第62話 プレゼンと……?⑦
「因幡は、AI任せで面白いゲームを作れると思うか?」
日が変わり、完成したプレゼン資料のレビューを終えた後のことだった。
一息ついた日向さんが、不意にそんな問いを投げかけてきた。
レビューでは何点か細かい指摘をもらったものの、全体的な構成と内容については「問題ないだろう」とお墨付きをもらっている。
「いや、まだ無理でしょうね」
「なぜそう思う?」
日向さんの目が、少しだけ細くなる。私を試している時の目だ。
「人間側が、『面白さ』という概念を正しく言語化・数値化できていないからです」
「なかなか興味深い視点だな。──ただ、俺も同意見だ」
「どういうことですか?」
話についていけなくなったのか、相模が小首をかしげて尋ねる。
「いい学習元がない、ということさ」
「学習元、ですか?」
「一応、世の中には溢れているんだけどな。ただ、AIの学習元となるデータが、ゲームの場合は尖りがちなのが問題なんだよ」
日向さんの意図を先回りするように、私も会話に加わる。
「ゲームについてネット上に転がっている意見って、極端なものが多いということですね。だから、学習元には向かないと」
クソゲーと叩かれる作品ほど、悪口のバリエーションは豊かで意見もあふれやすい。じゃあ、その批判の真逆を実装すれば面白いゲームになるかといえば、決してそんなことはないのだ。
「うん、半分正解。で、残りの半分は、ユーザーの意見の中に『どこにコアな面白さがあり、なぜそれが成立しているのか』を構造的に論じているものが少ないからさ」
今度は日向さんが続ける。
「文学や音楽といった、歴史のある芸術分野との違いですかね」
「そう。ゲームの世界には、批評の『権威』と言えるようなプロの評論家もまだ少ないしな」
「あれ? でも、海外の批評サイトのスコアとかはどうなんですか? ゲームの面白さ、レビューを基にバッチリ数値化されてる気がしますけど……」
疑問が湧いたのか、相模が身を乗り出して口を挟む。
「じゃあ相模、『評価の数字が九十点以上になるゲームを作ってください』とAIに頼めば、面白いゲームができると思うか?」
日向さんが、あえて意地悪な質問を返す。
「いえ、それは無理というか……そうですか、指標が大雑把すぎるんですね」
「その通り。面白さを分析するための要素データが圧倒的に足りないんだ。そもそも何が要素なのかが、つかみ切れていない。それに、さっき文学や音楽を比較対象に出したけれど、ゲームはそれらと比べて構成要素がはるかに複雑だからな。特にRPGはその傾向が強い。映像があり、シナリオがあり、サウンドがあり、そして何よりプレイヤーの『操作』がある。あらゆるエンタメが積み重なった多重構造なんだよ」
「そう聞くと、AIが一本の面白いRPGを丸ごと作っちゃうなんて、もう少し先の話になりそうですね」
「まずは、精度の高い批評ができるAIを作るのが先だろうな。……まあ、その後に『ディレクターAI』や『シナリオAI』といった専門特化型のアシスタント同士が協調して分業できるようになれば、あっという間に人間に追いつくかもしれないけどな」
「そうなったら、私たちの業界も大変ですね」
「業界自体は続いていくんだろうけどな。ただ、俺たちの仕事は、なくなっちゃうかもな」
日向さんはそう言って、楽しそうに笑った。
来るなら来い、とでも思っているのだろうか。
それとも、いつか現れるAIに対して、自分自身が先駆者として最高の『学習元』になってやろうとでもいうのだろうか。
「日向さんは、AIに負けない自信があるんですか?」思わずそう尋ねてみたが、
「さあな」と一言だけ口元を緩め、それ以上は笑って答えてくれなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いよいよ今週ね」
「はい、いよいよです!」
いつものように『天界のプラネットオンライン』にログインし、CFOとのゲームプレイを楽しむ。今日も私たちのパーティーには相模が加わっていた。ただし今夜は私の家からではなく、相模の自宅からだ。
実は「プレゼンの準備で忙しいだろうから、今週の定期プレイはスキップしようか」と、事前にCFOから気遣いのメッセージをもらっていた。
しかし、すでに資料を作り終え、日向さんの最終レビューまでパスしていると返したところ、さすがの彼女も驚いていた。
「AIねえ……」
仕事が早く終わったのは、AIのおかげだというと、彼女はボソッと呟いた。
「何か思うところがあるんですか?」
相模が尋ねる。
「正直、聞き飽きてきたのよね。業務改善のためにAIを導入するから投資させてください、経費を使わせてくださいって」
「すみません」
AIを多用している身として、思わず謝ってしまう。
「別にお金を使うのはいいのよ。トータルで見れば会社の利益に貢献するでしょうし。ただ……」
「ただ?」
「AIに使うはずのお金を私が投資に回した方が、リターンが大きいのよ。だから、もやっとするわ」
「……」
彼女の自信に絶句するが、言っていることは事実に近い。
現に今の会社は彼女の投資の腕に支えられている。
今更ながらに、なんでこの人は会社を(実質的に)経営しているんだろう、と思ってしまった。
「レイチェルさんは、なんで働き続けるんですか? もう十分な資産を持っていますよね?」
相模が、少し聞きづらいことに踏み込む。
「あら、あなたたち、給料いらないのかしら」
「すみません」
相模に代わって謝る。
わが社は引き続き営業赤字だ。働けど本業では儲けがでていない。
「そうね……これは自分へのご褒美なのよ」
「ご褒美ですか? 自分へのご褒美と言ったら、普通はスイーツじゃないんですか?」
相模の戯言を無視して、CFOは言葉を続ける。
「私も旦那が作るゲームのファンなのよ。だから会社を続ける」
「ご褒美のスケールが違いますね……」
「あなたたちも私がファンになるようなゲームを作ってくれることを期待しているわ。……そういえば、タイトルは決まったかしら」
「はい!決まりました」
相模がそう答えると、画面上で相模が操作する「白ウサ」の動きが止まった。
同時に私宛にフレンドチャットが届いていた。
『タイトルを教えてもいいですか?』
私は返信せず、そのまま会話を続ける。
「はい、決まりましたが、当日まで秘密にします」
「あら、ケチね。……じゃなくて、また何か企んでいるのかしら」
「企むなんてとんでもない。あ、そういえば日向さんから聞いていると思いますが、キックオフの最初の挨拶はお願いします」
「何かごまかそうとしているわね……まあ、いいわ。あと、当日は飲み物の差し入れぐらいしてあげるわ」
「ありがとうございます」
「ちなみに明日は私の誕生日です!」
相模がCFOの言葉に乗っかる。
「そう、おめでとう。あら、この言葉はまだ早いかしら?……じゃあそのことも考慮して差し入れを用意しておくわ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
——いよいよキックオフの前日。
私は相模の司会練習に付き合っていた。
「これより国民的大人気RPG制作キックオフミーティングを始めます。司会は私、相模が務めます。議事録は会議ツールのAIさんにお任せしますので、発言はハキハキとお願いしますね」
「いつもと変わらないじゃん」
「みんながこのセリフを聞くのは初めてだからいいんです」
「アイスブレイクは入れるのか?」
「入れません。滑った時に『ここまでアイスブレイクです』と言ってごまかします」
「さすがだな」
「あとは先輩が作った予定通りの進行です」
相模がメモを見せる。ほぼ最初に私が作った予定通りだが……。
① 開会の挨拶(五分)
・CFOから挨拶。
・日向さんより今回のプロジェクトの目的を説明。
② メンバー紹介(十分)
・私から各メンバーへ期待することを伝える。
③ 企画説明(三十分)
・先輩が資料に沿って企画の概要を説明する。時々ボケる。
④ 質疑応答(十分)
・最初は同期の和泉ちゃん。
⑤ 締めの挨拶(五分)
・道標の説明。
・肥後さんから締めの挨拶と一本締め。
「時々ボケるって何だ?」
「先輩が説明している間、私の出番がないので。ネタを振ってもらってもいいですよ」
「いいけど、滑るなよ?」
「滑ったら、『アイスブレイク』で流れを断ちます」
「いや、断っちゃダメだろ」
「その調子です!」
「あと、一本締めって何だよ。肥後さんに伝えてあるのか?」
「普通の挨拶だけだと、締まらないじゃないですか?だから最後は勢いをつけたいんです。肥後さんには、これからお願いに行きます」
飲み会の幹事感覚だな……ホントに大丈夫だろうか。
——私の心配をよそに、いよいよ舞台の幕が開ける。




