第56話 プレゼンと……?①
「先輩、おはようございます。昨日は眠れました?」
翌朝出社すると、相模がニヤニヤ笑いながら、挨拶がてらからかってくる。
「なかなか寝付けなかったな。あまりに寝付けなくて、企画書の最新化をやっておいた。あとで見ておいてくれ」
「何で働いてるんですか……」
ドン引きしているが、元はと言えば、相模のせいだ。
「ただ、そのおかげで、あのドリンクの凄まじい効果がわかったよ」
「えっ、どんな効果があったんですか? どれだけ凄くなるんですか?えっ……? ちょっと待って、効果をどうやって試したんですか……っ……まさか企画書を……『おかず』に!?」
相模の食いつきが凄い。
いや、勝手に想像して勝手に慌てているのだが、色々とおかしい。
「驚くなよ。なんと『ゲームタイトル』を思いつくようになるんだ」
「へっ?」
相模がぽかんと口を開ける。
「これから作るゲームのタイトルは……」
「タイトルは……?」
身を乗り出す相模の前で、私はわざとらしく「ポン」と手を叩いた。
「あ、そういえば放置プレイの最中だったな、すまん」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「で、そろそろゲームタイトルを教えてくれませんか?」
「放置プレイ中です」
「そんなこと言わずに、ね?お願いです」
「可愛くおねだりしてもダメ。ただいま放置プレイ中ですから」
にべもなく断る。
今は昼休み。
今日は相模の同期の和泉ちゃんからおすすめされた町中華に来ている。
しかも、珍しいことに相模の奢りだ。
昨日の今日で私が拗ねていると思っているらしく、必死に機嫌取りをしているようだった。
「今日は何にしようかな」
テーブルに着き、メニューを眺める。
「なんでも好きなものを頼んでください」
相模の機嫌取りは続く。
「じゃあ、チャーハンと餃子にしようかな」
チャーハンと聞いた瞬間に相模の目がキラリと光った。
「そういえば、先輩。和泉ちゃんできるようになったみたいですよ」
「何を?」
「チャーハンの描き分けです。『しっとり』と『パラパラ』を描き分けられるようになったそうです」
「へえ、凄いな」
「どうやって描き分けるか、知りたくありません? 今なら、ゲームタイトルと引き換えに教えてあげても……」
「卵だろ」
「えっ?」
「大きめでゴロゴロしたふんわり卵が入っているチャーハンは、高確率でしっとり系だ。逆にパラパラ系はご飯粒を卵でしっかりコーティングさせるから、全体に混ざって卵自体は小さくなりがち。違うか?」
「……正解です」
「和泉ちゃん、本当に凄いな。ちゃんと観察してる」
ひょっとしてこの店にも観察に来たのだろうか?
「くっ……」
相模が悔しそうだ。
しかし、和泉ちゃんも本気でどう描き分けるか考えているとは思わなかった。
じゃあ、次のお題はどうしようかな?
グラタンとドリアの描き分けなんてどうだろう?
もちろん、スプーンを入れる前の見た目で。
「仕方ありません、諦めます。どうせ、すぐに分かることですし」
「まあ、これからプレゼン用の資料を作るからな。当然、タイトルも表紙にデカデカと書くぞ」
「ええ」
「ただ——タイトルの由来なんて、プレゼン資料に書くかなー」
ニヤニヤしながら相模を見る。
「くっ……」
「くっ……?」
「くっ……殺せ!」
「はい、リアル『くっころ』頂きましたー」
このセリフ、あとでAIエージェント「相模さんmkⅡ」にも仕込んでおこう。
「先輩、ここまで言わせたんだから、そろそろ教えてくれますよね……?」
「しょうがないな。じゃあ、タイトルは……」
わざとらしく、たっぷり一呼吸置いて溜める。
「タイトルは……!?」
息を呑んで急かす相模。
「うん、ここは店の中だからな。同業者が聞き耳を立てているかもしれない。社内に戻ってからにしよう」
「……今度はじらしプレイですか?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これより第15回・国民的大人気RPG制作会議を始めます。司会は私、因幡が務めます。議事録は会議ツールのAIさんにお任せしますので、発言はハキハキとお願いしますね」
多分これが最終回だし。一度言ってみたかったんだ、このセリフ。
そういえば、プロジェクトメンバーの道標となる言葉を決め切れていなった。
ということで臨時会議を開催の運びとなった。
「本日の議題は『道標』の検討です。まずは相模さんからどうぞ」
「……」
「あれ?」
「議長、議題が足りません」
「何でしょう」
「タイトルの発表です」
「これは失礼しました。では、すべての議題が終了した最後に発表とします」
「くっ……」
どうやら相模に「くっころ系女騎士」の属性が完全に定着してきたようだ。
「では改めまして、相模さんからどうぞ」
「これまで上がった言葉の候補ですが……これだけです」
相模がPCを操作し、ディスプレイ上にメモを投影する。
・相模はかわいい。
・背後霊について、深く考えるな。
・面白さと設定が対立したら、面白さを優先しなさい。
「実質一個だけか」
「ボケをスルーしないでください」
「『面白さと設定が対立したら、面白さを優先しなさい』、まずはこの言葉をベースに考えてみるか」
「先輩、肝心なことを忘れてませんか?」
「何だろう」
「みんなに『任せられるようにする』です。そのための言葉でもないといけません」
確かに。日向さんの言葉をそう理解し、相模に説明したのは自分だ。
「そうなると。一つだけじゃ難しいな」
「そうだと思います。でも多すぎてもダメです。言葉だけが多すぎても効果がないと思います」
「ちょっと捻ってみるか」
「捻る、ですか?」
「うん。サイクル図にする。改善活動なんかでよく使われるやつだ。例えば……こんなイメージだ」
あれ、いきなり図を描くのは難しいな。
いいや、テキストで書こう。イメージは伝わるだろう。
メモに文字を打ち込んでいく。
①美味しい料理を作りなさい。
②そうすればお客様がいっぱいお金を払ってくれます。
③そのお金でより良い素材を買うことができるでしょう。
①に戻り、(より良い素材で)(より)美味しい料理を作りなさい。
「あー、あの矢印がぐるぐる回っている図ですね。会議資料で見たことあります」
「うまくサイクルを回すためには、動機づけが必要になるんだけどな。この場合だと『美味しい料理を作りたい』という気持ちになるのかな。または『お金』とか」
「先輩、このサイクル図の考えってRPGにもありましたね」
「ん?」
「探索→戦闘→成長のサイクルを回して、ゲームクリアに近づいていくところです」
言われてみればその通りだ。
「なるほど。せっかくだから、RPGらしい言葉を活かしたいな。……そうだな、『成長』をサイクルに組み込んで、ゲーム完成に近づけたい」
「探索はともかく、『戦闘』がサイクルに入っていたら物騒ですからね」
再びメモに文字を打ち込んでいく。
『〇〇→△△→成長』
「ここに入る言葉を考えればいいわけですね」
「そうだな」
「よりRPGっぽくするなら……探索は何かを考えたりする言葉に置き換えて、戦闘は物騒にならない程度に、何かと競い合う感じの言葉にすればいいんですかね?結果として、それが成長に繋がる感じで」
「ほーう」
素直に感心する。
「なんですか、その反応」
「いや、相模も成長したなーと思って」
「ウエストは五十八センチのままですよ?」
「照れ隠しに無理にボケなくていいから」
それに、五十八じゃないだろう。
「ありがとうございます。先輩のおかげです」
相模が照れくさそうに微笑む。
「じゃあ、最初の言葉は任せるぞ」
「任せてください!……最初の言葉は……何かを考える言葉……」
「最初の言葉は?」
「『妄想』です!」
「……」
「また私、何か言っちゃいました?」
語彙力は成長していなかった。
「——うーん」
「悩んでますね。頑張ってください。最初の言葉も直していいですよ」
他人事のように応援してくる相模を横目に、私は腕を組んだ。
結局、次の一言は私が考えることになったが、これが難しい。
RPGっぽさを残したくはあるのだが、最初の言葉が「妄想」だ。
ここはひとつ、改めてRPGのゲームサイクルを見直して考えを整理してみるか。
・探索:フィールドをあちこち回る。街の人に話しかけてヒントをもらう。
・戦闘:モンスターを倒して経験値を得る。
・成長:レベルアップしてパラメータを伸ばす。あるいは装備を整える。
探索は、次に何をすればいいか、目的を探すことだな。妄想と似ている?
戦闘は、経験値を得るための手段に過ぎない?いや、争うことか。
成長は……必ずしも自分の能力だけじゃないな、周りの能力込みで成長だ。
——これを、私たちのゲーム開発に置き換えるなら?
「できたぞ」
「では、次の言葉をどうぞ」
他人事だなー。
「『対立』だ。妄想もそのまま活かして、全部まとめてこうする」
「探索」→『妄想』:何が面白いか、こだわりを持ちなさい。
「戦闘」→『対立』:お互いの妄想をぶつけ合いなさい。
「成長」→『成長』:対立を乗り越えて、より面白くなることを考えなさい。
「では解説をお願いします」
「妄想とは根拠がない非合理的な思い込みのことだが、きっかけは、それでもいいんじゃないかな?むしろ変なこだわりがあったほうが、次の対立が活発になる。だから妄想のままにした」
「で、次は対立ですか」
「思い込み同志のぶつかり合いだ。ぶつけ合いのない孤立した妄想は『暴走』と一緒だ」
「上手いこと言いますね。最後は……そうですね。対立したまま終わったら当然ダメということですね」
「うん。ハイフライヤーのチャーハン事件なんかが悪い例だ。チャーハンを作るシーンで、しっとり派とパラパラ派が対立した結果、収集がつかなくなって素材データごと消されるんじゃ意味がない」
「対立を乗り越えるには『餡かけチャーハン』の出番ですね」
相模が自信満々に答える。
「いや、それは、餡かけチャーハン派が誕生するだけだからダメだ。日向さんは手っ取り早く片付けるために別の料理を作らせることで解決させたけど、本当は決着つけるまで話し合うべきだったんじゃないかな?どちらが『ゲームの面白さ』につながるかって」
「いいこと言いますね。でも、先輩。この場合、どっちの方が面白くなったと思いますか?」
「いや、どっちも面白くないだろ」
「えっ?」
「大事な観点が抜けてるんだよ。本当にそのこだわりが面白さに繋がっているかっていう。だから、それ以外のただの意地の張り合いなら、よそでやってもらわないといけないな。そこだけは俺たちが見張らないといけない」
「『それって、面白いんですか?』って、顔を近づけてくどく言う感じですかね。例えば……こう」
相模が顔を近づける。彼女の瞳がいたずらっぽく揺れた。
……近い。
「あ、そういえば放置プレイの最中だった」
「……それって、面白いんですか?」
照れ隠しだよ。




