第45話 課題整理⑧
——およそ一時間後。
「どうしたんだ和泉? プロジェクトの件で相談があるって」
そう言いながら、日向さんが普段通りの軽やかな足取りでミーティングルームに入ってくる。
ちなみに私と相模は、扉の陰で固唾を飲んで待機していた。
「日向さん。自分、ちょっとそこに座り。……早よ座れ言うてんねん、ボケ」
「えっ……? い、和泉……?」
日向さんが凍りついたように椅子に腰を下ろすと、和泉ちゃんは机を思い切り「ドォォォン」と叩く。
あまりの音に、思わず周囲を振り返った日向さんが我々の存在に気づいた。
一瞬で、私たちの思惑を察したようだ。
日向さんは蛇に睨まれた蛙のように沈黙した。
彼は天を仰いで短く息を吐くと、すべてを諦めたように両手を膝に置いた。
もはや弁明する気力すら残っていないのか、うなだれるその姿は「好きに料理してくれ」と語っているようだった。
「自分、ええ加減にせえよ。ワレ、何さらしてくれとんじゃい」
「う、うおっ……!?」
ただ、日向さんも、まさか和泉ちゃんに料理されるとは思っていなかっただろう。
「誰が浮気やねん! 誰が精力剤買いに走っとんねん! 適当なことぬかしとったら、その口、二度と開かんように縫い付けたろかコラ! エンタメ? 盛り上がる? おんどれ、人の尊厳踏みにじって何がおもろいんじゃ! 酒のツマミに人の人生切り売りしてんちゃうぞ、ボケナスビが!」
「す、すまん……ちょっと冗談が過ぎたというか……」
「冗談で済むわけなかろうが。 因幡が会社来るたび変な目で見られて、相模ちゃんがどんな思いするか、考えたことあるんか。自分みたいな、口から先に生まれてきたような能天気なカスが、周りの空気腐らせとんねん。自分なぁ、クリエイター名乗る前に『人間』の修行してこい!次変な噂流したら、そのツラ、大和川に沈めたろか!」
「や、大和川……?(どこの川だ……!?)」
「何キョロキョロしとんじゃ! 目ぇ逸らすな! なあ、自分。今すぐ社内チャットに『私は嘘つきのクソ野郎です、すんませんでした』って土下座のスタンプ100個並べて投稿してこい! それから一軒一軒回って、その汚い頭下げてこんかい、ワレ!」
なおも続く和泉ちゃんの罵倒と、ひたすら謝り続ける日向さん。
私は、静かに相模を振り返った。
「なぁ、相模。和泉ちゃん、あの……言葉遣いが、その、本職の人みたいに上手すぎないか?」
「ええ。彼女の出身は大阪の南部ですからね。スクリプトもAIさんに『極道映画風の泉州弁』で生成してもらいました」
「よくこの短時間で覚えられたな」
「……いえ。恐らく、途中から『地』ですね。スクリプトにないセリフが混じり始めています……」
相模は持ち込んだPCを眺めていた。
ふと画面を覗き込むと、そこにはいつの間にか立ち上げられた議事録作成ツールのウィンドウがあった。
議事録まで作る気だ……。
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臨時 コンプライアンス是正および精神再教育会議 議事録
日時: 202X年某日
出席者: 和泉(執行役)、日向(被疑者)、相模(記録・監視)、因幡(傍聴)
1. 会議の議題と目的
社内に流布された根拠のない虚偽情報の流布(以下、本件デマ)に関与した日向氏に対し、和泉氏による直接的な是正勧告および精神的再教育を行う。
2. 導入および初期制圧
執行者(和泉)は開始直後、被疑者に対し着席を命じる。指示に従わない被疑者に対し、威圧的な促しを実施。机への物理的衝撃(打撃音:ドォォォン!)を合図に、以下の三点について追及を行った。
・因幡氏の浮気捏造および相模氏による制裁。
・虚偽の謝罪シーンおよび「かわいい」等の不適切なセリフ付与。
・滋養強壮剤(精力剤)購入という悪質なプライバシー侵害情報の流布。
3. 執行役(和泉氏)による是正勧告(要旨)
・物理的介入: 会議用長机への打撃(推定80デシベル)による注意喚起の実施。
・言語的指導: 泉州弁をベースとした高度な修辞技法による断罪。
・人間性の再定義: クリエイティブ活動以前の人間としての修行の必要性を説く。
4. 罰則および再発防止策の策定
議論の結果、日向氏に対し以下の即時実行を命じ、合意に至った。
・社内チャットへの謝罪投稿: 「私は嘘つきのクソ野郎です、すんませんでした」という文言および土下座スタンプ100個の連続投稿。
・謝罪: 全関係各所への対面による謝罪行脚。
・最終警告: 次回違反時の「大和川(大阪府南部の河川と推測)」への廃棄処分。
5. その他(特記事項)
・被疑者の反応: 終始、生存本能に基づく平身低頭を維持。クリエイターとしての誇りよりも、生命の安全を優先する姿勢が見られた。
・和泉氏の言語特性: 当初のAI生成スクリプト(極道映画風)を逸脱し、ネイティブ特有の語彙(泉州弁)による動的な拡張が確認された。
・記録補助の所感: 和泉氏の「地」のポテンシャルが予想を大幅に上回ったため、今後のプロジェクト運営において、彼女を怒らせることは「死」と同義であると定義する。
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「相模。これ、議事録っていうか処刑記録だよな?」
「いえ、正当な記録です。ただ……」
「ただ?」
「和泉ちゃんには見せられませんね」
「出席者に見せられない議事録って存在意義が分からないよな」
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「いや……本当に、すまなかった」
「いえ。こちらこそ、行き過ぎたことをしました。でも噂は打ち消しておいてくださいね」
ミーティングルームからようやく解放された日向さんに頭を下げられ、私も謝罪を返す。
部屋の中では、一時の興奮から冷めて真っ青な顔で震えている和泉ちゃんを、相模が「よくできました」とばかりに宥めていた。
「噂は何とかする。しかし……お前たちに怒鳴られるならまだ分かるが、どうして『和泉』だったんだ?」
日向さんのもっともな疑問に対し、和泉ちゃんが「叱り役」を買って出るに至った経緯を説明すると、彼は今日一番の深いため息をついてうなだれた。
「……なるほど。俺は体のいい練習台にされたわけか」
「まあ、そうなりますね。でも、相模に直接問い詰められるのと、どちらがマシだと思いますか?」
「普段から顔を合わせなくて済む分だけ和泉からの方がマシだな。……相模のやつ、そこまで計算してあの子をけしかけたのか」
日向さんの力ない言葉を聞きながら、私はまだ部屋の中にいる、相模の背中を見つめた。
「反省した日向さんが二人にスイーツを買ってくるところまでが計算の内ですかね」
「三人じゃなくて二人分でいいのか? お前の分はいらないのか?」
今回の噂の一番の被害者は私である。
「私は結構です。しばらく、甘いものは見たくありませんので」
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「和泉ちゃんは、もう放っておいていいのか?」
「はい、落ち着きました。大丈夫です」
先に自席へ戻っていたところ、しばらくすると相模も帰って来たので声を掛ける。
ついでに、先程から思っていた疑念を口にする。
「しかし……和泉ちゃんもこんなアホなことに、よく付き合ってくれたな」
相模の勢いに押されて引き受けてくれたものの、後から「やっぱりダメ」と断られても仕方がなかったな。
「ちゃんと説得しましたから」
「何か弱みでも握っているのか?普通こんな依頼を引き受けないぞ」
「弱みで脅したりなんかしません。先輩じゃないんですから」
「俺、そんなことしないけど」
「イメージの問題です。先輩ならやりかねません」
私への風評被害が酷い。
「どうやって説得したんだ?」
相模が胸の前で腕を組み、何と言ったか思い出そうとする素振りを見せる。
私は腕組みで強調された胸に目がいかないよう、注意する。
(チラッ)
「最初は嫌がってましたが、『あとでたっぷり慰めてあげる』って言ったら、喜んで引き受けてくれましたよ」
「……」
あ、これ触れちゃいけない話題だ。私は相模から視線を逸らした。
「冗談ですよ、冗談。真に受けないでください」
「ホントに?」




