く姿を直接見てみたくてね。だから気楽にやっていいわよ」
「贔屓とは思っていましたが、責任あるポジションを『気楽』にやっていいと言われるのは逆に怖いですね」
若手中心とはいえ、三年も開発期間を貰えば人件費だけで数億円規模になる。どうしても責任を感じてしまう。贔屓という言葉でカモフラージュされているが、彼女が私に託したいのは「覚悟」なのかもしれない。
「責任感を持つのはいいけれど、向ける方向を間違えちゃだめよ」
レイチェルが、クエストボードの隅にあった手配書を手に取りながら言う。
「彼も会社を創る前は言っていたわ。『自分についてくる奴らの人生に、責任が持てるのか』って。私は言ったの。『そんな責任なんていらない。あなたは作品を遊んでくれる人に対してだけ責任を取ればいい。それ以外は私に任せて』ってね」
その言葉通り、彼女は社長を支え続け、成功させ、会社を大きくしてきたのだ。「九九パーセント成功する女」という異名は伊達じゃない。
「有言実行ですね」
「今回の件はね、お金のことなら大目に見てあげるわ。けど……、あなたもいい年なんだから頑張りなさい。そろそろ三十歳でしょ?」
画面越しだが思わず視線を逸らす。最近の三十歳は若いんです、昔とは違うんです。それにまだ二十九歳ですと主張する。
「それから面倒ごとは日向君に任せてね、私は旦那の世話で手いっぱいだから」
社長は五十歳近いんですけど、いいんですかね、それで。喉元まで出かけたセリフを、私はどうにか飲み込んだ。
「今回はこのクエストにするわ」
レイチェルが、手配書を黒ウサに渡す。
【クエスト:女神の涙を集めよ】
――人々に見放され、信仰を失い天空へと還ってしまった女神。人々に忘れ去られても、その慈悲は消えず。彼女の涙は再び、荒廃した大地を蘇らせん。
かつて地上を慈しみ、人々の祈りを糧にしていた「豊穣の女神」の物語。人々が豊かになり、祈ることを忘れたため、彼女は力を失い天へと昇った。しかし、守り手を失った大地は次第に痩せ衰え、人々の心もまた乾いていく。
プレイヤーは、世界中に散らばった彼女の「涙」を集め、かつての実り豊かな大地を取り戻さなければならない。
「ところで、二つ目に聞きたいことはいいの?ないなら出かけるわよ?」
動きを止めた黒ウサの姿を見て、彼女が再び問いかける。
「二つ目ですか……そうですね……今、何キロです?『体重』」
「えっ」
「後輩の相模が今日、飯食べながら言ってたんですよ。『私の倍ぐらい』じゃないかって」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、すでに出社してPCディスプレイを眺めている後輩の姿を見かけた。彼女は朝が早い。私も早いほうだが、彼女はそれ以上だ。満員電車を避けるために、少し早めの電車に乗ってきているらしい。
周囲に他の社員の姿はまだない。これなら昨夜CFOから聞いた話を相模に伝えても大丈夫そうだ。聞かれると不味い内容も含まれているからな。
「おはよう。聞いてきたぞ、CFOに」
「おはようございます、先輩!」
「先に謝っておくが、CFOの体重が何キロかは分からなかった」
まずは軽くボケから入る。
「……えっ?」
「昨日言ってただろ、CFOは私の倍くらいだって。後輩の相模が気にしてるから教えてくれって頼んでみたけど、答えてくれなかったよ」
「ちょっと! 私の名前を使って意味のわからないことを聞かないでください!」
「おかげで相模の名前をバッチリ覚えてもらえたぞ」
「『本当ですかーやったー!』……ってなるわけないですよ! このままじゃ変な女扱いされちゃいます!」
実はCFOは前から相模のことは知っている。私が相模のトレーナになった際、あれこれ相談した時期がある。今回もCFOには話の前後をきちんと説明し、彼女を今回のプロジェクトに巻き込む予定だとも伝えてある。
「それよりカレー、ナン、ナニシマスカ?」
「今日のお昼もインドカレー屋に行きたいんですか?二日連続はちょっと」
「実はな、昨日、CFOもあの店に寄る気だったんだよ。ただ俺たちが先に入る姿を見て止めたそうだ。あの店、お気に入りみたいだから、通っていればCFOに会えるかもな」
話を振っておいてなんだが、私自身も二日続けてのカレーは避けたい。昨日から小麦粉系の食事が続いているので、米が恋しいのだ。インドカレーにライスでもいいのだが、できればバスマティライスではなく、粘り気のある日本米が食べたい。
「もう少し日がたってからにしましょう」
さすがにその選択肢はなかったようだ。
昼の候補が1つ減ったことを確認し、私は昨夜のCFOとの会話について本題の説明を始めた。
「——というわけなんだけど」
さすがに黒ウサの姿格好までは言わなかったが、いわゆる「ネカマ」であったことやCFOとは長い付き合いがあることを、説明する。
「CFOと十年の、関係っていうのも凄いですけれど、今回の話は結局コネなんですか? 年功序列って言われるのと、どっちがマシなんでしょうね」
「コネよりまだ年功序列と思われた方がマシだな。だから、この話は広めるなよ」
「入社もコネなんですか?」
ド直球が飛んできた。
「それは違う。入社式の役員挨拶のときに、初めて彼女がこの会社の偉い人だと知ったんだ。向こうも私と目が合った瞬間に、驚いた顔をしたのを覚えているよ」
「入社前に、オフで会っていたんですか?」
「さすがに悪いと思って、会う前にネタばらしはしたんだけどね。中身は男だって。それでも『会ってあげる』って言ってくれて」
「へぇー……」
「ネカマの大学生と四十前後の人妻の出会いだ。何事も起きないはずはなく……」
「……何が起きたんですか?」
「さすがは大人の女性だったよ、会うなりこう言ってくれた。『私で童貞を捨てる気だったんでしょ? オバさんでごめんね』って」
大人の女性に合わせようと、精一杯背伸びした格好で行ったのが仇となった。気合が入りすぎているように見えたらしい。
「それを捨てるなんてとんでもない!で、捨てたんですか? そのときに……」
「もしそのとき捨てていたら、入社式で目が合った瞬間に会社を辞めていたよ」




