第65話 エンディング
「ピーターテイルズじゃなくて、正しくは『ピーターティーズル』よ。それも『サー・ピーターティーズル』」
「……やっぱり、気づかれましたね」
気づいてもらえて、良かった。
ゲームタイトルについては、「ティーズル」が人名ということを知り、それ以上、意味の広がりを持たせられなかったため、「テイルズ(物語)」ともじったのだ、と説明を加える。隣で相模も一緒にうなずいた。
ちなみに「サー(Sir)」は敬称だ。こちらも主人公が子供ということもあり、あえてタイトルからは外していた。
「ということは、『レイチェル』の由来も理解しているってことね」
「はい。CFOの想いを理解しているつもりです」
十八世紀後半のイギリスに君臨した、十八戦無敗にして十一年連続リーディングサイアー(最高の種牡馬)に輝いた伝説のサラブレッド「ハイフライヤー」。
その母馬の名が「レイチェル」だ。
そして「サー・ピーターティーズル」は、ハイフライヤーの最高傑作であり、偉大な父に迫る、計十回のリーディングサイアーに輝いた後継者の名である。
「私をおばあちゃんにする気?」
CFOが笑いながら声をかける。
「そこまでの意図はなかったんですが……。でも、今回の作品をハイフライヤーからレイチェルまで繋がる血統のように位置づけたかったんです」
「あまり縁起のいい血統じゃないわよ。直系(父系)は滅んじゃっているもの」
ハイフライヤーの血統は、短期間に爆発的に普及しすぎた反動で「血の袋小路」に陥り、現代ではその直系子孫は残っていない。
レイチェルも生涯で1頭しか牝馬を生まず、それも死産だったため、牝系としての広がりもない。
「でも、世界中のサラブレッドでハイフライヤーの血を引かない馬はいません」
「……確かにそうね」
ハイフライヤーを母の父に持つ馬たちの活躍により、その血は姿を変え、現代の全サラブレッド『全て』に受け継がれている。
ひとつの名作から多くの派生作品が生まれ、そのエッセンスを継承した作品がまた生まれる。ゲームもそうやって進化してきた。
「ハイフライヤー」はクリエイターの間に多くの信者を生んだシリーズだ。
その影響は必ず後世に残ると信じている——。
そう説明を加えると、背後から声がした。
「その一言は、嬉しいね」
社長までが輪に加わってきた。
オンラインゲームの中で接しているCFOと違い、社長と話す機会は滅多にない。
思わず居住まいを正す。
「いつもゲームの中で彼女の相手をしてくれているんだろ? 緊張しなくていいよ」
社長が笑いかけてくれたおかげで、強張っていた肩の力が少し抜けた。
と同時に、聞き耳を立てていた周囲の人々に、私とCFOの関係がそれとなく知れ渡ってしまう。まあ仕方ないか。
「背後霊というキャラクターをシステムに組み込んだのは面白いアイデアだったね。感心したよ」
今や背後霊の人気は爆上がりしている。
かつて切り捨てたはずの「推し」がスターダムにのし上がる姿は眩しい。
一方で相模は「この人、見る目なかったなー」という冷ややかな視線を私に送ってくる。
「次のハイフライヤーに取り込んでもいいかな、と思ったよ」
続く言葉に周囲がどよめく。
真っ先に食いついたのは、我々の上司である日向さんだった。
「社長、いよいよ『V』の着手ですか! ぜひ、開発チームに参加させてください!」
この人も信者だったのか。
いや、これから作る作品のディレクターのはずだが?
「いや、その前にやることがあるよ」
「何でしょうか?」
日向さんが「『V』より重要なことがあるのか」と言いたげに聞き返す。
「ハイフライヤー『IV』のリビルド(再構築)だ。大型パッチを開発する。それがファンへの務めであり、クリエイターとしての責任だ。もちろん提供は無償で行うよ」
何年かかってもね、と付け加えてから社長はCFOに甘えるような視線を送った。
まあ、お金を出すのはCFOだからね。
「私を『一〇〇パーセント』成功する女にしてくれるのかしら?」
—— 九九パーセント成功する女。残り一パーセントはハイフライヤーの損切り。
それがネット投資家界隈における彼女の評価だ。
「いや、君はいつも完璧だよ。……私にとってはね」
社長の惚気話が始まった。
夫婦の熱気に当てられた私たちは、ふたりに改めて礼を告げ、そっとその場を離れることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「乾杯!」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
「ミミックちゃんにかんぱーい!」
一部、不穏な音声が交りながらも、懇親会という名の「決起集会」は最高潮の盛り上がりを見せた。
唐突に社長から発表された「ハイフライヤーⅣ」のリビルド宣言。
それに負けじと我々も「ピーターテイルズ」を作り上げる。
同時期に開発される偉大なる先輩への挑戦だ。
いつか、我々の冒険が武勇伝として残るようにと願いながら。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
宴もお開きとなり、相模と二人、駅に向かう。
道すがら、小さな公園の街灯の下で彼女を呼び止めた。
「相模」
「なんでしょう」
「お誕生日おめでとう。これ、プレゼントだ」
「……先輩、ありがとうございます!」
手渡したのは、宝箱をデザインした凝った作りのギフト用の封筒だ。
「何でしょう……変わった封筒ですね。よく見つけましたね」
相模が珍しそうに、封筒を上から下から覗き込む。
「開けてもいいですか?」
「ああ、どうぞ」
「まさか、名前を呼び捨てにする権利券じゃないですよね?」と笑いながら、相模は丁寧に封を切る。
「さすがにそこまで、せこくはないよ」
中に入れていたのはギフトカード。
「……トラベルギフトカードですか。今回の作品にちなんで、『旅』ということでしょうか」
封筒に入っていたカードたちを見つめて相模が問い返す。
「まあ、そんなところかな」
いや、違う。
「ちょっと聞きにくいのですが、いくら入ってます?」
「月給の三分の一ぐらい」
三ヶ月分じゃなく三分の一。
「え、そんなにですか!」
さすがに相模が驚く。
「今回手伝ってもらったお駄賃込みだ」
「本当にいいんですか……。でも、ありがとうございます。旅行は楽しいですよね。私はこの前、行ったばかりですが、また行きたいです」
相模の内心は、相変わらず読み切れない。
嬉しいのか、嬉しくないのか、それとも別の感情か。
「それで、旅の目的だけど」
「目的……、ですか?」
「目的はあったほうがいいだろ?」
「確かにそうですが……それを先輩が考えてくれるんですか?」
一度息を止め、大きく吐き出し、意を決する。
「俺の故郷に行かないか、一緒に」
「…………」
……あれ、無言だ。
不自然なほどの沈黙。
お互い無言のまま、そのまま時の流れに委ねる。
——沈黙を破ったのは相模の一言だった。
「いいんですか、本当に?」
「ああ。お願いする」
「私でいいんですか、本当に?」
「ああ。一緒に行きたいんだ、俺は」
「じゃあ、親の許可が必要ですね」
相模はいたずらっぽく目を細め、微笑んだ。
「お父さんとお母さんに旅へ出る許可を貰わないといけないですね」
「まるでピーターみたいだな」
「ピーター役は先輩に譲ります」
「おいおい、説得するのは相模の両親だぞ」
「アナザーストーリーです。私は背後霊ちゃん役でいいです。先輩が困らないように、後ろから助けてあげますから」
相模が、背後霊かー。
背中にくっつかれると、胸が当たって、ムラムラしそうだ。
……いや、実体がないから無理か?
駄目だ、背後霊のことを考えると思考が脱線する。
ここで言うべきセリフは——。
「そうだな、ありがとう。改めて言うよ。『これからも俺に憑いて(ついて)きてくれるかい?』」
いつかした会話と全く同じだ。「つく(憑く)」の字が違うんだけどな……。
「ついてきてくれる……って、やっぱり先輩は、私が一緒じゃないとダメっていうことですね。いやーどうしよっかなー」
相模はすぐに私の言葉の意図に気づいたのか、顔に笑みを浮かべてあの時と全く同じセリフを返す。
さっき、助けてくれるって言ったじゃないか。と、私は思わず苦笑いする。
まあいい。
『相模未来』という名の背後霊に憑りつかれた、私の……私たちの新しい物語が、今ここから動き始めるのだ、ロールプレイングではない自分たちの物語が。
—— その秋、私たちは恋と会議をしていた。 おかしな議事録付きで・・・ (完) ——




