第53話 因幡家にて②
「まあ、名前はともかくとして、なんで男のキャラなんだ?」
相模のPCには、無難な感じにまとめられた男性キャラクターが映っている。
「あ、これ、まだデフォルト状態です」
「……言われてみれば、初期キャラってこんな感じだったかもな」
自分が始めたのは十年以上前のことだから、もうよく覚えていない。
「で、名前が『白ウサ』ですから」
「ですから?」
「見た目は先輩の『黒ウサ』とそっくりにします。あ、肌は白くしますね」
「ええ……」
意味がわからない。
「では先輩のキャラクター設定画面を見せてください」
「ホントに本気か?」
「黒ウサと白ウサを並べてCFOを驚かせましょう」
「発想が出落ち芸人みたいだな……しょうがない、ちょっと待って」
私も自分のPCからログインし、キャラクター設定画面を起動する。
「顔と髪はこのパーツですね。で、体はこれ、と」
相模が私のPCを覗きながら自キャラの設定を次々と変えていくが、途中で動きが止まる。
「ん?」
「どうしたんだ?」
「大きいです」
「えっ?」
「私より二センチ大きいです」
「何が?」
「黒ウサの胸です。先輩、これは許せません!」
二センチ差だったか。
……惜しかったな、ニアピン賞だ。
いや、ぴったり合っていたら、それはそれで何かを疑われていただろう。
ただ、相模が対抗意識を燃やしてくるとは思わなかったな。
ただ気になることがある。
「うーん」
「何を悩んでいるんですか」
「相模、最後に測ったのはいつだ?」
「えっ」
「最近、良く食べてるだろ? 成長しているオチはないか」
相模が一瞬、心当たりがありそうな顔を見せるが……。
「……ないです。ありえません。ウエストも五十八センチのままです!」
「五十八ってどこのアイドルだよ!」
「先輩はデリカシーがないですね」
しらを切りやがった。
「とにかく合わせましょう」
「わかったよ」
スライダーを動かし、黒ウサの胸の数値を調整する……。
当人に強要されたとはいえ、女の子の目の前で何をやってるんだろ、という妙な気分になる。
「はい、ぴったりです。よくできました」
「黒ウサのウエストも偶然五十八だったな」
「あら、偶然。一緒ですね」
あくまでしらを切るつもりらしい。
「ヒップは……これも黒ウサに合わせましょう」
こだわりが少ないのか、自分のリアルサイズを隠したいのか……。
真実を追求するのは危険な気がしたので、突っ込むのは止めておいた。
「クラス(職業)は……先輩は戦士で、CFOは魔法使いでしたよね。私は僧侶とか支援系がいいですかね」
「いや、戦士にしておけ」
「どうしてですか?バランス悪くないですか」
「いや、初心者が一番プレイして楽しいからだ。俺もCFOも何回か転職して回復魔法も覚えている。相模は自分の楽しさを最優先していいぞ」
このゲームでは、転職時に習得したスキルを引き継げる。そのシステムを活かして、私たち二人は万能型でビルドしている。
二人だけでも十分戦えるからこそ、十年も一緒に続けてこられたのだ。
「ではお言葉に甘えます」
画面から職業を『戦士』に設定する。
「はい、できました!『白ウサ』の完成です」
画面上には、私の黒ウサとそっくりなキャラクターが映し出されている。
違いは肌の色だけだ。
「じゃあCFOが来る前にギルドで合流するか。余っている装備もあげるよ」
「ありがとうございます」
ボイスチャット用にヘッドセットをつける。さあ、冒険の始まりだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――ゲーム内にて
「装備ってバニーガールの衣装じゃないですか!」
「初心者にはもったいないぐらい性能いいぞ」
「ええ……」
「着てみろよ、いいぞ?」
何がいいのか自分でもよく分からないが、相模と「着る」「着ない」の問答をしていると、ヘッドセットからCFOの声が聞こえてきた。まずは私宛のプライベート通話なので、隣の相模には聞こえていない。
同時にギルド内へ、CFOのキャラクター「レイチェル」の姿が現れる。
ただ、今日はあの、胸が巨大化する奇跡の装備『豊穣の胸当て』を身につけていない。おかげで、胸はぺったんこのままだった。
「こんばんは、昨日は急な連絡でごめんなさい」
「いえ、大丈夫です」
「今日は男の声ね。あら? よく見ると隣にあなたのクローンがいるわね……。ん? 肌が白いし、もしかして相模さんかしら?」
我々の姿を見たCFOは驚く風でもなく、白ウサが相模であることもあっさり見破った。出落ち芸人にすらなれなかったぞ、相模。
「はい、そうです。パーティーに合流させてもいいですか」
「もちろん、いいわ」
CFOの許可が出たので、早速、相模の白ウサをパーティーに招待する。
これでボイスチャットの音声が全員に共有されるはずだ。
「もしもし?」
「聞こえてるよ。電話じゃないんだから」
ちなみに私は隣の相模の生声とヘッドセットからの声、二重に聞こえる。
相模側も同じはずだ。
「ようこそ、相模さん……って本名で呼ばない方がいいかしら? キャラ名は、……何これ?」
「白ウサです。黒ウサ・白ウサコンビの誕生です!」
相模が元気一杯にCFOの疑問に回答する。
「で、この状態はあなたの思い付きかしら?」
画面内のCFOのキャラクター、レイチェルがじっと黒ウサに顔を向けている。
「冤罪です」
「そう……相模さんも、そちら側の人間なのね」
画面越しに、呆れた顔のCFOが容易に思い浮かぶ。
……それに、そちら側の人間とは?
「これからよろしくお願いします! ところで、普段、お二人は、お互いになんて呼び合っているんですか?」
「自分からはレイチェルさんかな。時々CFOって呼んじゃうこともあるけど」
「私の場合は……『あなた』が多いかしら。黒ウサって呼びにくいのよね」
「じゃあ、私は……『ミミック』と呼んでください!名前が未来ですので、続けると『サガミミク』になりますので、そこから取りました」
「白ウサはどこにいったんだよ。それにそのあだ名は一度却下したはずだろ?」
「却下されるあだ名って何よ……って、ああ、あれのせいね」
先日起きた「ミミックちゃん事件」。
相模を指していると思われる謎の音声、『ミミックちゃんかわいい』が誤って配信されてしまった件だ。
「うちの会社、ホントに大丈夫かしら? 私がいくらお金を稼いでも、別の方向から倒れるんじゃないかと心配になるわ」
「やっぱり、名乗るのを止めた方がいいでしょうか」
「まあ、いいわ。ここは会社じゃないんだから。好きにしなさい」
「ありがとうございます。ではミミックで決定です」
あー……。ついにこのあだ名がゲーム内とは言え、公になってしまうのか。
「じゃあ、これからよろしくね、ミミックさん」
「はい!レイチェルさん」
「じゃあ、今日はレベル上げね。その前にミミックさんの装備の見直しをするわよ。クラスは何かしら」
「先輩のおすすめで戦士にしました」
「そう、じゃあこのあたりかしらね」
CFOがアイテムトレードで相模に何か装備を贈ったようだ。
「えーと、これをこうしてセット、ですね」
白ウサの姿が、きらびやかな鎧姿に変わる。
「あー、クリスタルアーマーですね」
軽量なので魔法使い系のクラスでも装備できる鎧だ。
とはいえ、十分な防御力があり、これを装備しておけば初心者用のフィールドではまず倒されることはないだろう。
「もっと強力な装備が余ってるんですが」
「却下よ」
「却下です」
CFOには一瞬で企みを勘づかれ、相模からはバニーガール衣装が送り返されてきた……。しかたない、自分で着よう。
「どうだ!」
「なんで先輩がそれを着てるんですか」
「ホント馬鹿ね」
パーティーメンバーが増えると、飛んでくる罵倒の量が二倍になるんだな……。
「じゃあ、改めて相模……ミミックには、これをあげよう」
「ありがとうございます。ロングソードですね」
ロングソードは初期装備よりやや強いぐらいの武器だ。今さら自分が使うものでもないが、この前のプレイ時に拾ったものを売らずにたまたま持っていたのだ。
「もっといい武器をあげたら?」
CFOから当然の問いが来る。もちろん、もっと強い武器は山ほど持っているが、今はこれがいいと判断した。
「いえ、強すぎる武器で、一撃でモンスターを倒せても、ゲームとしてつまらないと思います。今日は弱い武器から始めて、まずは戦いに慣れてもらいましょう」
「それもそうね。ミミックさんもそれでいいかしら」
「はい、お二人ともお気遣いありがとうございます」
隣の『生相模』もペコリと頭を下げるので頷き返す。
「ところで、さっきから気になってるんだけど」
「何ですか?」
「ひょっとして、あなた達、同じ部屋にいない?」
「はい、一緒です!」
一瞬ごまかそうか考えている間に、素直に相模が回答をしてしまう。
「そう、仲がいいのね。でもまさか、会社にいるのかしら?」
「いえ、先輩の家にいます。キャラクター作りを手伝ってもらいました」
「そう、よかったわね。じゃあそろそろ冒険に出かけましょうか」
画面内で三人揃ってギルドを出る。
最初に向かうのは「スライムの湖」、初心者が相手するのにちょうど良い強さのモンスター「スライム」がうようよいるフィールドだ。
その時、私のスマホにチャットが飛んできた。
ん? CFOから?
『――あとで詳しく聞かせなさい』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――画面には、白ウサが出会ったスライムを片っ端からなぎ倒している姿が映っている。
ここまで、私の黒ウサとCFOのレイチェルは一切手出しをせず、相模の好きに任せて見守っていた。
「上手ね」
「思い切りがいいな」
「はい! 鎧の性能がいいので、ダメージを全然受けません。思い切っていけます!」
「そう……」
多分、画面の向こうのCFOは、今頃「悪い顔」をしているだろう。
私も内心でほくそ笑む。
そろそろかな?
「これで十匹目です!」
相模が十匹目のスライムを倒すと、そのスライムがふいに起き上がった。
別に仲間になりたそうな顔をしているわけではない。
「あれ? ……速い!?」
スライムの体が赤く発光し、通常の三倍の速さで動き回る。
倒したはずのスライムが再び動き出したこともそうだが、急なスピードの変化に相模が戸惑う。
「すまん、言い忘れていた。ヘイト(敵対心)管理に気をつけろ」
「同じモンスターを連続で十匹倒すとね、強化種が現れるのよ。倒すといいアイテムが手に入るから頑張りなさい」
「二人とも、こうなるとわかっていて黙ってましたよね!?」
必死に操作しながら相模がクレームを入れてくる。
横目で盗み見ると、画面に食い入るような表情をしている。
「習うより慣れろ、だ」
ちなみに、強化具合はモンスターによって異なる。
スライムの場合、移動速度こそ三倍になるが、攻撃力とHPはなんと『1』になり、一分経てば元に戻る。
これは操作に慣れてきた初心者プレイヤーを驚かせようという運営の悪戯であり、同時に死なせないための心配りでもある。
――良くできているな、と感心する。
「すばしっこい!ですね……!」
「ビックリしただろ? 今なら一撃で倒せるから、落ち着いて攻撃を当ててみな」
「ここです!」
白ウサがロングソードを一閃すると、赤いスライムは光の粒子となって消えた。
「やりました! あ、アイテムがドロップしましたよ」
「お、いい装備じゃん」
「スライムのレオタードね」
「何かいやらしそうな感じがしますが……」
「装備してみな?」
「好きにしなさい」
CFOも止めなかった。きっと相模の反応が見たいのだろう。
「では——って、何ですかこれ!?」
画面上には、肌が「てかてか」と怪しく光る、白ウサのレオタード姿が映し出されていた。
すかさず、私の黒ウサを白ウサの隣に並べる。
バニースーツとレオタードの共演……いや、競艶だ。
「二人とも馬鹿ね」
CFOの感想は、実にあっさりしたものだった。
その後、恥ずかしがって嫌がるCFOを二人でなんとか説得し、あの『豊穣の胸当て』を無理やり装備させた。
『バニースーツ』
『てかてか全身レオタード』
『爆乳(補正)の魔法使い』
画面上で存在感を放つ三キャラクターをきれいに並べ、私たちは記念のスクリーンショットを撮影した。




