第47話 ラスボス②
「ところで、日向さんはどうやって噂を打ち消すんでしょうね」
最寄り駅への帰り道、相模がふと思い出したように訊ねてきた。
「確かに」
「日向さんの聞き間違いでした、じゃ少し弱いですよね?」
打ち消してくれと頼んではみたものの、正直、半ば諦めている。
現在広まっている噂はこうだ……これを本当に打ち消せるのか?
①因幡さんが浮気現場を相模ちゃんに押さえられ、こっぴどく怒られた。
②浮気がバレた因幡さんが、相模ちゃんに叩かれながら『ごめん、相模が一番かわいい』と泣きながら謝っていた。
③謝られて機嫌を直した相模ちゃんが、夜の仲直りのために精力剤を買ってきた。
「……最初は誤解、次は聞き間違い、最後は勘違いってことにすればいいのか?」
「いっそ、AIさんに解決策を考えてもらえば良かったですね」
「ろくな使い方じゃないな……GPUの無駄遣いだぞ」
そんな不毛な会話を交わし、私たちは駅の改札で別れた。
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――そして翌朝。
出勤するなり相模と顔を合わせ、そのまま二人で日向さんのもとへ向かった。
「日向さん、昨日の件ですが」
「ああ……噂の件ね」
「どうやって打ち消すか、方針は決まりましたか?」
問いかけると、日向さんは少し気まずそうに視線を泳がせた。
「実はな、ああ言ったものの名案が浮かばなくてな。……今、AIに考えさせているところだ」
相模と同じ発想か……いよいよGPUの無駄遣いだ。
「で、何かいい案は出たんですか?」
「……見てみるか?」
そこには、噂を上書きするための『逆転のシナリオ』が、箇条書きで整然と並んでいた。
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1. 浮気疑惑の払拭
因幡氏が相模氏に怒られていたのは、浮気ではなく「極秘の諜報活動」に失敗したためであると設定。
2. 『相模が一番かわいい』発言の再定義
これは愛情表現ではなく、敵組織に潜入するための「訓練」におけるコードネーム、および仕上がりの確認作業だったとする。
3. 精力剤の正体
夜のためではなく、徹夜での「世界救済任務」に備えた超高度栄養ドリンク、あるいは暗殺用の毒薬のサンプルであったと噂を流布する。
4.結論
二人は恋人関係ではなく、「世界平和を守る秘密結社のバディ」であると公表するのが、最も効果的です。
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「不自然さしかないですよね、日向さん。プロンプトに何て入れたんですか?」
俺が問い詰めると、日向さんは照れくさそうに頭を掻いた。
「いやぁ、『現状の最悪な噂を、一発でどうでもよくなるくらいインパクトのある設定に書き換えてくれ』って入力したら、こうなったんだ。……やっぱり、GPUの無駄遣いだったかな?」
「プロンプトが雑すぎますよ。確かにインパクトはありますけど、無茶苦茶です」
「いえ、悪くないのでは。さすがAIさん、よく考えています」
「……はい?」
これのどこが?
「この回答なら『浮気』も『かわいい』も『精力剤』も吹き飛んで――『日向さんがおかしくなった』という一点だけで噂の火を消すことができます」
相模が真顔でとんでもないことを言いだす。目が真剣だ。
思わず日向さんを見ると、口をぽかんと開け、触れてはいけないものに触れてしまったような、怯えた目をしていた。
「いや、相模……相模さん、それはちょっと勘弁してくれないか」
「他に何か打つ手があるんですか?……諦めたら和泉ちゃん呼びますよ」
――その日の午前中、日向さんは必死にAIにプロンプトを打ち込み続けた。
しかし、ついに望んだ回答を得ることはできず、結局『ラスグッラの刑』の犠牲になることで手打ちとなった。
二日続けて同じインドカレー屋を訪れることになったわけだが、店主は私たちが『ラスグッラ』を注文すると、よほど気に入ったのだと勘違いしたらしい。「サービスね」と昨日より一個多く皿に盛られてしまった。
脳が震えるような甘さに悶絶する日向さんを横目に、私たちは冷たくて程よい甘さの『クルフィ(アイスクリーム)』をおいしくいただいた。
「人の不幸は蜜の味」とはよく言ったものだが、その蜜を文字通りこれでもかと食べさせられる人も、相当な不幸に違いない。
不幸の連鎖を断ち切らねばならない。
和泉ちゃんへの謝罪の土産に、あろうことか世界一甘いお菓子『グラブジャムン』を買っていこうとする日向さんを、私は全力で止めた。
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「これより第12回・国民的大人気RPG制作会議を始めます。司会は引き続き、私、相模が務めます。議事録は会議ツールのAIさんにお任せしますので、発言はハキハキとお願いしますね」
さっきまで上司に酷い仕打ちをしていたとは思えないほど、相模の開会宣言はいつも通り清々しく響く。
「本日の議題は『ラスボス』の導入です。まずは先輩からどうぞ」
「ライバルと同じように役割から考えたい。物語におけるラスボスの役割だが……」
・物語のテーマ体現と最終的な否定対象:物語が掲げるテーマに対し対極にある思想や悪意を極限まで突き詰めた存在。それを打倒することで物語の正しさを証明する。
・プレイヤー(主人公)の成長の到達点:積み上げてきた絆や能力をすべてぶつけなければ届かない壁。これまでの旅路が間違いではなかったことを確認するための総決算。
・物語の終わりの象徴:プレイヤーに「すべてが終わった」という深い納得感と充足感を与えるための巨大な壁。
「まずは一般論でまとめてみた。今回の物語にそぐわない部分もあるだろうが、概ねこんなところだ」
「ラスボスらしいですね。まず強固な主張があって、それに主人公たちが抗い、死力を尽くして戦った末に『終わった感』を得る」
「だが……今回の物語に、そこまでの思想や悪意は必要なんだろうか」
「今回は親からの脱却ということがテーマにありますからね。悪意を除けば、わかりやすく対極に位置するのは、ピーターを認めず引き留めようとする『親』でしょうか。ただ、企画書を見ていて思ったのですが、親の位置づけは中ボスですね」
「ん?」
「ここを見てください。今の構成だと、ピーターが旅の許可を貰うのは中盤から終盤にかかるあたりです。親と戦って力を見せる展開だとしたら、位置づけとしては中ボスになります」
ディスプレイに映し出された企画書の該当箇所を、ポインタで示す。
物語・ストーリー構成)
・親友と「新しい何か」を探す日々を楽しんでいた子供が、別れを経験し、再会を夢見て旅立つまでを描く。
オープニング:親友との幸福な日常、そして突然の別れ。
序盤:一人残された日々と再起。外出動機(おつかい等)の発生。
中盤:旅の準備(費用・移動手段の確保)。現実的な障壁の解決。 ← ここ
終盤:親友のもとへ向かう旅路。未知の世界との遭遇。
エンディング:再会とフィナーレ。二人の未来を予感させる結末。
「確かに。親の許可を得た後のことを、あまり詰めてこなかったな」
「旅の最後に、確固たる思想と悪意を持って立ちはだかるラスボス。それを倒してようやく願いが届くという流れですが、同時に『終わった』という納得感も必要です。要素をいっぺんに満たすのは難しいので、まずは一つずつ引いて考えてみませんか」
「単純化して整理したいんだな。だんだん、考え方が俺に似てきたな……」
相模の提案に従い、要素を整理していく。
①思想+悪意+納得感(壁ではない)
②思想+壁+納得感(悪意がない)
③悪意+壁+納得感(思想がない)
④思想+悪意+壁(納得感がない)
「①から行きましょう。思想と悪意があって壁にはならないが、倒した際の納得感があるボス……って何でしょうね」
「なぞなぞみたいだな」
「壁にはならないのに、納得感があるというのが難しいですね」
「小ボスか中ボスなら問題ないんだがな」
「ラスボスにするなら『ざまぁ系』の悪役ですかね」
「なるほど。ただ、今回の物語には合ってないよな」
「ですね。スキップして次に行きましょう」
「②はありですね」
「悪意がないだけで選択肢が広がるな。憧れの人や師匠筋の人物をラスボスにしても違和感がない」
「こじんまりとした本作の空気感には合いそうです。ただ、その人を倒すことでしか得られない『納得感』を、ピーターに持たせる必要がありますね」
「③はなんでしょう?『純粋な悪』みたいなボスですね」
「災厄タイプのラスボスだな。思想がない分、『格』を出すためのスケール感が必要だと思う」
「スケール感を物語やシステムに取り込むのは難しそうですね。いっそライバルを拗らせて……」
相模が何を考えたか分かったので、釘を刺す。
「NTR(寝取られ)やBSS(僕が先に好きだったのに)にはしないって決めたろ。親友の取り合いはさせないぞ」
「違います。ライバルにピーターを襲わせるんです。グヘヘ……」
「よし、次にいこう」
「スルーしないでください!あと、そんな目で見ないでください。ボケただけです!」
「④も難しいな。物語の黒幕がラスボスの場合がこのタイプになるのか?」
「スルーするんですね……まあ、いいでしょう。④の場合、唐突に現れて『実は私が黒幕だ』と言われても萎えますからね。伏線が不可欠です」
「あるいは、目標としていた敵が死に際に召喚した魔王、とかもこのタイプにあたるのか」
「やっと倒した……と思ったら真の敵が、みたいなやつですね。制作者側の驚かせたい意図は分かりますが」
「納得感には欠けるよな」
その後も話し合いは続いたが、悪意は不要で②:『思想+壁+納得感』のパターンがピーターの自立を描く上で良いだろう、という結論に落ち着いた。
「ではAIさん議事録をお願いします」
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第12回・国民的大人気RPG制作会議 議事録
日時: 202X年某日
出席者: 相模(司会・記録)、因幡
1. ラスボスの役割定義
物語におけるラスボスの存在意義を、以下の三つの基本機能に集約した。
・テーマの体現と否定対象: 物語の思想と対極にある悪意を突き詰め、打倒されることで物語の正しさを証明する存在。
・成長の到達点: 旅路で積み上げた絆や能力をすべてぶつけるべき、総決算としての巨大な壁。
・終わりの象徴: プレイヤーに深い納得感と充足感を与え、「物語の完結」を確信させるシンボル。
2. ラスボスの類型分析と選定
ラスボスに必要な「思想」「悪意」「納得感」「壁(強さ)」の4要素を組み合わせ、以下のパターンを比較検討した。
① 思想+悪意+納得感(壁ではない): 「ざまぁ系」に近い悪役。本作の空気感には不適合と判断。
② 思想+壁+納得感(悪意がない): 憧れや師匠、あるいは「親」のように、超えるべき正当な理由がある存在。本作のテーマ「親からの脱却」に最も合致すると合意。
③ 悪意+壁+納得感(思想がない): 純粋な災厄タイプ。圧倒的なスケール感が必要であり、本作の規模感では実装が困難と判断。
④ 思想+悪意+壁(納得感がない): 唐突な黒幕や、脈絡のない真のボス。伏線不足によるプレイヤーの意欲減退を招く恐れがあるため除外。
3. ストーリー構成の再確認と課題
現在の企画書における「親」の立ち位置を再定義した。
・現状の矛盾: 親との対峙が中盤(旅の許可を得る段階)に設定されており、現状では「中ボス」の扱いとなっている点を確認。
・今後の調整: ラスボスを「悪意のない壁」とする結論に基づき、終盤における「自立の証明」としての再登場、あるいはそれに代わる「超えるべき存在」の具体化を次回の課題とする。
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「あれ?」
「どうした」
「特記事項がありません」
「なんだと……?」
確かにいつもの余計なコメントがない。
「もう一度お願いしますね」
「いや、毎回消すんだから無理にお願いしなくても」
「いえ、やってみます」
二十秒後――。
「やはり特記事項がありません……」
「日向さんが午前中に使い過ぎて、トークン使用数の上限に達したのか?」




