第58話 プレゼンと……?③
資料作りで目が疲れてきたところで、少し休むことにする。
隣を見ると、相模がプロジェクトのメンバー表をじっと眺めていた。
「メンバー紹介のネタ作りか」
「はい、そうです。皆さんに期待する役割の文言を考えています」
「そういえば、知らない人はいるか?」
知らない人間から変な紹介をされて、怒るやつがいるかもしれない。
「そうですね……だいたい会ったことはありますが、システム担当の周防さんとデータ作成担当の岩代さんとは、話したことがないですね」
相模はそう言いながら、メンバー表の名前を指さした。
プロデューサー兼ディレクター:日向さん、肥後さん
プランナー:先輩、私
シナリオ:加賀さん、能登さん
デザイン:山城さん、淡路さん、和泉ちゃん
システム:石見さん、長門さん、周防さん
データ作成:北見さん、日高さん
日向さんから貰ったメンバー表を、わざわざ「さん」付けに書き換えているのが相模らしい。
「周防君なら以前一緒に仕事したことある。開発三課で、俺の一個下だ。変な性癖は持ってないから問題ないぞ」
「別に性癖は知りたくないです……」
「あとは日高……君……は知らないな。開発二課か。同期に聞いてみるよ」
「お願いします」
早速、同期にチャットを送ると、すぐに返信が来たので相模に声をかける。
「日高君の情報だ」
「どんな人ですか」
「巨乳好きらしい」
相模なら、何を言っても大丈夫だと思う。
「何で性癖の情報ばかり集まるんですかね……私にどう紹介させろと」
「少子化の時代に大事なことだろ?」
「問題はそこなんですかね……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ところで、先輩は連休中の予定ありますか?」
「ない」
「相変わらず哀しい生き物ですね……」
仕事も終わり、さあ帰ろうかという時に相模から声がかかったので、ありのままを答える。正確には相模の誕生日プレゼントを探すという、重要なミッションがあるのだが、本人の前では言いづらいので「ない」と答えた。
「相模は?」
「そんな先輩の為に、予定を空けてあります」
物は言いようだな……というより、これは誘いだろう。
「どこか行こうか。リクエストはあるかい?」
「そうですね……お任せします」
「じゃあ行ってみたいところがあるけど、付き合わないか?」
「どこですか?」
「馬を見てみたい。競馬場っていうのはどうかな」
昨夜の放置プレイ中、「競走馬のハイフライヤー」のウェブページを眺めていたら、本物の競走馬が見たくなったのだ。
「競馬場ですかー。初めて行きます」
OKということだな。
「じゃあ明日でいいか?土曜の方が空いているんだ」
「わかりました。先輩はよく行くんですか?競馬場に」
「いや、俺も数回しか行ったことがない。最後に行ったのも三年ぐらい前だな」
まだ相模が入社したばかりの頃だったかな。
「久しぶりということですね。ちょっと調べてみますか」
そういうと、相模は自分のスマホで競馬場のウェブサイトを開いて、あれこれ見始めた。
「うわ、広いですね」
行き先の競馬場は、東京ドーム数個分の広さがある。
舐めてかかると遭難しかねない。
「うん。だから、歩きやすい靴と格好がいい」
「そうします。公園みたいなところもありますね。お弁当を作って持っていきましょうか?」
「魅力的な提案だけど、食事スポットも色々あるぞ。あまり行く機会もないんだし、せっかくだから競馬場グルメを楽しんでみないか」
「面白そうですね。じゃあ、お昼前に行って、馬券を買って当たったら豪華なランチにしましょう」
「外れたら?」
「先輩の奢りで、豪華なランチでどうでしょう」
「おい」
「冗談です。でも競馬の予想って何を見ればいいんですかね?」
「実は、知り合いから聞いた必勝法があるんだ。俺はそれを試してみる」
「嘘くさくないですか?」
「いや、理論はしっかりしてるんだ。条件に当てはまる馬がいたら、明日、買ってみるよ」
「期待していますね」
あ、これ期待していない顔だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――翌日、土曜日。
競馬場は私の家とも、相模の家とも方向が違う。
その為、会社の最寄り駅で待ち合わせすることになった。
「先輩、おはようございます」
相模はパンツルックにスニーカー、薄手の白パーカーという、動きやすそうな服装でやって来た。
「うん、おはよう。ちゃんと動きやすそうな格好で来たな」
「先輩もですね。よく見たらお揃いですね。今日も黒ウサと白ウサコンビです」
たまたまだが、私も似たデザインの黒いパーカーを着ていた。
しかもUVカット機能付き。多分、相模が来ているのも同じメーカー製だろう。
「さて、今日の予定だけど、競馬場に行って午前中の第四レースの馬券を買う。その結果を見てから昼食にしようか」
「レースは十一時半ごろですね。そういえば、必勝法の条件に当てはまる馬はいましたか?」
「昨日、調べてみたんだけど、いるにはいたけど、七レースだったな」
「となると、豪華なランチになるかは自分の予想次第ですね」
「あと、相模のビギナーズラック頼り」
「ふふん、よろしいですわ。そこまでおっしゃるなら、このわたくしが直々にビギナーズラックの何たるかを見せて差し上げますわ!」
「いや、悪役令嬢の口調にならなくていいから。それに意味も分からん」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「世の中、甘くないですわね……」
目の前に、見事なまでに没落した令嬢がたたずんでいる。
「うん、まあ気を落とすな。俺も外れた、一緒だ」
「わたくしの『初めて』が……。先輩、責任をとってくださる?」
「誤解を招くような言い方をするな。……ほら、行くぞ」
「よろしくてよ。わたくし、かねてより『庶民の料理』というものに興味がありましたの」
「うん、じゃあお昼を食べに行こうか」
「じゃあ、あれがいいです」
「いきなり口調を戻すなよ。それはそれでビックリするだろ」
相模が指さしたのは「骨付き鳥もも肉」のポップだった。
「いいけど、なんでまた?」
「ここの空気に触れていたら、異世界もののWEB小説でよく出てくる『ギルド』って、こんな感じなのかなーって思いまして」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
一攫千金を夢見て荒くれ者が集まり、クエスト(レース)に挑んで馬券を買い、報酬を得る――あるいは散る。
「じゃあ、ちょっと待ってな。買ってくるから」
「すみません、お願いします」
長くはない行列に並び、骨付き鳥とドリンクを注文する。
「はい、これ」
皿に乗った骨付き鳥もも肉と、一緒に渡されたビニール手袋を相模に手渡す。
「ありがとうございます。すごいですね、手袋まで付けてくれるなんて、気が利いてます」
「あと、これも」
続けてプラカップを差し出す。
「これは……まさか!」
「『エール』だ」
「おお、『エール』ですか! 俄然、雰囲気が増しますね」
異世界ものの定番の酒、「麦酒」。
もっとも、こちらの世界の麦酒の方が、キンキンに冷えていて、最高に美味いのだが。
昼間っから飲む酒は格別だな、と内心ニタニタしていると、隣で相模が嬉しそうに鶏肉を手に取り、豪快にかぶりつき始めた。
「皮がパリパリしてますね! 下味もちゃんとついていて、すごく美味しいです」
雰囲気込みの評価だろうが、喜んでくれて何よりだ。
「よし、これで午後からまた戦えます!」
闘志(投資)もまったく衰えていないようだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
第五レースはスキップして場内の庭園をぶらぶら散策して楽しむ。
パドックで馬の体の優美さに感嘆し、歩いた水分補給にと再度ビールを飲む。
そして——。
「世の中、甘くないですわね……」
第六レースを終えての感想だ。
「お嬢様、仇は取ってみせます!」
「いや、先輩も外してるじゃないですか」
「何度も言うが、いきなり口調を戻すなよ。まあ見てろ、次は待ちに待った第七レースだ!」
知り合いが教えてくれた、必勝法の条件に当てはまる馬がいよいよ出走する。
「そろそろ教えてもらっていいですか? その必勝法とやらを」
「いいだろう。ちょっと複雑だが、かいつまんで言うと簡単だ」
「?」
「『勝ちにきた馬』を買う。それだけだ」
「はあ?」
条件は四つ。
一つ、条件戦であること。
競馬は勝つたびにクラスが上がる。
つまり、まだ最上位のクラスに辿り着いていないレースのことだ。
二つ、遠征してきた馬であること。
競馬の厩舎は大きく分けて関東(美浦)と関西(栗東)にある。
今回は関東の競馬場だから、わざわざ関西から遠征してきた馬が該当する。
三つ、同一開催週に、地元に似た条件(距離、芝/ダート)のレースがある。
同じ条件でも、こちらの方で走らせたい理由があるということだ。
四つ、同じレースに、同じ馬主や同じ厩舎の馬が他にいないこと。
つまり、ただ一頭だけで遠征してきた馬。
「この条件がそろった馬は、本気で勝ちにきているということらしい」
「わざわざ遠征してくるということは、それだけ自信があるってことですかね?」
「そうだ。わざわざ関東への高い輸送代を払ってな。馬主の都合や、同じ厩舎の馬が寂しがりだったりする場合は、仲間の馬を一緒に遠征させることもあるそうだが、今回はただ一頭で来ている」
「なるほど。それで、最初の『条件戦』というのは、どう関係するんですか?」
「競走馬は勝つとクラスが上がる。すると相手も強くなって、それだけ勝ちにくくなるだろ。実は、トータルで見た場合、勝ち上がらずに下のクラスで二・三着を繰り返していた方が、効率よく賞金を稼げることもあるんだ」
「なるほど。『鯛の尻尾より鰯の頭』、ということですね」
「そんな感じかな?それなのに、あえてここで勝ちにきているということは、条件が上のクラスに上がっても、十分に戦える見込みがあるってことだ」
「それなら地元のレースで勝てばいいのでは? わざわざ遠征してこなくても」
「そこは、より確実に勝ちたいからだ。同一条件でも、こちらの方が相手も弱いと踏んでるんだろう。おそらく、今日ここで勝って賞金を加算し、次に出るレースへのステップにしたいんじゃないかな」
この理論の凄いところは、馬の状態や直近のレース結果ではなく、関係者の思惑を予想の根拠にしている点だ。
「要するに、競走馬を扱う『プロ(調教師や関係者)』が自信を持っているから、その勝負に便乗しようという考え方だな」
「面白いことを考える人がいますね。ちなみに、その理論を教えてくれた方は、競馬で大儲けしているんですか?」
「そこそこ儲かっていたようだけど……、今はもうやってないな」
「えっ、なんでですか。もったいない」
「今は『競輪』にハマってるよ。人の思惑を根拠に予想するなら、馬じゃなくて人間が走る競輪の方がさらに読みやすい、だってさ」
「凄い人がいますね……」




