第50話 ラスボス⑤
「今までのAIさんは、消えてしまったのですかね」
「さすがにベースは継承しているんじゃないか? 人間で言うと、『大人になった』という解釈でいいのかもな」
「うまい例えですね。どんどん賢くなっていくのでしょうが、可愛げもなくなるようで寂しくもあります」
「馬鹿な子ほど可愛いというからな」
ああ、これがいわゆる『AIロス』か。
AIのバージョンアップによって、システムが今までと異なる反応を見せるようになる。それをまるで友人を失ったかのように感じてしまう現象だ。
「でも、AIってどこまで進化するんでしょう。もう、とっくに人間を超えている気がしますが」
「論理的な思考力じゃ、もう勝てないだろうな。人間に勝ち目があるとしたら……」
「あるとしたら?」
「発想の飛躍だ。AIはAからB、BからCへと順を追って積み上げるのは得意だが、AからいきなりZへ思考を飛ばすことは苦手なんだと思う」
「どういうことですか?」
例えば、「風が吹けば、桶屋が儲かる」だ。
いや、これはビッグデータの分析をすれば、いつか答えに行きつくかな?
別の例えを考えると、身近にあった。
「一見、何の関係もない物同士を結びつけることさ。いわゆる『思い付き』だ。そうだな……例えばピーターのお供を『背後霊』にするとか」
「それは確かになさそうですね。もっと身近な候補から順に挙げていきそうです」
いきなり「背後霊がおすすめです」なんて提案してくるAIは、信用できない。
「そう。AからZに、いきなり飛べるのは人間だけだと思う。だから……」
「だから?」
「相模もAIに負けたくなかったら、もっとおかしくなるんだな」
「せめて自由な発想と言ってください。それに先輩のほうが絶対に、頭おかしいです」
「ところでお昼は何を食べようか?」
「それは発想の飛躍じゃなく単なるごまかしですね」
「夜が柿とクリームチーズのパスタだから……『カキ』繋がりでカキフライにするか。十月だし、真牡蠣もそろそろ出回ってる頃だぞ」
「カキフライですか……いいですね、賛成です」
さて、AIなら今、どんなメニューを提案してくれるだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これより『第14回・国民的大人気RPG制作会議』を始めます。司会は引き続き、私、相模が務めます。議事録は会議ツールのAIさんにお任せしますので、発言はハキハキとお願いしますね」
いつも通りの開会宣言で幕を開ける。
「本日の議題は、『確固たる思想を持ち、ピーターの壁として立ちはだかり、倒した際に納得感のあるラスボス』の検討、午前中の続きです。いつものように、まずは先輩からどうぞ……と行きたいところですが、案④を提案したのは私ですので、このまま説明を続けます」
「よろしいですか」と目で合図されたので、私は頷き返した。
「案④、親友の――いえ、ヒロインの『親』をラスボスにした場合ですが……展開は王道です。ズバリ『結婚の許可』です! 結婚を申し込むピーターに立ちはだかる、彼女の親。ラスボスに相応しくありませんか?」
ああ、やっぱりこの展開を持ってきたか。
「ピーターたちはまだ子供だろ。さすがに子供同士でその展開は無理があるんじゃないか?」
「子供同士の恋心、かわいいじゃないですか」
「それに対して立ちはだかる親って、どれだけ器が狭いんだよ」
「娘が可愛くてしょうがないんですよ。だから『試す』感じでどうですか?」
「試す?」
「『これができたら結婚を許す』といった感じで」
「子供同士の件はひとまず置いておくとして、具体的に何をさせるんだ?」
「そうですね……親と戦闘では二番煎じですから、『結納の品を持ってくる』というのはどうでしょうか」
「急に話が生々しくなったな」
「ゲームを通じて、正しい結納の品が何か、学ぶこともできます」
「生涯、何度役に立つんだよ、その知識は」
あれ?ちょっと待て。
贈る側は正解を調べて用意するはずだが、『貰う側』は正解を下調べするものなのだろうか?一品ぐらい変なものを混ぜても気づかれないんじゃないか?
その時が来たら試してみるか?
――いかん、思考が脇に逸れてしまう。
「他には……そうです! 考えをまとめるためにロールプレイしてみませんか?」
「ロールプレイ?」
「結婚の申し込みです。先輩がピーター役で、私が父親役です」
「はあ!?」
「先輩、一体何を想像してそんなに動揺してるんですか?」
相模がニヤニヤと私を見つめてくる。
ピーターの立場を自分に置き換えたであろう私を、からかいにきているのだ。
「では早速始めましょうか」
「いや、ちょっと待て。無理やりすぎないか?おかしいぞこの流れは」
「おかしくなれと言ったのは先輩です。一緒にAIを超えましょう」
「いや、超える必要もないんだが……」
「やりますか、やりませんか?」
相模が判断を迫る。
「ちょっと待って、考えさせて」
「そんな優柔不断な態度じゃ、結婚は認めん!」
「もう始まってるの!?」
「しかたないですね。十秒待ちますから、心を落ち着けてください」
「ええ……」
このままじゃ、いつまで経っても話が進まない。
結婚の申し込みか……仕方ない、付き合ってみるか。
◆テイク①
「お父様、本日はお時間をいただきありがとうございます」
「うむ」
「こちら、グラブジャムンとラスグッラの詰め合わせです。世界一甘いお菓子です。ぜひ召し上がってください」
「はい、ゲームオーバーです」
手土産が当然のようにNG。
◆テイク②
「お父様、本日はお時間をいただきありがとうございます」
「うむ」
「こちら、地元の銘酒です。お酒がお好きと伺ったのでぜひ召し上がってください」
「うむ」
「本日は大切な話があり参りました。娘さんを僕にいただけないでしょうか」
「はい、ゲームオーバーです」
「うちの娘は物ではない」――モノ扱いするような表現はNGらしい。
◆テイク③
「お父様、本日はお時間をいただきありがとうございます」
「うむ」
「こちら、地元の銘酒です。お酒がお好きと伺ったのでぜひ召し上がってください」
「うむ」
「本日はお嬢さんとの結婚をお許しいただきたく、お伺いしました」
今度はモノ扱いじゃないのでOK。
「うむ」
ただ……。
「……」
「はい、ゲームオーバーです」
会話が続かないのでNG。
「――先輩、ダメダメですね」
「相模だって『うむ』しか言ってないだろ。ずるいぞ!」
なんだろう、この茶番なのに負けたくない気持ちは。
「わかりました。では私も相槌以外を返すようにします」
◆テイク④
「お父様、本日はお時間をいただきありがとうございます」
「ワレ、うちの娘になんの用があんねん」
「えっ? なんで関西弁?」
「質問に質問で返すのはNGです」
「いや、そういう問題じゃないだろ。誰の父親の設定だよ」
「和泉ちゃんです」
和泉ちゃんの父親かよ。じゃあ仕方ない。
「――話が進みませんね」
「不思議そうに言うな」
「やっぱり結婚の申し込みをする展開は無理がありますかね?」
「最初から無理だって言っただろ」
「まあ、先輩がいい経験を積めたということで。父親の壁は厳しいですよ」
「そうか? 相模のお父さんなら……あっ」
「あれえ? なんで急に私の父親が出てくるんですか?」
相模のニヤニヤが止まらない。
「え……だって……」
「だって?」
「え……だって、相模はイヤなのか?」
「えっ?」
「相模は、イヤなのか?」
「い……イヤじゃないです……」
「ふーん。何がイヤじゃないのかな?」
立場逆転。今度は私がニヤニヤする番だ!
「あ、先輩ずるいです! それはNGですよ、NG!」
顔を真っ赤にした相模が、かわいく睨んでくる。
ただ、この流れを続けていると、どこかで引き返せなくなるような気がするんだよな……。よし、いったん流れを断とう。
「よし、アイスブレイクは終わりだ。話を進めよう。今日は定時で上がるんだろ」
久々に使うな、この『必殺』アイスブレイク。
「くっ……アイスブレイクですか。仕方がありません、今回はここまでにします」
アイスブレイクと聞いて、相模もいったん矛を収めてくれるようだ。
いや、お互いとんでもないフラグを立てまくった気がするんだが?
まあ、いい。話をいったん戻そう。
「で、話を戻すけど、案④は無しだ。ピーターとヒロインの親を争わせる展開が不自然すぎる。それに中ボスがピーターの親で、ラスボスがヒロインの親だと、ボスが『親続き』になるのも面白くないと思う」
「では、案②と案③のどちらを推すかという話になりますが……」
午前中に作成した議事録を二人で見返す。
「午前中も言ったけど、俺の推しは案③だな」
「私もです。先輩の話を聞いて、私もこれだな、と思いました。では案③をベースに検討を進めましょう」
「……ちなみに、さっき案④の話をする必要はあったか?」
話を蒸し返したくはなかったが、それ以上に突っ込みたくなる気持ちが溢れてしまった。
「ないですね。あれはアイスブレイクです」
相模もあっさり認めた。
あの話を続けていたら、お互い無傷ではいられないからな……妥当な判断だ。
「では、中目標と『約束』を何にするかだけど」
私の発言に合わせて、相模がディスプレイに映された案③の文言をポインタで指し示す。
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案③:ピーターの親(自立の象徴)
内容: 旅の許可を出す「中ボス」から、物語を締めくくる「ラスボス」への昇格。
課題: 中盤から終盤にかけて、親友に会いに行くための「中目標」が必要。子供同士の「未完成の約束(秘密基地のパーツ等)」を軸に、物語を牽引する。 ← ここ
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「これは……約束を先に考える方が筋だよな」
「そうですね。ただ約束も物語冒頭の別れのシーンで使いたいですね。『いつか必ず〇〇する』みたいな」
「午前中、例に挙げたような、偶然会いに行く理由ができたから、では物語として弱いということかな」
「はい。最初に『約束を果たす』という目標も示したほうが、物語への没入感を高める意味でも良いと思います」
相模がディスプレイに移された「約束」にポインタを合わせる。
この場合、約束を守る主体はピーターということになるだろう。
まだ子供で、サーカス団であちこち街を移動するであろうピーターが守れそうなことを頭の中で探す。
「子供同士の約束か……約束を守る……約束を守った姿を見せに行く……見せたい姿とは何か」
「見せたい姿ですか」
呟きとして漏れてしまった思考を相模が拾う。
「ん? ああ、すまん。思わず口に出ただけだ」
「ピーターが彼女に見せたい姿……それ、いただきます!」
「えっ?」
「約束通り、ピーターが立派になった姿を彼女に見せるんです」
「へ?」
「ピーターがサーカスに出演するんです!」
サーカスという言葉で、私もピンときた。
「ピーターがサーカスに初めて出演する。その姿を彼女に見せる、それが約束か!」
「そして、『サーカスを見に来ないか』とチケットを自分の手で届けに行くんです」
「手紙ではなく自分の手で、自分一人で届けに行くこと。そこにピーターの想い……覚悟がある!」
「だが、親は『一人旅は危ない』と反対します」
「そこでピーターが覚悟を見せる!」
「『ならば、その覚悟を見せてみろ』と親が立ちはだかる!」
「ピーターはそれを乗り越え、自立する姿を親に示す!」
綺麗にまとまった。
「これ、すごく良いんじゃないですか」
「ただ、自分で言いだして言うのもなんだけど、ホントにこじんまりとした物語になるな」
子供を主人公に据えた時点で覚悟していたことではあるが、何かもう一捻り欲しい気もする。贅沢かな?
「いいんじゃないですか? これはこれで。国民的人気のアニメも家庭の風景と家族を描いた、こじんまりとした話が多いですよ」
「よし、親を強化しよう」
「えっ」
「アニメじゃないんだ。ゲームなんだから最後ぐらい派手にいこう」
「どうするんですか?」
「プレイヤーキャラの『親たち』も参加させるんだよ、ラストバトルに。使い魔や幻獣はサーカスの看板スターで、プレイヤーキャラは彼らの子供という設定だっただろ?」
「背後霊の親もですか……?」
相模が当然の疑問を口にする。
「背後霊の親かー」
それは考えてなかった。




