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第54話 因幡家にて③

「ところで相談があるのですが」


「あら、何かしら。……着せ替えならお断りよ」


 そういえば、レイチェルの装備には魔法効果が上昇する巫女服や魔法のレオタードもあったな。ファンタジーの定番「ビキニアーマー」は戦闘スタイルに合わないので換金されてしまったのが悔やまれる。


「いえ、今度は仕事の話です。来週のキックオフ、社長もご出席されるとか」


「ああ、その話ね。やっぱり気になる?」


「いえ、社長はともかくとして、その話を聞きつけた部長陣がこぞって参加する流れになっていまして。あまり大人数ですと、私たちも他のメンバーもプレッシャーを感じますので、なんとか押しとどめていただけないかと」


「社長はともかくと言い切るあなたも凄いけど……。わかったわ、みんなに釘を刺しておくわね。余計な忖度は不要だって」


「ありがとうございます」


「それから、私達は挨拶だけして、なるべく見ているだけにするから、そこは安心しなさい」


 もう一つのプレッシャー要因も片付いた。

 さすがCFO、話が早くて助かる。


「もっとも、社長が口を挟みたくなるくらい面白い内容なら、話は別よ」

「さらっとプレッシャーをかけてきますね……」


 超一流のクリエイターと言われた社長に面白い、と言われれば、間違いなく大きな自信に繋がるのだけど。


「授業参観なんだから、少しは親にいい所を見せなさい」


 彼女なりの励ましだろう。

 あなたは「親」じゃないと突っ込むのも、今更野暮というものだ。


「頑張ります」


 声は出さないが、隣で相模もコクコクと頷いている。


「で、企画の進み具合の方はどうなのかしら。あなたのことだから、大丈夫だとは思うけど」


「内容は固まりましたので、明日からプレゼン用の資料作りに入ります」


「そう、よかったわ。どんな内容かは当日に楽しむとして、タイトルくらいは先に教えてくれないかしら」


「えっ?」


 言われて気づく。


 ……タイトルを決めていなかった。

 

 相模の方に顔を向けるが、こちらも「あっ」という顔をして首を横に振っている。


「すみません、タイトルは未定のままです」


「ホントに大丈夫?」


 もっともなCFOの指摘であったが、口調は柔らかい。疑っているというよりは、「そそっかしい子供」をからかっているようなニュアンスを感じた。


「大丈夫です。その分、中身はしっかり詰めていますから」


「そう、期待しているわ」


「参考までにお聞きしたいのですが、社長はどういう由来でハイ……あの作品の名前を付けたんですか?」


 相模が危うく「ハイフライヤー」と言いかける。


 一応、仕事の話をする時は、ゲーム内であっても会社の特定につながりそうな固有名詞は伏せておくよう、注意はしてあるのだ。


「本人がね、言葉の響きが気に入ったのと、言葉が持つ意味も悪くないって言っていたわ。言葉の意味は聞いたことがあるかしら?」


「はい、聞いたことがあります」


 ハイフライヤーは、『野心家』や『高く飛ぶもの』という意味だ。


「そうね……自分が作りたいゲームのために会社を辞めて、独立したものの、やっぱり不安はあったんでしょうね。そんな時だったからこそ、作品に自分を奮い立たせる言葉を重ねた――といったところかしら」


「素敵なエピソードですね」


「あなた達はタイトルにどんな言葉……想いを重ねるのかしらね」


「先輩、どうぞ」


「あれ、一緒に考えるんじゃないのか?」


「はい。今作のメインプランナーは先輩ですから。先輩の想いを込めたタイトルにしてくださいね」


 想い、か……。


「あら、ミミックさん。そんなこと言っていいのかしら。この子の想いを込めたタイトルにしたら『ミミックさんが一番』になるかもよ」


 CFOにまで届いているのか……あの噂。


 私の浮気がバレて、相模に怒られる。その後は「相模が一番かわいい」と言って、謝り倒して許してもらう。そして、仲直りの印として相模が精力剤を夜の為に買ってくる、という見事な三段落ち。


「やっぱり噂が届いていましたか……」


 相模ががっくりと肩を落とす。


「経理の子達が楽しそうに話しているのを聞いたわ。申し訳ないけど、面白かったわよ。で、どこまで本当なの?」


 CFOに噂と真実の差を冷静に説明したのだが……。


「なるほど。だいたい合ってるということね」


「なんでそうなるんですか!」


 すかさず突っ込む。


「冗談よ。あなた達を見ていれば、嘘だってことくらい分かるわ。もっとも、いつも誰かさんが怒られてそうなところは本当みたいだけど」


「先輩が悪いんです」


「いや、相模こそ……」


「はいはい、夫婦喧嘩は後にしてね。それに噂のことなら大丈夫よ、もうすぐ落ち着くわ」


 日向さんとAIでも思いつけなかったのに、CFOには何か妙案があるのだろうか?


「みんな知ってしまえば、噂をする人はいなくなるわ。私の耳にまで届いているんだから、あと数日もすれば社内に広まりきるんじゃないかしら。それまでの辛抱ね」


「……はあ」

「……はあ」


 二人揃ってため息をつく。



 ――その後はしばらく相模の白ウサのレベル上げを続け、二十三時手前で本日は解散となった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ヘッドセットを外し、PCのファンが回る音だけになった静かな部屋で、相模が少し申し訳なさそうに微笑んだ。


「私ばかり楽しんじゃって、すみませんでした」


「気にするな。古参プレイヤーってのは、初心者にあれこれ教えるのも楽しみの一つなんだから。CFOも楽しんでいたと思うぞ」


「それなら良かったです」


「CFOからしてみれば、世代的に姪あたりと一緒に遊んでいる感じだろうしな」


「姪御さんがいらっしゃるんですか?」


「うん。姉さんの娘だって」


 はっきりと聞いたことはないが、CFOと社長の間に子供はいない。

 少なくとも私との会話で、他の家族の話題が出て来たことはない。

 

「へー、そうだったんですか」


「結構、可愛がってるみたいだぞ。たまにな、若い女の子が何考えてるかって相談されることあるんだ」


「画面上の見た目は女の子で、更に女声でプレイしてますからね。相談しやすいんでしょうか」


 相模がクスクスと笑う。


「まあ、正直、回答に困ることもあるんだけどな。だからここ数年は、そんな時、相模だったらどうするかなって、考えて答えるようにしてる」


「変な回答していないでしょうね?」


「変かどうかは分からないが、大体、呆れられる」


「予想通りの回答ですね、私が呆れたいです」


「まあ、そう言うなって。……そういえば、そろそろ大学卒業だったはず。もしかすると、うちに入社するかもな」


「そうしたら、先輩がトレーナーになったりしますか?」


「いや、それはないだろう。年もちょっと離れるし。それより相模の方が可能性が高いな、こうしてCFOと縁もできたし」


「もしそうなったら、一大事ですね」


 相模は面倒見がいいから、いいトレーナーになるだろう。

 それに、ゲームを通じてCFOにも忌憚のない報告ができそうだ。


 でも、もしゲーム内での実態がバレたら、姪御さんにも呆れられちゃうかな?

「黒ウサ・白ウサコンビでーす!」なんて、アホなこと言ってる人から、教わることなんか何もないって。


「まあ今は可能性の話だ。それよりどうする? そろそろ帰るか? 送っていくぞ」


 終電まではまだ余裕がある。


「うーん、もう少しいてもいいですか? まだやり残したことがあります」


「やり残したこと?」


 なんだ?……ひょっとしてアレか?


 頭の中であれこれ妄想し始めたが、次の相模の行動で止まる。


「はい、これどうぞ」


 テーブルの上に見慣れた箱が置かれる。


 男の精力剤、『凄九(すごきゅう)』だ……なぜこれが?


「先輩が気にしてましたから、忘れ物を取りに戻るついでに持ってきました」


「いや、別に気になんかシテナイヨ?」


「先輩の考えは分かっているつもりです。どうぞ飲んでください」


 え?ナニコレどうしたんだ?相模が積極的?


「はい、蓋を開けました。あーんしてください」


 相模が箱から瓶を取り出し、蓋を開けて私に差し出す。


 ――男なら、もうこれは飲むしかないな!


 凄九を一気に飲み干す。


「ん?」


「お味は?」


「何か効きそうな味がする!」


 何に効くかってナニに効きそうなんだよ。


「そうですか……」


 相模が頬を染めながら、首を傾げ、斜め下から私を見上げてくる。


 ――二人の視線が交差する。


「相模……」

「先輩……」


 二人の声が重なる。


 自然と伸びる手が相模の肩に触れようとした瞬間――。


「先輩、じゃあ、私、帰りますから」


「えっ!?」


 ちょっと待って、どういうこと?何か不味いことでもした?


「先輩、安心してください。機嫌が悪くなったわけじゃないですから」


「?」


「これは……新しいプレイです。一度試してみたかったんです」


「新しいプレイ?」



「——放置プレイです」



 放置プレイかー、じゃあ、しょうがないな。


 ……って、なるか!


 ツッコミを入れる間もなく、相模はそのまま鮮やかに帰って行った。

 あまりの展開に駅まで相模を送っていくことも思いつかなかったよ……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 時計の針が午前零時を回り、日が変わる。

 放置されたまま私の時間は過ぎていく。


 『凄九』にカフェインも入っていたせいか、なかなか寝付ける感じもしない。


 ——しかたない、ゲームのタイトルでも考えるか。


 そして、いつかゲーム記事のインタビューで答えるんだ。

「タイトルは放置プレイされている時に思いつきました」って……。


 半ばやけになりながらスマホを操作し、適当に検索ワードを入れてみる。

 まずは「放置プレイ 英語」と。


 『Idle Game:放置系ゲーム』


 アイドルゲーム? ああ、アイドル時間の「アイドル(空いた時間)」か。

 放置系ゲームね。そんなジャンルもあったんだな。


 次は「ミミック 英語」と。


 『mimic:真似る、模倣する』


 真似るか。宝箱を真似るからミミックだったのか。

 ん? 待てよ、「白ウサ」は「黒ウサ」のミミックということになるのか。

 相模は、ここまで考えて白ウサを作ったのか?


 次は「レイチェル」と。


 『レイチェル:舞台俳優』


 へえ、芸能関係か。他にも有名そうな人がいるな。


 次は……うーん「ハイフライヤー」と。


 攻略サイトがいっぱい出てきたな。

 ん? そういえば、以前調べた時は競走馬の名前が出てきたな。


 よし、「ハイフライヤー 馬」と。




 —— そして数十分後、私は企画中のゲームタイトルを決めた。

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