第64話 プレゼンと……?⑨
「先に述べたように、プレイヤーが操作するのは物語の主人公であるピーターではありません。プレイヤーは背後霊、使い魔、ペットたちを操り、主人公を守られる弱者ではなく、プレイヤーがカッコよく活躍させる主役として機能させます。つまり、ピーターも戦闘に参加することとなります。では、プレイヤーが操作しないピーターの立ち位置とは何か?例えるならば、無敵の召喚獣だと思ってください。プレイヤーが準備した舞台の上で、最終的なとどめを刺させることで、主役として輝くカタルシスを演出します。一方で、ピーターが無敵であることは、ストーリー上の緊張感を失わせかねません。そのため、独自のパラメーターとして『服の汚れ』や『帰宅時間』を用意し、閾値を超えると親に怒られる説教イベントが発生するようにします。説教イベントの発生は、親からの信頼を低下させ、ゲームクリアから遠ざかることを意味します」
一気に話したせいか、喉に違和感を覚え、思わず咳払いをする。
飲み物で喉を潤したいところだが、あいにくと手元に用意がない。
飲み物を欲している私の雰囲気を察したのか、経理部員が親切にも、ドリンクを差し出してくれた。
……新たな『凄万』が現れた。
いや、これどうしろと。
出席者たちの視線が一斉に集まるのが分かり、これまでにない緊張感が走る。
そもそも、短時間に強烈な精力剤を三本も飲んで、私の体は大丈夫なのだろうか?
一瞬、脳裏にさまざまな考えがよぎるが、シンプル・イズ・ベスト。
私は自分のポリシーに従うことにした。
「出されたものは残さない」
——三度、『凄万』を飲み干す姿に、再びどよめきが沸き起こる。
経理部員が「おかわり必要ですか?」と目で尋ねてくるが、私は静かに首を横に振り、その好意?を謝絶した。
「一万円を超えたわね……。今晩大丈夫かしら」
CFOの呟きが聞こえる。ん? ああ、ドリンク代のことか。
いや、あなたが持ち込んだせいだから。
……っていうか「今晩大丈夫かしら」ってどういう意味だ?
まあ、言いたいことはわかるけど。
「今晩か……そういえば、今日は相模の誕生日だったな。言い忘れていたが、おめでとう!」
「えっ?」
日向さんの唐突な一言をきっかけに、一瞬の戸惑いの後、周囲から温かい拍手が沸き起こる。いや、温かいじゃなくて冷やかしか?
相模を横目で見ると、頬を紅潮させながら、みんなにペコペコと頭を下げていた。
そして、不意に私と視線がぶつかる。
おい、なんだ、その……何かを期待しているような眼差しは?
気のせいか、今の相模からは妙な妖艶さすら感じる。
経理部員が、まるで誕生日プレゼントのつもりかのように、相模の前に『凄万』を差し出した。しかも二本。
今晩使え、ということだろうか……。
——すっかり空気が変わってしまった中、プレゼンは続く。
「最後に国民的要素についてです。まずはストーリー。今作は『親を説得して、自分の意志で旅に出る』という、誰もが人生で一度は経験する精神的自立をテーマに据えています。これは子供が持つ、『早く大人になりたい』『外の世界を見たい』という純粋な憧れと冒険心を刺激します。一方、大人からは、『子供の成長を見守る』『子供の成長を影から支える』という親としての葛藤や、我が子の覚悟を試す『見守る愛』に共感が得られます。つまり、幅広い年代に楽しんでもらえる。このことは国民的要素として挙げて良いと考えています」
一息入れて……。
「次にプレイヤーが操作するキャラクターです。プレイヤーの操作するキャラクターは物語の主役ではありません。裏を返せば、その造形や設定における自由度が非常に高いということです。将来的に、社外リソースである『国民的大人気キャラクター』を操作用キャラクターとしてコラボレーション展開できる、受容性の高い土壌を有しています」
次で……長い説明の終わりだ。
「最後にゲーム構造です。今作は物語の主人公と操作対象を分離したことにより、プレイヤーが主人公であるピーターを『我が家のピーターとして応援したくなる対象』として定義しています。自分ではなく、『自分が大切にしているもの』『見守っているもの』この存在は第三者に共有したくなる構造であり、現代のゲーム配信文化やSNSでのプレイ動画シェアなど、現代の風潮である承認欲求文化と高い親和性を有しています。以上をもちまして、今作で求められた国民的要素への回答とさせていただきます」
「以上が今作の企画概要となります」
拍手が沸き起こる。
途中、おかしな空気になったが、なんとか最後まで説明しきった。
自分を褒めてやりたい。
満足げな表情を浮かべる私に、再度、経理部員が「お疲れ様」とでも言うように『凄万』を差し出してくる。
……いったい何本あるんだろうか?
「因幡さん、ありがとうございました。続いて質疑応答の時間となります。質問がある方は挙手してください」
「はい」
和泉ちゃんが挙手する。
相模が仕込んだサクラだ。
「チャーハンの描き分けはできるようになりましたが、『太鼓焼き』は無理です。諦めてください」
太鼓焼き……?なんだ、それ?
出席者がざわつく。
「いや、うちの地方では『大判焼き』だから。それに今は質疑応答の時間です。要望は後日、承ります」
ああ、「アレ」のことか、と出席者たちが納得して落ち着く。
続いて、システム担当の長門さんが手を挙げる。
これも相模が仕込んだサクラだろう。
「では長門さん、どうぞ」
「因幡さん、体調の変化はありますか?どこか凄くなってませんか?」
「いや、なってないから。この後は分からないけど」
「この後……ゴクリ」
いきなり話が脱線した……。さすが相模の同期。
いや、事前に用意していた質問はないのか?
続いて……ん?石見が手を挙げている。
ろくな内容じゃない気がするが、石見を指名する。
「なんで全年齢版なんですか」
「お前がいるからだ。歯止めが効かなくなる」
「ひでぇ」
「はい、次の方」
「はい——」
しらけた空気にならないかと心配していたが、活発に質問が飛び交う光景に一安心する。
「なんで『背後霊』なんですか。『守護天使』では駄目なのでしょうか?」
「そんな綺麗な存在じゃありません」
「背後霊は生きてるんですか?死んでるんですか?」
「私たちも考えましたが、そっとしておくことにしました」
「背後霊の布が破れると、どうなるんですか?」
「死にます。もっとも、もともと死んでいるのかもしれませんが」
質問が背後霊に集中する。いや、君たちもっとゲーム性を気にしろよ。
「物語の主人公は性別を選べるとありますが、女の子主人公の名前はないのですか」
「あります。ピーコです。仮称ですが」
「ピーコに双子の兄弟はいませんか?」
「いません」
「予算はどれくらいを考えていますか」
「CFOの考え次第ですが、概ね、日経平均株価と連動していると考えてください。株価が上がれば、その分、予算も増えます。多分」
「ゲーム制作にあたり新しいAIを導入したいのですが」
「導入は可能です。ただし、『そのお金を投資に回せば、もっと儲けられるのに』と考えているCFOを説得する必要があります」
社長が吹き出す。
「CFOなら言いそうだ」と笑っている。
いや、本当に昨日、CFOからこの言葉を聞いたんですけど。
CFOを見ると、彼女も笑っている。
続けてオチとしていじられたことを気にする素振りではない。
むしろ、喜んでいる気がする。
「——他に質問がある方、いらっしゃいますか。ないようでしたら最後に……」
気づけば、質疑応答が、予定時間の十分を過ぎている。
最後は長いプロジェクトの『道標』となる言葉を説明。
肥後さんの一本締めで閉会となる予定だ。
予定だったが——。
「僕から少し質問をしてもいいかな」
思わぬ人物が挙手したため、相模が硬直する。
——社長だった。社長の隣に座るCFOも少しばかり驚きの表情を浮かべている。
硬直する相模を見て、私は頷く。「構わない」と。
「では、社長、お願いいたします」
「うん、ありがとう。まずはお疲れ様。良くまとまっていたよ。それで、質問だけど……」
社長の言葉を待つ。
「このゲームは君たちが作りたいと思ったものかい?」
予期せぬ質問に戸惑う。
「はい」と答えれば角は立たないだろう。だが、別の答えは用意してある。
「はい。ただし現段階では、ですが」
「現段階?」
思いもよらぬ回答だったのだろう、社長が改めて問いを重ねる。
横目で相模を見ると、大きく頷いた。
すまん、セリフをもらうよ。
「今回のプロジェクトメンバーは若手中心です。そのため、私と相模は道標となる言葉を考えてきました」
『何が面白いか、こだわりを持ちなさい』
『お互いの妄想をぶつけ合いなさい』
『対立を乗り越えて、より面白くなることを考えなさい』
「つまり、今回発表した企画は現段階のこだわりに過ぎません。これからみんなと話し合って、もっと面白い作品を作る。私が作りたいものは、それです」
一呼吸入れる。
「それが、作品を遊んでくれる人に対しての責任と考えています」
——CFOがハッとした表情を見せる。
そう、この言葉は彼女が若き社長に対して発した言葉だったから。




