第61話 プレゼンと……?⑥
「先輩、プレゼン資料の作成は順調ですか?」
「ああ、順調だ」
今日は朝からプレゼン資料作りをずっと続けている。
AIの支援を受けながら進めていることもあり、作業は恐ろしいほど捗っていた。
「先輩、何か手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ」
優秀なAIアシスタントのおかげで、私の手元に残っているタスクはもう残りわずかだ。
「先輩、何かすることありませんか?」
「いや、大丈夫だ……って。あれ? ひょっとして」
「はい。やることなくなっちゃいました」
「みんなの紹介文は?期待することを書いてるんだろ」
「もう書き終わっちゃいました」
「早いな……どれどれ」
画面を覗き込んでみると、結構よくできている。
特に石見の紹介文が傑作だった。
「石見のこれ、すごいな」
「はい。人柄はよく先輩から聞いてますから」
相模の残したメモには、こう書いてあった。
『今回は全年齢版です』
「いや、でもこれ、期待することじゃなくて、ただの注意じゃないか?」
「オチをつける役は必要ですよ」
うわ、酷い。
仮にも先輩社員なのに……。
「うん、まあいいや。今の石見は文句言えないだろうしな」
例の妙な噂の片棒を担いだ犯人だし、これくらいの扱いは自業自得だろう。
「それで、次の仕事が欲しいと」
「はい、そうです」
要するに相模は暇になってしまい、私にかまって欲しいらしい。
ただ、今の段階で手伝ってもらえることはあまり残っていなかった。
「じゃあ、想定問答を考えてくれないか?」
プレゼンで私たちの企画説明が終わった後、質疑応答の時間をとってある。
予想される質問について、あらかじめ回答の準備をしておきたいのだ。
「それももう終わっています」
「えっ?」
「はい、これがそうです」
「どれどれ……」
手際よく提示された画面をスクロールする。
Q.ピーターの武器は何ですか?
A.傘です。物語が進むにつれ、木刀や金属バットに変わります。
Q.背後霊の布の素材は何でできていますか?
A.木綿です。それ以上深く考えるのは禁止です。
Q.使い魔のアクション『誘惑』はレーティングに引っかかりませんか?
A.石見さんが変なことを考えなければ問題ありません。
「どうですか?」
「うん、酷い。質疑応答じゃなくて、ボケのネタ帳になってる」
「これは、わざとですから」
「わざと?」
「はい。これくらい柔軟に物事を考えてもいいですよ、という意思表示です」
「そういう問題かな……」
「じゃあ、真面目な方はAIさんに考えてもらいますね」
相模は苦笑する私を横目に、企画書のファイルをアップロードし、想定問答の作成をAIに依頼した。
数秒ののち、画面に整然としたテキストが滑り出してくる。
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1. コアシステム「お膳立てバトル」に関する質疑
Q. プレイヤーが直接敵を倒せない「お膳立て」は、最初は新鮮でも、中盤以降「まどろっこしい」「爽快感に欠ける」と感じられて飽きられないか?
A.「お膳立て=パズル解法のカタルシス」として定義します。プレイヤーの行動がピタゴラスイッチのように連鎖し、最終的に主人公が「ワンポチ」で画面内の敵を一掃するような、『軍師やピタゴラ装置の設計者』としての圧倒的な全能感を演出することで、直接殴る以上の爽快感を作ります。また、主人公の成長に伴って「お膳立ての要求難易度」が下がり、主人公自身が自立していくプロセスをバトルでも体現させます。
Q. 主人公は「無敵」で、HPの代わりに「服の汚れ」「帰宅時間」が制限とのことだが、これではバトルの緊張感が薄れないか?
A.「命の危機」ではなく、「絶対に負けられない日常のルール」がもたらす独自の緊張感を狙っています。全年齢層、特にライト層にとって「HPが減る」よりも「夕方のチャイムが鳴る」「服が泥だらけになって親に怒られる」というシチュエーションの方が、直感的に『やばい、急がなきゃ!』という焦燥感を煽ります。マイルドに見えて、実は時間制限に追われるシビアなリソース管理ゲームとして機能させます。
2. 開発・アセットに関する質疑
Q. 開発アセット「ハイフライヤー」を使用するとのことだが、これは本来「高速移動や高速戦闘」に特化したアセットでは? サーカス団の徒歩移動や、子供のいたずらレベルの地味なギミックと親和性が高いと言えるのか?
A.「だからこそ、サーカス団という設定が生きます。空中ブランコやアクロバット、使い魔たちのダイナミックな動きにこのアセットをフル活用します。また、一方で、広大なオープンワールドを『子供の足』で移動するとダレるため、こじんまりしたマップとすることで、オープンワールドの探索ストレスを解消します」
3. シナリオ・ターゲットに関する質疑
Q. 「子供の成長と親からの自立」がテーマで、ラスボスが「両親」というのは、ファミリー層向けとして後味が悪くならないか? ユーザーが親を攻撃することに抵抗感を抱かないか?
A.「これは『打倒』ではなく、親子の『対話と卒業の儀式』です。両親のHPをゼロにしても、彼らが血を流して倒れるわけではありません。子供の成長を認め、笑顔で涙を流しながら『強くなったな、行ってきなさい』と送り出すためのバトルです。ユーザーが戦うのは両親の『愛の深さと壁の高さ』であり、決戦後のエンディングでは、むしろ親子でプレイしているユーザーほど涙する、最高の感動演出を用意しています」
Q. 主人公と親友の「性別選択制」は没入感を高めるが、固定の熱いストーリー(固定シナリオ)を描く上で、セリフの分岐や関係性の描写(恋愛に見えるか、友情に見えるか)がブレて、シナリオが薄まらないか?
A.「あえて関係性の定義をプレイヤーに委ねます。『約束を果たすために旅立つ』という動機は、友情であっても愛情であっても普遍的です。セリフのテキスト自体は大きく変えず、選択した性別によってモーションや距離感の演出(手を握る、肩を組むなど)を微調整することで、プレイヤーそれぞれが『自分だけの最高の物語』として解釈し、SNS等で語り合いたくなる『余白』を残す設計にしています」
4. ビジネス・マーケティングに関する質疑
Q. 企画書に「国民的大人気キャラクターとのコラボ展開が可能」とあるが、世界観が「サーカス団」に固定されていると、外部キャラクターが浮いてしまわないか?
A.「サーカス団だからこそ、どんな突飛なキャラクターでも『新しく入団してきた謎のスター・珍獣』として違和感なく溶け込ませることができます。また、プレイヤーキャラクターは『物語の主役』ではないため、シナリオの根幹を汚すことなく、バトルや探索の性能、あるいは見た目のバリエーションとして、非常に高い自由度でコラボキャラを組み込むことが可能です」
Q. 全滅時のペナルティが「実家に帰って親に慰められる(デスペナルティなし)」だと、ゲームオーバーを恐れず、雑なプレイが増えるのではないか?
A.「現代のライトユーザーは、シビアなデスペナルティ(お金が半分になる、セーブからやり直し)があると、そこでゲームを辞めてしまいます。本作の『親に慰められる』演出は、ゲーム的な損害はありませんが、プレイヤーに『やらかしてしまった……次はもっと上手くお膳立てして、ピーター(主人公)に格好いいところをあてがってあげよう』という、精神的な『悔しさ』と『母性・父性(保護欲)』を刺激します。安易な全滅を減らすインセンティブとしては、これで十分に機能します」
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確かに聞かれそうなことと、まともな回答が理路整然とまとめられている。
これを数秒で作られたら人間のやることがないな……。
相模を見ると、口をぽかんと開けている。
まさか、ここまでしっかりした回答が出てくるとは思っていなかったようだ。
「もう口先じゃ勝てないな」
「ええ……」
「じゃあ、勝てそうな相手に想定問答を作らせるか」
「?」
「『AI相模さんmkⅡ』だ」
「あのAI、まだ生きて……残ってたんですか」
今、生きてたんですか?って言おうとしただろ。
「まあまあ、そう言わずに。試してみようぜ?」
私が作成している、相模の発言を学習させたAIエージェントに想定問答の作成を依頼する。
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「下郎がこの私の考えに口答えできると思って?許しませんわ」
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「……」
「……」
沈黙が流れる。
どこでどう間違えたんだろうな。
私は相模の冷たい視線から目を逸らしながら、カスタムエージェントの設定ファイルを開いた。
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SKILL.MD
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- あなたは優秀な悪役令嬢です。
- ユーザーから渡された質問を分析し、以下のステップで回答を考えてください。
1. お嬢様らしく気高さを感じる言葉で回答してください。
2. 罵りの言葉は「ご褒美」です。
3. 出力トークンは可能な限り節約してください。
4.放置プレイは禁止です。
(中略)
255.スリーサイズを聞かれたら、ウェストは五十八センチと答えてください。
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横から画面を覗き込んできた相模から怒られるかと思いきや、完全に呆れ果てた顔で私を見られている。
「多分、三番目の「節約」が効きすぎて、回答が短くなったんだな」
創造主の懐具合を気にするなんて、親孝行のいい娘じゃないか。
三番目のプロンプト(節約)を試しに外して、再度同じタスクを依頼する。
——今度はかなりの長文で徹底的に罵られた。




