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第63話 プレゼンと……?⑧

 こう来たか……。


 少なからず緊張しながら訪れた、大画面プロジェクター付きのキックオフミーティングの会場。そこには整然と机が並べられ、その上にはCFOからの差し入れと思われるドリンクが置いてあったのだが……。


 私と相模の席に置かれたドリンクだけは、明らかに特別製だった。



『凄万(すごまん)』



 例のアレ(男性用精力剤)の凄いヤツだ……。

 文字通り『桁』が違う。


 いや、九から万へと飛びすぎだろう。

 ご丁寧に、周囲からよく見えるよう箱まで飾ってある。


 私と相模が呆然と机の上を見つめている間にも、日向さん、肥後さん、そしてプロジェクトのメンバーが続々と入室してきた。


 やがてCFOがやってきて、「差し入れよ」とだけ言い残し、優雅に自分の席に着いた。続いて入ってきた社長は、机の上のドリンクを見るなり「おっ、いいものを差し入れるね」と嬉しそうにCFOへ声をかけ、着席した。


 もしかして愛飲者なのだろうか?


 会場の設営を手伝ったと思われる経理部の社員を含め、出席者たちは全員が必死に笑いをこらえている。当然、私と相模の『噂』も知っているのだろう。


 相模が「ラスグッラの仕返しですかね……」とポツリと呟く。


 メンバー全員が席に揃った。


 それを見届けたCFOは、ニヤニヤと込み上げる笑いを隠そうともせず、開会の挨拶のためにマイクを握った。


「アイスブレイクは終了よ。じゃあ日向君、あとはよろしく」


 ——こうして、なし崩し的にキックオフミーティングが始まった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「まず今回のプロジェクトの趣旨ですが、一番の目的は新作の開発を通じた社員の成長にあります……」


 CFOからの無茶ぶりにも動じず、日向さんが朗々と今回のプロジェクトの目的を説明し始める。


 場数を踏んでいるだけあって、話がうまいな、と思う。


 ふとCFOを見ると、何やらスマホを触っていた。

 すると、私のスマホにチャットが届く。


『緊張は解けたかしら? それから相模さん、誕生日おめでとう』


 そのまま隣に座っている相模に画面を見せ、二人で顔を見合わせて苦笑いした。

 それからCFOに視線を送り、大きく頷く。


 確かに緊張は解けた。

 解けたどころではなく、脱力しており、気合を入れ直す必要がある。


 視界に入ったアレが主張している。


『私を使え』と。


 ——そして私は、『凄万』のキャップを開け、一気に飲み干した。


 この行動には、CFOも驚きの表情を隠せなかった。

 出席者からも、どよめきが沸き起こる。


 隣の相模を見ると、意を決した表情のままキャップを開けている。


 さすが相模だ、私に続く気か……と思ったら、開封済みの『凄万』をそのまま私に手渡してきた。おい、自分で飲むんじゃないんかい!


 しかたなく、もう一本、一気に飲み干す。


 この光景には、CFOの隣にいる社長もビックリだ。

 口をあんぐりと開け、驚愕の表情を浮かべている。


 私の姿を横目で見た日向さんも、思わずスピーチを噛む。


(あなたの思惑は超えてみせましたよ、CFO)


 脳裏に意味もなく格好いい言葉が浮かぶ。


「——以上です。……それから、因幡。覚悟しておけよ」


 あ、日向さんの挨拶が終わったようだ。

 あと、どうやら私は怒られるらしい。


「続いて、メンバー紹介となります。部署や年齢に関係なく、『あいうえお』順で紹介したいと思います」


 何事もなかったかのように、相模がアジェンダに沿ってメンバー紹介を始める。


「まずは和泉さん。デザインを担当していただきます。最近『しっとりチャーハン』と『パラパラチャーハン』の描き分けができるようになったそうです。凄いですね。シナリオ担当は、ぜひ、チャーハンを作るシーンを取り入れてください」


「……そんなことが可能なのか?」

「意味が分からないぞ」


 そんな呟きが周囲から聞こえる。

 一方、和泉ちゃんは相模から褒められて、照れくさそうな表情を浮かべていた。


「続いて石見さん。システムを担当していただきます。ちなみに今回の作品は全年齢版です。以上です」


「紹介じゃなくて注意かよ!」


 石見がおどけると、周囲から笑い声が起こる。

 これは最年長者として場を盛り上げようという、石見なりの気遣いだろう。


 目が合ったので、私は軽く頷き、お礼の代わりとした。


「続いて……」


 相模の紹介はテンポ良く続いていく。


「……最後は、プランナーを務める、因幡さんと私、相模です。私たちは僭越ながら、プロジェクト開始に先駆けて、企画案をまとめてきました。これから皆さんに説明をいたします。それでは先輩、今回の作品のタイトルをどうぞ」


 手元のPCを操作し、用意していたスライドをスクリーンに投影しながら、タイトルを告げる。


「今回の作品のタイトルは『ピーターテイルズ』です。子供の成長と親からの自立を描きます」



 ——CFOを見つめると、彼女は何やら考え込んでいるような顔をしていた。

 

 さて、私たちの想いに気づいてくれたかな?



「まず、今作のゲームスタイルは、オープンワールド・アクションRPGです。これは日向さんも述べたように、ハイフライヤーのアセットを最大限活用するためです」


 ハイフライヤーという言葉が出るたびに、社長が反応しているような気がする。

 やはり、思うところがあるのだろう。


「そして、今作のテーマは、繰り返しますが、子供の成長と親からの自立です。主人公の目的は、離れ離れになった親友と再会するために旅へ出ること。その許可を得るため、主人公、『ピーター』が、親からの信頼を勝ち取り、最終的に『親』という大きな壁を超えて自立していくプロセスを主軸に据えています。ただし、ゲーム中の操作対象はピーターではありません。プレイヤーが操作するキャラクターは、物語の主人公であるピーターが、カッコよく活躍するための、お膳立て役に特化させます。主人公を間接的に支援・誘導する役目です」


 スライドを切り替えながら、説明を続ける。


「つまり、物語の主役と操作主体を分離・逆転させることによって主人公をサポートする、いわば『名監督・名プロデューサー』のような新しい全能感を提供することが狙いとなっています。といっても言葉だけではピンとこないでしょうから、皆さんが想像しやすいようなイメージラフを作成しています。キャラクターの紹介も兼ねて説明します」


 物語の主人公であるピーターを背に、プレイヤーキャラたちが戦闘しているイメージラフを数枚続けて映す。ただし背後霊は映さない、次のネタのためだ。


 最後はピーターが必殺技『アイスブレイク』を決めるシーンのラフ。

 ラフと言っても、単純な線画ではない。


 こちらは、ハイフライヤーから引っ張ってきた素材データをAIに投入して作成させた、完成版と言われてもおかしくない出来映えのものだ。


 デザイン担当の周囲からも感嘆の声が上がる。


 ——ちなみに使い魔ちゃんが空中を飛びながら戦っているシーンも描いていたが、当然、使い魔ちゃんのスカートの中は『ブラックホール』にした。


 石見を見ると、ブラックホールに気づいたのか、残念そうな顔をしていた。

 何度も言うけど、全年齢版だからな。


 あ、でも開発期間中はパンツが見えるようにして、リリース時にブラックホールへ変更すればいいのか。ただ、和泉ちゃんに「ちゃんとパンツも描いて」というのはセクハラになりそうだな。


 他のデザイン担当に頼んでおこう。


「続いてキャラクターの紹介です。まず物語の主人公であるピーターは——」


 ピーター、使い魔ちゃん、ペットの順にキャラクター設定を述べていく。

 反応も悪くない。


「最後のキャラクターは背後霊です」


「はっ?」


 思わぬキャラクターの出現に、みんなの目が点になる。


「もちろん、戦闘にも参加しますが、役割はそれだけではありません。主人公ではなく、特定のNPCに一時的に取り憑いて操り、主人公のために状況を打破させるための存在でもあります。つまり、プレイヤーがストーリーへ介入するためのギミックとしての存在価値です。その他、背後霊の細かな設定への突っ込みについては、後ほどの質問時間にお受けします」


 存在価値を強調する。


 ここまで言っておけば、世界観に合わないからといって、あとでリストラされることはないだろう。もっとも、最後に決断を下すのは、私の役目だが。


「続いて、世界観とストーリーです。世界観は、優しいけれど甘くはない世界、舞台はサーカス団。ちなみにサーカスのアセットもハイフライヤーからの流用です。まさか、『Ⅳ』のサーカスを見たことがない社員はいませんよね?」


 見渡すと数人の社員が、目を逸らしている。

 社員にあるまじき存在だが……仕方ない。


「サーカスは『Ⅳ』の六章、『ニューマーケット』の街で見られます」


 正面を見ると、社長が頷いている。


「それから、動物園も『Ⅳ』の三章で訪れる『タタソール』の街の外れにあります」


 再び正面を見ると、社長が「えっ?」と驚いた顔を浮かべている。


 作った張本人たちでも気づいていなかったのか……。

 いつの間に誰が作ったんだ?


 改めてハイフライヤーの制作現場が『魔界』だったことに想いを馳せる。


「……話が逸れましたが、使い魔や幻獣が看板スターとして活躍するサーカスを舞台に据えることで、主人公の身近に異形のキャラクターが存在する不自然さを解消しています。また子供の足では困難である街から街への移動についても、サーカス公演の一環として違和感なく描くことを可能にしています。ただし、チャーハンを違和感なく、どう出せるかは考えていませんので、そこはシナリオ担当のお二人にお任せします」


 軽くボケる。


 シナリオ担当の加賀君、能登さんの顔を見ると、「えっ、本当に出すのか?」という顔をしている。うん、後は任せた。


「ストーリーは以下の展開を考えています。まず約束を交わした親友との別れ、次に悲しみからの立ち直り。そして、親友に再度『会いたい』という気持ちの昂ぶりを描いた上で、両親から旅に出る許可を貰えるよう、奮闘する姿を描きます」


 ここもAIに作らせたイメージ図込みで説明する。


 異なるセッションでAIに作成を依頼したせいで、若干、先程見せた絵柄と違うのだが……、勢いで押し通す。


「そして、ラストバトルです。ラスボスは『両親』です。当然ながら『子供の一人旅は危険すぎる』と両親は猛反対します。ピーターは決意と覚悟を見せるため、両親はその決意と覚悟が『本物』か確かめるために戦いへ挑みます。ここで描きたいのは、両親を乗り越えて自立した主人公、ピーターの姿です。覚悟を持って送り出す両親に見守られながら、親友のもとへと旅立つ姿を描きたいと思っています。こちらはシナリオ担当のお二人を交え、深く話し合っていきたいと思います」


「えっ?チャーハンと扱いが違いません?」


 ここで相模がボケを入れるが、スルーする。

 いや、もっと他にボケるタイミングがあっただろう?


 案の定、滑る。


「ここまでアイス……」


 皆まで言わせない。言葉をかぶせていく。


「次にゲームサイクルとシステム……」


 

 ——プレゼンは続く。

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